神様は人の子を見る・11、大切にしたいと願うもの

 我を狙っている神堕ちのものを討つべく白羽が動き出した。神社を離れることのできぬ我の変わりに山の神に助力を請い、近くの神社の神々にも話を通している。そのためあの子の護衛がままならぬが、その分加護と守護をかけてある。問題はないはずだった。

 白羽が離れた翌日、あの子に話があると言われた。聞けば、神職になりたいのだと言う。それ自体は問題ないのだが、問題なのはそう思った経緯だった。あの子は、我と出会わなければそんなことは思わなかったろう。そもそも、我と波長が合ってしまったがために神を見、声を聞くようになったのだ。我が関わらなければ、そのまま何も見ることなく普通に過ごしていたはずの子だ。

『我が関わったことで、生き方を変えてしまったか…』

そう言った我にあの子は必死に違うと言ってた。だが、我に関わったせいで危険なめにあったのは事実。もうこの子を危険なめにあわせたくない。そう思った我は、あの子の目と耳を封じることにした。普通に生活している分には何の支障もない。ただ、今までのように我や白羽の姿を写すことはなく、声が聞こえることがなくなるというだけ。夢に紛れて封じをした我は、少しだけ、ほんの少しだけ賭けをすることにした。あの子が本当に心の底から望めば封じが解けるように。そうでなければ、平穏な日常を送れるように、願いを込めて封じをした。


「おいおい、どうしたんだ?」

明け方、社に戻ってきた白羽が驚いたように言う。わけがわからず首をかしげた我は、自分の頬が濡れていることに気づいて驚いた。

「涙?」

「きみが泣くなど初めて見たぞ。何かあったのか?」

そう問われて我はあの子に封じをしたことを話した。それを聞いた白羽は神妙な顔をしてため息をついていた。

「仕方がないとはいえ、きみもあの子もしばらく寂しかろうな」

「寂しい…?」

そう言われて我は初めて自分が寂しいのだと認識した。人間などあっという間に老いて死んでしまう。我らの長い生の中で、人間の生はあまりに短く儚かった。

「お互いのためにもこれでよかったのかもしれんが、きみが願いをこめて封じをしたというのなら、それはきみがあの子との別れを惜しいと思っている証拠だろうな」

「そう、なのかもしれぬ。だが、我らのせいであの子の生き方を歪めたくはない。本来であれば、我らとあの子の世界は交わることなどなかったのだから」

我の言葉に白羽はうなずきながらも苦笑した。

「それはそうだがな。だが、すでにあの子と我らの世界は交わった。神域にまで連れていったのだ。恐らくあの子の力は増しているはずだ。見ること、聞くことが叶わずとも、気配くらいはわかると思うぞ?」

「それは、我もわかっている…」

あの子の力が増していることなど承知の上だった。それでも、まだ戻れるのなら元の生活に戻してやりたい、危険なことから遠ざけたいと思った。だから、このまま忘れられるならそのほうがいいと力を封じたのだ。その結果、自分がどんなに辛くとも。

「まあ、承知の上ならこれ以上は言わないさ。それより、準備が整ったぞ」

白羽の言葉に我は頭を切り替えた。せっかくあの子を遠ざけたのだ。今度こそ、あの男と決着をつけねばならない。

「きみはここを出られんからな。恐らく奴もここを狙ってくるだろう。だから周りの社の神々には騒がせることを謝っておいた。もし殺しきれぬようであれば、霊山の神が封じてくださる」

「この場を穢したくはないが、仕方あるまい。事がすんだら宮司に浄めてもらうとしよう」

白羽の言葉にうなずいて大きく息を吐く。この社の周りには我が常に結界を張っている。我に敵意あるものは入ってこられない。そうなれば、我を狙うあの男も入ってこられないため、我はわざと結界を解いた。恐らく罠だとわかっていても奴はくる。神格を剥奪され、力を削がれ、目をかけていた人間も喪った。全てを喪ったあの男を今生かしているのは我に対する復讐心だけだろう。

「…愚かだな。だが、我もあの子を喪ったら、同じようになるのだろうか…」

星が輝く空を見上げながらふと呟く。するとそばにいた白羽がくすくすと笑いだした。

「きみはたとえあの子を喪ってもああはならないさ。きみには他にも守るべきものがある。それをちゃんとわかっているからこそあの子を遠ざけた。あいつときみは全く違う」

「そうか。そうだな…」

白羽の言葉になぜか少し安心した。確かに、我にはたとえあの子を喪っても守らなければならないものがある。社の神とは、特別なひとりを作ってはならないものだ。

「きたな…」

徐々に近づいてくる禍々しい気配。かつて神であったものがここまで穢れを集められるのかと思うほど、その気配は穢れに満ちていた。

「ここまで堕ちると、いっそ哀れだな」

小さくため息をつきながら言う。白羽には宮司の住居の守りを任せた。小さく息を吐いて右手を握りこむと、一振の太刀が現れた。

「これを使うのもあのとき以来か」

かつてあの男を倒し神格を奪った剣。霊山の水と我の力を持って、鍛冶の神々が鍛え上げた刀。それはあらゆる穢れを払う破邪の刀だった。

「さて、過去の過ちを清算しよう」

そう呟いて我は我の前に現れた男と対峙した。

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