10、神様とお菓子
12月になると神社は途端に忙しくなった。正月に向けて毎年巫女さんのバイトをしているという女の人たちが何人かきて絵馬や破魔矢の準備を始めていたし、俺はいつも以上に細かく掃除をしていた。神様はそんな慌ただしい様子を楽しそうに眺めていた。
女の人たちは休憩になると楽しそうにおしゃべりしながらお茶やコーヒーを飲んだりお菓子を食べる。そのお菓子の買い出しを頼まれた俺はいつものスーパーで何種類かのお菓子をカゴに入れてレジに行ったが、レジの近くに並べられていたお菓子に目をひかれた。浮島というお菓子でカステラに似ていた。俺はそれもひとつカゴに入れて会計をすませると神社に帰った。
神社に帰るとちょうど巫女さんたちの休憩時間で、社務所にお菓子を持っていくと喜ばれた。たまには一緒に食べないかと言われたが、何を話せばいいのかわからないし、そもそも女の人となんて話したことがないのでどうにか理由をつけて断った。
社務所を出た俺はそのまま社殿に行った。神様は今は社殿のそばの木の上にいる。俺はひとつだけ買ってきた浮島というお菓子を木の下に供えると手を合わせた。神様は高いところにいるので様子は見えないが、いつも通りなら供えたお菓子を食べているだろう。そう思って木の根本に座ると、神様がふわりと目の前に現れた。
「っ!」
驚いて目を見張る俺を見て神様はおかしそうに笑った。
『今日の菓子はそなたが選んできたのだろう?美味かったよ。ありがとう』
頭の中に神様の声が響く。俺は驚きすぎてろくに返事もできずにうなずいたが、神様は怒らずに笑っていた。
『それはそなたが食べるといい』
「…ありがとうございます」
なんとか礼だけ言うと神様はうなずいてふわりと舞い上がりまた木の上に戻っていった。
神様がこんなに話したのは初めてで驚きすぎた俺は、しばらくぼんやりしたあと供えたお菓子をありがたく食べた。
それから俺は買い出しのたびに和菓子を見つけると買ってきては神様に供えるようになった。いつも和菓子があるわけではなかったけど、正月が近いせいか練りきりとか呼ばれるお菓子がよく並んでいたし、神様もそれが好きなのか色んな形があって面白いのか、練りきりを供えるといつも俺の前にきては声をかけていくようになった。
神様の声は頭の中に直接響いてくる。もちろん俺にしか聞こえない。神様の姿も俺にしか見えない。いつものように隆幸さんしかいないなら気にしないが、今はバイトの巫女さんたちがいる。噂好きの女の人に俺がひとりでぶつぶつ喋っているのを見られると困るなと思っていると、親切にも神様が念じるだけで声は届くと教えてくれた。そうして俺は神様と少しずつ話をするようになっていった。
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