9、和樹がきた
雪がちらちら降る日、俺はセツさんの家に饅頭を受け取りに行った。セツさんは前はよく神路神社に参拝にきて饅頭を供えてくれていたが、足の調子が悪くなってこられなくなったそうだ。たまたまセツさんの家の近くのスーパーで会って話をしてから、俺は時々セツさんに呼ばれては神様に供える饅頭を受け取りに行っていた。
その日もいつものように饅頭を受け取って神社に帰ると、鳥居の前に和樹が立っていた。和樹は夜中に社殿の床下にいるのを俺が見つけた男の子だ。隣町に住むおばあさんに引き取られて学校も転校した。何かあったらいつでも来るといいと言ったものの、あれから和樹がくることはなかった。なのに、その和樹が今鳥居の前に立っている。今日は平日で、まだ学校に行っているはずの時間なのに。
「和樹?」
俺が声をかけると和樹はびくりと震え、俺を見ると駆け寄ってきて抱きついた。
「お兄ちゃん…」
「どした?なんかあったか?」
頭を撫でてやりながら尋ねると、和樹はますます腕に力を込めてしがみついてきた。
「とりあえず中に行こう。ここは寒い」
そう言って和樹を抱き上げると俺は鳥居をくぐった。すると神様が飛んできて心配そうに和樹の頭を撫でたり抱き締めたりする。和樹は神様を見るとポロポロ涙を流して泣き出した。
社務所にいた隆幸さんに声をかけると、こっちのほうが暖かいからと社務所に入れてくれた。
ココアを出してやると和樹はちびちびとそれを飲み始めた。しばらく無言でココアを飲んでいた和樹は、やっと落ち着いたのかポツポツと話し出した。
「あのね、お母さんがきたの。最初はおばあちゃん家に。でも、おばあちゃんがすごく怒って、ぼくは会わなかった。でも、今日学校行くとき、お母さんが待ってたんだ。それで、一緒に帰ろうって、また一緒に住もうって言われて」
和樹はそこまで言うとうつむいてしまった。
和樹の母親は必要最低限の食べ物だけ与えて遊び歩いていたとおばあさんから聞いていた。そんな母親がわざわざ隣町まで行って和樹を連れ戻そうとする理由はなんなのか、俺にはわからなかった。隆幸さんも険しい顔をしていた。
「和樹くんはどうしたいの?」
「…お母さん、ぼくのこと好きじゃないんだ。ぼくは、お母さん好きだけど、お母さんの邪魔になるなら、ぼくはおばあちゃんといる」
震える声で和樹は言った。今までだってろくに面倒を見てくれず、寒空の下外に放り出すような母親でも、和樹は母親が好きだと言った。俺はなんと声をかけていいかわからず唇を噛んだ。
「とりあえず、おばあさんに連絡するね。心配してるといけないから」
隆幸さんはそう言うと電話をかけるために部屋を出ていった。
「お兄ちゃん、迷惑かけてごめんなさい」
顔を上げた和樹がそう言うので、俺はハッとして首を振った。
「迷惑なんかじゃない。和樹が頼ってきてくれて、俺は嬉しい」
こういう時、うまく言葉が出なくてもどかしい。俺は本当に迷惑ではないと伝えたくて和樹の頭を優しく撫でた。
「和樹、俺は和樹が傷つくのが嫌だ。和樹には笑っていてもらいたい。神様も、きっとそうだと思う」
「うん、ありがとう」
俺が言うと和樹ははにかむように笑った。
隆幸さんがおばあさんに夕方迎えにきてくれるよう頼んだので 、俺と和樹は一緒に昼飯を食べたり、社殿の周りの簡単な掃除をしながら神様と過ごした。神様は和樹が笑うと嬉しそうにしていた。
夕方、おばあさんが迎えにくる頃には和樹もだいぶ元気になり、また遊びにくると言っておばあさんと帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます