20、得体の知れない男
その日は雨が降っていた。神社でのバイトに行くため、傘をさして道を歩いている俺のそばには白羽さまがいる。不思議なことに神さまは雨に濡れないようで、白羽さまの周りはぼんやり光っていた。
ふと、前から着物姿の男の人が歩いてくるのに気づいた。長い髪をひとつに結った、細身の格好いいというよりは綺麗という言葉のほうが似合いそうな、モデルのような人だった。すれ違いざま、その人は俺を見てにこりと笑った。
「こんにちは」
「…こんにちは」
知らない人だなと思いながら挨拶を返すと、白羽さまが怖い顔をして俺のそばに立ち、男の人を睨んでいた。
「そのように睨まずとも、挨拶しただけでしょうに」
「え?」
男の人の言葉に俺はぎょっとした。俺は確かに目付きが悪いが、この人は俺にではなく、俺の隣に立っている白羽さまに言っているように感じた。
「ふふ、また会いましょうね」
男の人はそう言うと何も言わない俺にか、警戒心剥き出しで睨んでいる白羽さまにか、軽く会釈して歩いていってしまった。
『白羽さま、あの人、見えてました?』
『ああ。あれは私が見えていた。あれは良くないものだ』
白羽さまは姿が見えなくなっても男の人が歩いていった先を睨んでいた。
神社につくまで白羽さまは怖い顔で俺から離れなかった。前に、俺を狙う輩がいると言っていたのを思い出して、あの人がそうなのか聞いてみたが、白羽さまははっきりとはわからないと珍しく言葉を濁した。
『今日はなるべくここの敷地から出るなよ?出るときは必ず私を呼べ。いいな?』
「わかりました」
神社の鳥居をくぐって社務所に行こうとすると白羽さまにきつく言われた。ここまで厳しい物言いをするのは珍しい、たぶんあのモデルみたいな男の人のせいなんだろうと思いながら俺は素直にうなずいた。
「冬馬くん、今日何かあった?」
昼休み、一緒に飯を食っていると隆幸さんに尋ねられた。俺が不思議そうな顔で首をかしげると、隆幸さんは「なんだかピリピリするんだよね」と苦笑した。
「今日は冬馬くんが来てから境内の空気がピリピリしてて、神さまの機嫌が悪いのかなと思ってね。冬馬くんなら何か知ってるかと思ったんだけど」
「あ、それはたぶん…」
俺は今朝会った男の人の話を隆幸さんに聞かせた。話を聞いた隆幸さんに「その人、人間だった?」と聞かれたが、正直俺には人間かそうでないかなんてよくわからない。神さまのようにはっきり人間じゃないとわかるなら別だが、見た目で判断できないものはよくわからない。そう言うと隆幸さんは「まあそうだよね」と笑っていた。
「神さまが警戒するってことはよほど危険な何かなんだと思う。人間に紛れて生きている妖怪もいると聞くしね。見える人には見えるらしいけど、残念ながら僕には見えない」
「俺も、神さま見えるようになったのだってここに来てからだし。妖怪とか言われてもよくわからないです」
「まあ、神さまがピリピリしている原因はわかったから、冬馬くんは神さまに言われたとおりひとりにならないようにね?」
「わかりました」
俺がうなずくと隆幸さんはにっこり笑って茶を飲んだ。
午後の休憩は社殿の脇に植えてある大木の根本に座って静華さま、白羽さまと過ごすのが日課のようになっていた。午前中に雨が止んだが、土はまだ濡れていたので今日は立ったまま缶コーヒーを飲んだ。
「静華さま、機嫌悪いの隆幸さんも気づいてましたよ」
俺が言うと、静華さまは『すまん』と謝りながらも不機嫌そうな顔をしていた。
『静華はな、この神社の敷地から出られないせいできみを守ってやれないとご機嫌斜めなのさ』
白羽さまが苦笑しながら言うと、静華さまはますます不機嫌そうな顔をした。
「でも、静華さまはここの神社の神さまだし、やっぱりいなくなっちゃダメですよ」
『わかっている。だが、そなたに声をかけてきたという男、得体が知れん』
『私と静華がきみを狙っていると警戒していたもの、あの男からはかすかにその気配を感じたが、そのものではなかった。あれが何者なのか私たちにもわからない』
「妖怪とかですか?」
『それも微妙だな。人間のようにも見えたが、それにしては禍々しいものを感じた』
白羽さまはそう言うと俺の頭をポンと撫でた。
『私があげた羽根は持っているな?』
「はい。ちゃんと毎日持ち歩いてます」
『よろしい。それがきみを守ってくれるからな』
俺がうなずくと静華さまは自分の髪を1本抜いて俺の手首に巻き付けた。不思議なことに髪は手首に結ばれると消えて見えなくなってしまった。
『我も守護の力を授けよう。これでよほど強いものでなければそなたに傷をつけることはできぬ』
「ありがとうございます」
心配してくれる優しい神さまたちに礼を言うと、静華さまと白羽さまは嬉しそうに笑った。
帰りはいつものように白羽さまと帰ったが、さすがに朝の男の人には会わなかった。警戒していた白羽さまもアパートについて表情を和らげた。
『ありがとうざいました』
『気にするな。ではまた明日な?』
『はい。おやすみなさい』
俺が頭を下げて言うと、白羽さまは機嫌よく笑って姿を消した。
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