19、見える人見えない人

 引っ越しして1ヶ月も過ぎると独り暮らしにもだいぶ慣れた。元々家事はやっていたし嫌いじゃないから特に困ることもない。神社が近くなったから朝は少しゆっくりできる。ただ、部屋に話し相手がいないというのは少し寂しかった。

「おはよう。今から神社?」

朝、神社に行こうとアパートを出ると、ちょうどゴミを出してきた茜さんと会った。

「おはようございます。そうです。今から神社でバイトです」

挨拶をして答えると、茜さんは「偉いわねえ」と笑った。

「ねえ、冬馬くんは神社の神さま見たことある?」

「神さまですか?」

茜さんの質問に俺はどう答えようかと迷った。隆幸さんは神さまが光として見えているが、茜さんにも見えているのかはわかなかった。見えない人にとって、神さまが見えるなんてのは信じられない話だろう。

「隆幸は光の塊に見えるんですって。私は見えないんだけど、冬馬くんはどう?」

「俺は、見えます」

隆幸さんが見えることを知っている。なら大丈夫だろうかと躊躇いながら答えると、茜さんはパッと表情を明るくさせた。

「見えるの?神さまってどんな感じ?」

「えっと…」

矢継ぎ早に尋ねる茜さんに圧倒されていると、茜さんはハッとして恥ずかしそうに頬を掻いた。

「ごめんなさいね。驚いたわよね?」

「えっと…」

「あのね、私、子どもの頃に神さまを見たことがあるの。といっても見たのは一度きりだから、本当に神さまだったのかはわからないんだけどね」

茜さんの話を聞いて俺は「どんなでした?」と聞いた。

「とても綺麗な長い黒髪でね、ひらひらした着物を着ていたの。とっても綺麗な人で、私この人が神さまなんだわって思ったのよ。それにね、その人は社殿の屋根に座っていたの。普通の人は社殿の屋根に座ったりしないでしょ?」

茜さんの話を聞いて俺はそれが静華さまだと確信した。

「それ、神さまであってます。今もよく社殿の屋根に座ってますよ」

俺がそう言うと、茜さんは嬉しそうに笑った。

「そうなの。やっぱりあれは神さまだったのね。どうして見えたのか、どうしてあれから見えないのかわからないけれど、私、神さまを見れてとても嬉しかったのよ」

少女のように笑う茜さんは「私もたまにはお参りに行かなきゃね」と言って一緒に神社に行くことになった。

「私の両親も見える人じゃなかったから話しても誰も信じてくれなかったけど、隆幸だけは信じてくれたの。いつも社殿の屋根が光っていて眩しいからって」

神社に向かって歩きながら茜さんは隆幸さんが子どもの頃のことを色々話してくれた。

「昔はよく熱を出す子でね。こんなに体が弱くて宮司なんてできるのかしらって心配だったの。でも、宮司になってからは熱どころか風邪もひいたことがないのよ?神さまのご利益かしらね」

「はあ…」

気の効いた返事もできない俺に気を悪くしたふうもなく茜さんはにこにこ笑っていた。


 神社の鳥居をくぐると白羽さまがイチョウの木の上から手を振っていた。今日は茜さんが一緒だったからそばにいなくても大丈夫と思ったらしい。静華さまはいつものように社殿の屋根に座っていた。

「冬馬くん、神さまは今も社殿にいるの?」

俺の視線が動いたのに気づいたのか茜さんが尋ねる。俺は少し考えてうなずいた。

「社殿の屋根の上にいますよ」

「そう。じゃあご挨拶してくるわ。お仕事頑張ってね?」

そう言って茜さんは社殿にお参りに行った。茜さんを見て静華さまがふわりと屋根から降りてくる。茜さんの隣にいるのに、茜さんには見えていないようだった。


 夕方、仕事が粗方終わった俺は社殿の隣に植えてある松の木の根本に座って缶コーヒー片手に休憩していた。そのそばには静華さまと白羽さまがいた。

「昔、隆幸さんのお姉さんが静華さまを一度だけ見たって言ってましたよ?」

『ほう?あの娘の目に我が写ったことがあったか』

静華さまは楽しげに笑うと風で飛んで来たイチョウの葉を手にした。

『あれは宮司ほど力はないが、それでも両親よりは力があった。宮司の親は全く我を見ることも感じることもなかったからな。たまたま何かの弾みで我と波長が合って見えたのだろう』

「波長?」

俺が首をかしげると、白羽さまがもう少し詳しく教えてくれた。

『よく子どもは人でないものが見えると言うだろう?あれと一緒さ。子どもは彼方と此方の境界が曖昧でな。だから人でないものを見たり神隠しにあったりしやすいのさ。あの娘が静華を見たのも子どもの頃のことだろう?』

「でも、なんで一度きりだったんですか?」

『たまたま何かの弾みで見えたのだろうな。たとえば、彼方と此方の境を濃い霧だとしよう。普段は何も見えないが、霧だっていつでもどこでも同じ濃さじゃない。薄い時、薄い場所があるのさ。静華とその娘の間の霧が薄くなった瞬間があって、たまたまそれを見たのだろう』

白羽さまの話に俺は納得してうなずいた。

「なんかわかりました。じゃあ俺が静華さまや白羽さまが見えるのはなんでですか?今まで見えたことなんてなかったのに」

『それはきみと静華の相性が良かったんだろうさ。もともと素質はあったんだろうが、静華は相性が良く見やすかったんだろう。そして静華のそばにいてその素質が少しずつ開花している。これからはもっと色々見えるようになるかもしれないぞ?』

「それは、あんまり嬉しくないかも」

色々という言葉に幽霊の類いを想像してしまって顔をしかめると、静華さまがクスクス笑った。

『そなたに害のあるものは我が許さぬ。神社の外では白羽が守る。何も心配いらない』

「それはそれで申し訳ないっていうか」

困ったように言う俺の頭に静華さまはふわりと触れて静かに笑っていた。

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