神様は人の子を見る・13、決着

 左腕を切り落とされながらも不気味にニタリと笑う男。それは、かつて我が神格を剥奪したものであるはずなのに、全く違う、もっと醜悪なものに見えた。

「答えよ、お前は何者だ?その男をどうした?」

重ねて問うと男はニヤニヤと笑った。

「私はこの男の憎しみが生み出したもの。この男の魂はもうほとんど残ってはいないさ!」

「穢れの塊…」

腕を切り落とされたところから禍々しい触手が伸びてくる。それは穢れそのものだった。

「あははは!この男を乗っ取るのは簡単だった。今度はお前たちを食ってやろう。お前たちのような神を食えば、さぞ力が得られることだろう!」

男が狂ったように笑うと触手が一斉に我に向かってくる。向かってきた触手を切り落とすと黒い霧となって消える。だが、すぐにまた新たな触手が生えてくるためきりがなかった。

「どうした!?神の力はそんなものか!?」

嘲笑う男に舌打ちして地を蹴り、一気に距離を縮めて男の首を狙う。だが、刀が首に届く前に触手が男の首を守るように巻き付いた。

「くっ!」

男の首に巻き付いている触手が鋼のように硬く切ることができなかった。

「人間を巻き込みたくないなどと考えているお前には私は殺せんさ」

ニタリと笑う男。ハッとして避けようとした我の足を鋭く尖った触手が貫いた。

「ぐうっ!」

飛び退いたおかげで足以外に怪我は追わなかったが、穢れの塊のような触手に貫かれた左足は使い物にならなかった。

「さて、そろそろ遊びはやめにしよう。この体もそろそろ限界だ。次はお前の体を使ってやろう。神の体だ。さぞ丈夫だろう」

「誰が貴様などにっ!」

呻くように言う我に男がニヤリと笑って近づいてくる。

 男を殺すには周りの人間に被害が及ばぬように強い結界を張らねばならない。だが、我にも白羽にもそんな結界を張る余裕はなかった。

 男の触手全ての先端がまるで槍の穂先のように鋭くなる。そしてその全てが我に向けられる。万事休すかと思った瞬間、境内と周りの住宅地を隔てる強固な結界が突如として張られた。

「なんだこれはっ!?」

突然現れた結界に男が驚き狼狽える。すると、結界の外側に狐や烏など、神の使いと言われるものたちがいることに気づいた。

「我らはこの近くの神社に住まう神々の使いです」

「我らを介して強固な結界を張りました」

「これで遠慮なくお力を使えましょう」

神使たちの言葉に我は今まで封じていた力を解き放った。

 強すぎる力は人間にとって害になる。故に、この神社の神となったときに人間に害がない程度まで力を封じていたのだ。その封じを解くと我を中心にぶわっと一陣の風が巻き起こる。触手に貫かれた足の傷は癒え、我が持つ刀は神気を帯びて白銀に輝いていた。

「っ!」

「どうした?お望み通り、我が全力でお前を葬ってやろう」

驚愕に目を見開く男を見据え、我は刀を構えて地を蹴った。

「無に帰すがいい!」

言うと同時に刀を振り下ろす。袈裟斬りにされた男は断末魔の悲鳴をあげることもなく、切られた場所からサラサラと塵となって崩れた。

「…や…と……おわ…る……」

全てが消え去る瞬間、男の顔が安らかなものとなる。その顔もすぐに塵となって崩れさると、我は刀を地に突き立てて膝をついた。

「神使たちよ、神々に感謝をお伝えしてくれ…」

「「承知しました」」

我の言葉にうなずいて神使たちが消える。我は解き放った力を再び封じるとその場に仰向けに横たわった。

「終わったな」

そう言って顔を覗き込んできたのは白羽だった。傷だらけ、血塗れの姿だが、白羽はどうにか自分の足で立っていた。

「大丈夫か?」

「なんとかな。きみこそ大丈夫か?」

「消耗はしたが、問題ない。宮司には恐ろしい思いをさせてしまっただろうが」

苦笑しながら言うと白羽は肩をすくめて笑った。

「宮司のほうはあとで説明してやればいいだろう。さすがに私も疲れた。しばらくは霊山で傷を癒す」

「そうか。傷が癒えたら、近くの神社の神々に礼を伝えてほしい。お力添えがなかったら、あの男は倒せなかった」

我の言葉に白羽は笑いながらうなずいた。

「わかった。必ずお伝えする」

そう言って白羽が羽ばたいて舞い上がる。所々赤く染まっている羽根だが、どうにか飛ぶことができそうで安堵した。

「きみもゆっくり休むといい」

「ああ、そうさせてもらう」

我がうなずいたのを見て白羽は空高く舞い上がり霊山の方向へ飛んでいった。我はそれを見送ると社の中に入って眠るこ とにした。

 眠りにつく前、宮司の様子が気にかかって意識を向けた。どうやら眠っているらしいとわかり宮司の夢の中に忍び込む。騒がせたこと詫び、もう大丈夫なことを伝えると宮司はひどく安心したような表情を浮かべていた。

 そんな宮司に、あの子をどうしたいのだと問われた。あの子が神職の道に進むのが嫌なのかと。少し考えた我の答えは「あの子が好きなように」だった。神職になりたいと言うのならそれを止める権利は我にはない。どう生きるのか、それを決めるのはあの子だから。そう言って我は宮司の夢を後にしたのだった。

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