25、言葉が足りない神さまの優しさ

 白羽さまから何か動きがあるかもしれないと聞いてから、ひとりになるときはなんとなく周りを警戒していた。だが、特に何事もなく日々がすぎていき、俺は警戒することをやめていた。

『明日から数日、少し出掛けてくる』

「え?」

神社でのバイトを終えていつものようにアパートまで送ってもらったとき、白羽さまが何気なく言った言葉に俺は固まってしまった。

「えっと、わかりました。お気をつけて」

『そう不安そうな顔をするな。きみの守りはしっかりしていくし、何かあったら静華のところへ行け。あそこなら静華は最強だ』

よほど情けない顔をしていたのか白羽さまが苦笑しながら言う。俺はハッとして頭を掻きながら笑った。

「すみません。大丈夫です。白羽さまだって忙しいですもんね」

『おっと、何か勘違いしているようだが、私は好きできみのそばにいるのだからな?何も嫌々護衛をしているわけではない。それは間違えてくれるなよ?』

にこりと笑って俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でる白羽さまに俺は苦笑しながらうなずいた。

「はい。すみません」

『なに、気にするな。私が戻る頃には全て片付いているさ。というか、片付けたいな』

そう言って苦笑した白羽さまはふわりと空に舞い上がった。

『そうだ。日が落ちたら出歩くなよ?たとえ何があっても、夜は部屋から出るな。いいな?』

「わかりました」

どういう意味かはわからなかったが、白羽さまがそこまで言うならとうなずくと、白羽さまはにこりと笑って飛んで行ってしまった。

「何があるんだろうな…」

白羽さまが飛んで行ったのは神社とは違う方向だった。俺はしばらくそちらを眺めていたが、空が暗くなってくると慌てて部屋に入った。


 翌日、いつものようにアパートを出たが、白羽さまは現れなかった。ひとりで歩くのは久しぶりで、なんとなく違和感を感じながら神社に向かった。

『おはよう』

鳥居をくぐると静華さまがふわりと鳥居から舞い降りてきた。

「おはようございます」

いつもと変わらない静華さまについ安心したように息を吐く。静華さまはそれに気づくと俺の頭をポンと撫でた。

「静華さま、俺、子どもじゃないですよ?」

『人の子など皆子どもと変わらぬ』

クスクスと笑う静華さまに俺も自然と笑う。静華さまからあとで話があると言われた俺はうなずくと急いで社務所に向かった。

「隆幸さん、おはようございます」

「冬馬くん、おはよう」

社務所にいた隆幸さんに声をかけると隆幸さんが振り向いてにこりと笑う。だが、その目の下にクマがあるのを見て俺は首をかしげた。

「隆幸さん、具合が悪いんですか?」

「いや、ちょっと寝不足でね」

苦笑しながら首を振った隆幸さんは「神さまが夢枕に立たれてね」と言った。

「これからしばらく、夜に何があっても外に出るなと言われてね」

「ええと…」

思わぬことに答えに困っていると、隆幸さんは「何か聞いてない?」と聞いてきた。

「俺もよくわからないですが、あとで話があるとはさっき言われました」

「そっか。何かわかったら、話せる範囲でいいから教えてくれないかな?」

「わかりました」

俺が誘拐されたときもそうだったが、静華さまは基本的に言葉が足りない。静華さま自身は心配させないように、必要以上のことを話さないようにしているようではあったが、はしょりすぎて逆に心配させているようだった。そして本人はそれに全く気づいていなかった。


 隆幸さんから許可をもらった俺は作務衣に着替えると静華さまがいる社に行った。

「静華さま、話ってなんですか?」

俺に気づいて屋根からおりてきた静華さまに尋ねると、静華さまは不思議そうな顔をして首をかしげた。

『休憩のときでもよいのだぞ?』

「宮司から許可はもらってますよ」

まさかあなたが夢枕に立ったせいで心配しているとは言えずに苦笑しながら言うと、静華さまはうなずいて場所を変えようと言った。

 普段参拝客のくることのない社の裏手。そこに移動した俺に静華さまは白羽さまがいない理由と夜に出歩いてはいけない理由を話してくれた。

『我を狙っているものがいる。近々動きがありそうなのでな。白羽はそれを片付けるために動いている。恐らく、動くなら夜だ。そして、我を狙ってここにくる可能性が高い。宮司に外に出るなと言ったのはそのためだ』

「そうなんですね。俺が夜出歩いちゃいけないのも同じ理由ですか?」

俺の問いに静華さまは真剣な表情でうなずいた。

『そうだ。そなたは一度狙われた。また狙われないとも限らん。だが、そなたにはできる限りの守護を授けてある。住処にもな。だから夜は何があっても出歩かないでほしい。恐らく、それほどかからずに片がつくだろう』

静華さまの言葉に俺は真剣な顔でうなずいた。

「わかりました。気に掛けてくださってありがとうございます」

静華さまが心配して言ってくれていることがわかって俺はお礼を言って頭を下げた。

『礼を言われることではない。むしろ、我らが巻き込んでしまった。そなたたちに咎はない』

礼を言う俺に静華さまはそう言ってどこか悲しそうな顔をしていた。


 静華さまとの話を終えた俺は隆幸さんに聞いたことを話した。隆幸さんは真剣な顔で話を聞いていたが、静華さまが心配してくれた結果だとわかると微笑んでうなずいていた。

「うちの神さまは本当に優しいね」

「そうですね。あの、隆幸さん、俺みたいなのが神社で正式に働くにはどうしたらいいですか?」

突然の俺の言葉に隆幸さんは目を丸くして驚いていた。

「バイトじゃなくて神職になりたいってことかな?」

確かめるような隆幸さんの言葉にうなずく。これは少し前から考えていたことだった。せっかく静華さまや白羽さまと話せるようになったから、このままここで静華さまたちのために働きたかった。それをするにはどうしたらいいかと思った結果が神職になりたいということだった。

「神職になるのは神道系の大学にいったり養成所に入ったりするのが一般的かな」

「やっぱり難しいんですね」

「神職は代々神職の家から出ることが多いからね。一般からはあまり多くないんだ。でも、もしなりたいなら推薦してあげるよ?私は結婚するつもりがないから今のところ跡取りがいなくてね。冬馬くんが継いでくれるなら安心だしね」

にこりと笑った隆幸さんに俺は慌てて首を振った。

「跡取りなんてそんな!でも、神職の学校は考えてみます。また聞くかもしれませんが、いいですか?」

「もちろんだよ」

嬉しそうな隆幸さんに礼を言って俺は仕事に戻った。

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