神様は人の子を見る・12、かつて神だったものの成れの果て
我の目の前にやってきたのは、かつての姿から変わり果てた男だった。穢れをまとい、憎悪に染まった目をした男は我を見るとニヤリと笑った。
「やっと私と相対する気になりましたか?お前が目をかけている子。残念ながら生きながらえたようですが、自分のせいで愛し子が苦しむ様はいかがでした?」
「悪趣味にもほどがある」
楽しげに口を開く男に舌打ちをする。刀を向けると男の表情が不機嫌そうになった。
「この刀を覚えているか」
「ええ。忌々しい刀です。あなたの息の根を止めたら、その刀も折ってしまいましょう」
男はそう言うと軽く右手を握りこんだ。その右手に穢れが集まり、塊ができあがるのが見える。穢れが凝縮された塊に触れれば我とて無傷とはいかないだろう。
「かつて神であったものが、よくもここまで堕ちたものだ」
「私をこうした張本人がそれを言いますか?安心なさい。お前を殺したあと、この社は私のものとしますから」
「勝手なことを。誰がお前などにこの社をやるものか」
楽しげに笑う男を忌々しく思いながら刀を振る。軽く振っただけでも刀は鋭い風の刃を生み出して男に襲いかかった。
「以前の私と思うなよ!」
襲いくる風の刃に男が穢れの塊をぶつける。風の刃は穢れと相殺して消えた。以前はそれほどの力はなかったはずだが、長い年月が男に負の力を与えているようだった。
「ずいぶん力を蓄えたようだな。どうやってそんな力を手に入れた?」
「ふふ。お前をどうやって苦しめて殺そうか、長年ずっと考えてきたんです。そのためにはいくら力があっても困りはしまい」
歪んだ笑顔を浮かべる男に我は舌打ちをした。この男の力が暴走すればこの辺り一帯に被害が及びかねない。だが、場所を変えようにも我はここから迂闊に動けない。
「白羽!結界を張れぬか!?」
「一応張ってはいるがな。私の力ではその穢れを抑えきれんぞ!」
少し離れた場所にいる白羽に声をかけるが返ってきた応えに唇を噛んだ。白羽には宮司の守護も任せている。これ以上の負担はかけられなかった。
「手早く終わらせるとしよう」
刀をかまえ、地を蹴る。我が切りかかると男はニヤリと笑って我に向かってきた。
「そうこなくては面白くない!」
笑いながら我に向かってくる男の手には穢れで作り上げた刀が握られていた。
キィンっ!
刃がぶつかり甲高い音が響いた。
「ぐっ…!」
穢れで作られた刀が我の刀に触れた瞬間、刀から溢れだした穢れが我にまとわりつく。ふらつきそうになるのを堪えて力を込めて弾き飛ばすと、男はふわりと後ろに飛んで地に降りた。
「くく、お前のような神にはこの穢れは辛かろう。私と相対しているだけで少しずつ侵食されていく。いつまで自我を保てるか、楽しみだな」
男の顔が狂気に満ちた笑顔になる。我は舌打ちすると意識を刀に集中して再びかまえた。
「お前をこのまま野放しにはできん。あのときお前を殺しきれなかった、これは我がけじめをつけねばならんことだ」
「偉そうにほざくな!」
突如激昂した男が我に向かって切りかかってくる。刀で刃を受けると穢れが刀を辿って我に向かってくる。
「滅!」
神気を放って穢れを祓うが、それは一時凌ぎにすぎなかった。
「お前が本気で神気を解放すれば私を殺すこともできよう。だが、それをするとこの辺一帯の人間は耐えきれずに死ぬだろう。人間が大事なお前にはそんなことはできないだろうな?」
「お前とて、かつては人間を慈しんだ神であろうにっ」
我の言葉が気に障ったのか男の顔から表情が消える。ぶわっと男から穢れが沸き起こりまるで触手のように我に向かってくる。避けきれずに一撃を受けた我は吹き飛ばされて境内の木に打ち付けられた。
「ぐっ…」
「貴様に何がわかるっ!我の愛した人間は死んだ!お前たちが殺したのだ!」
「違う!あの人間はお前の神気に耐えきれずに死んだのだ!何の力も持たぬ人間に神気など与えるから狂ってしまったのだ!」
男の言葉に白羽が反論する。すると男は白羽に向けて穢れの刃をいくつも放った。
「うるさいっ!」
「うわぁっ!」
「白羽!」
白羽が咄嗟に張った結界を打ち破って穢れの刃が容赦なく襲いかかる。弾き飛ばされて宮司の住居の壁に打ち付けられた白羽は傷だらけで地面に倒れ込んだ。
「あははは!他愛もない!」
血塗れで倒れる白羽に男が狂ったような笑い声をあげる。我は怒りに震えながら男に切りかかった。
「調子に乗るなよ!」
社を通して土地を守る神である我の怒りは周りに与える影響が大きい。空はたちまち雲が立ち込め、雷鳴が轟いた。それでも我は怒りを抑えられなかった。
「ふふ、お前の怒りはこの土地の災厄となろう。もっと怒れ!そして己が愛した人間たちを殺せ!」
いくら自制しようとしてもしきれない。怒りに任せて刀を振るうと、刃は穢れを引き裂いて男の左腕を切り落とした。
「おや、案外と脆い体だ」
左腕を切り落とされた男が平然と笑って立っている。神とて痛みは感じる。腕を落とされて平気ははずはない。目の前の異様な光景に我は息を飲んだ。
「お前は、何者だ?」
これは我がかつて神格を剥奪したものそのものではない。内にいるのは全く違うもの。それに気づいた我が問うと、男はニタリと君の悪い笑みを浮かべた。
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