26、すれ違う思い

 隆幸さんに神職になるにはどうしたらいいか尋ねた翌日、俺はいつものように神社に行った。いつもと違うのは白羽さまがいないこと。ひとりで歩く道になんだか違和感を感じてしまって、すっかり白羽さまが一緒にいることに慣れていたことを実感した。

『おはよう』

鳥居をくぐると静華さまがいつものように声をかけてくれる。俺は挨拶を返すと社務所で着替えた。


 静華さまとゆっくり話せる時間ができたのは昼休みだった。俺は社の裏に行くと大きな木の根本に座った。

「静華さま、相談というか、聞いてほしいことがあるんですが」

俺がそう言うと静華さまは不思議そうな顔をしながらふわりと舞い降りてきた。

『どうした?』

「えっと、これから、どうしようかと考えて、それで、神社で働くには神職になるのがいいと思ったんです」

『神職…』

俺の言葉に静華さまが驚いた顔をする。俺はうなずくと静華さまを見上げた。

「ここにきて、静華さまや白羽さまと出会って、俺は変われたから。恩返し、ってわけじゃないけど、俺にできること、したくて」

『そうか。我が関わったことでそなたの生き方を変えてしまったか…』

どこか後悔したような静華さまの声に俺は慌てて首を振った。

「静華さまのせいとかじゃないです!そりゃ、静華さまに会わなかったら神職なんて考えもしなかったし、神社でバイトとかもしなかったけど。それでもこれは俺が決めたことです」

自分のせいだと思ってほしくなくて俺が必死に言うと、静華さまは小さく微笑んでくれた。

『そなたの生き方だ。口出しはせぬ。だが、我らが見えぬほうがいいのかもしれぬな』

「え?」

静華さまの言葉に首をかしげると、静華さまは小さく首を振って社の屋根に舞い上がった。


 それから午後の仕事をいつも通りにしてアパートに帰る。いつもと変わらない日常だったはずだが、俺は少しだけ違和感を感じていた。

 午後、静華さまの姿を見なかったのだ。いつもならちらちらと姿が見えるが、午後は一切姿が見えなかった。そんなことは今までなかった。

「大丈夫、だよな…」

なんとなく不安を感じながら俺はいつもの時間に眠りについた。


 夢を見た。平安時代の建物みたいな屋敷があって、橋がかかる大きな池がある。とても綺麗な場所に静華さまが悲しそうな顔をして立っていた。

「静華さま?」

そばに行きたいと思うのに足が動かない。静華さまは悲しそうな顔をしたままゆっくり俺のそばに歩いてきた。

「我が巻き込んだ。そなたが我を見ることも声をきくこともできなければ、そなたは狙われずにすんだ。我らとの縁などできなかった」

静華さまの言葉に何度も首を振る。静華さまは動くことのできない俺の前に立つとそっと頬に触れてきた。

「もし、そなたが心から我らに会いたいと望むなら、きっとその願いは叶うだろう。だが、我らのことを忘れ、今までのとおり過ごすなら、平穏な生活が約束されるだろう」

静華さまが俺の目を隠すように手をおいて囁く。視界を塞がれているからその表情はわからなかったが、声はとても辛そうだった。

「静華さま!俺はあなたや白羽さまに出会ったことを後悔なんてしてません!」

動かない体をどうにか動かそうともがきながら俺は叫んだ。俺の気持ちが嘘ではないことを知ってほしかった。


 目を覚ましたとき、俺の体は汗でぐっしょり濡れていた。ドキドキと心臓が早鐘を打つ。なぜか目からは涙が溢れていた。どんな夢を見たかは覚えていなかったが、とても悲しい夢だった気がする。

時計を見るといつも起きる時間だった。俺はシャワーを浴びて汗を流すと着替えて食パンを口に入れた。小さなバックに財布とスマホ、アパートの鍵を入れてアパートを出る。そうしていつものように神社に行くと、俺はそこで決定的な違和感を覚えた。

「なんだ?」

いつも見ていた神社の風景が違う。建物の配置が違うとかそんな話ではない。見える景色は何も変わらないのに、まるで色を塗り替えたかのようにそれはまるで違う風景に見えた。

「冬馬くん?」

「隆幸さん、変なんです…」

愕然としている俺に隆幸さんが声をかけてくれる。俺は震えながら隆幸さんを振り返った。

「見えない、見えないんです…」

「え、冬馬くん、それは…」

昨日まで見えていた静華さまの姿が、今は全く見えなくなっていた。なんとなく社の屋根の上にいる。それはわかるのに、そこには何も見えなかった。

「いるのはわかるのに、どうして…」

混乱してしゃがみこむ俺を隆幸さんが支えてくれる。隆幸さんは難しい顔をしながら俺の顔を覗き込んだ。

「神さまは優しいから、巻き込んでしまったと思われたのかもしれないね。でも、たとえ見えなくなったとしても、いなくなったわけではないよ」

「それは、なんとなくわかります。今も、いつもみたいに社の屋根の上にいる」

俺の言葉に隆幸さんはにこりと笑ってうなずいた。

「うん。僕の目には眩しい光が見えるよ。冬馬くんは姿が見えなくても感じられるんだね。これからどうするか、それは冬馬くん次第だと思うよ。きみはどうしたい?」

隆幸さんの問いかけに、俺は考えることもなく即答した。

「俺は、見えなくても、そばにいたいです。神職の勉強、したいです」

「うん。それをきみが決めたのなら、僕はできる限りサポートするからね」

「ありがとうございます」

にっこり笑ってくれる隆幸さんに、俺は泣き笑いの顔をして礼を言った。

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