ニッポン チャチャチャ!
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「日本がんばれ!」
「ファイト、ファイト」
若い声がこだまする。東京、代々木公園のパブリックビューイングの会場には人々が溢れんばかりに集まっていた。真っ白な綿雲が浮かぶ夏空を背景に、超大型の野外ディスプレイでは熱戦が繰り広げられていた。見ているものはやはり若者が多い。しかし、老若男女こもごもだ。若者達の中には酒を手にしている者もいるが、概して行儀よく熱戦を応援ている。騒ぎ立てたり、不埒な振る舞いをする者などいない。もちろん、皆、日本側を応援していた。相手側を応援などすれば、直ぐに摘み出されそうな雰囲気だ。日の丸を打ち振る者、拳を突き出して声援する者、肩を組んで歌う者など、大変な熱気だ。日の丸を付けたシャツを着ている者も多い。寄せ書きの入った大きな日の丸が掲げられている。
しかし、年配者の中には訝しそうな表情を見せている者もいた。この会場まで足を運んでいるのだから、日本を応援したいのだろうが、複雑な心境のようだ。それは、無理もなかった。彼ら高齢者が若かった頃には、まだ、戦争に対する引け目が色濃く残っており、日の丸を堂々と掲げるなど、考えられなかったからだ。ましてや日の丸に書かれた寄せ書きなど、侵略戦争の象徴そのものであり、忌まわしい過去を彷彿とさせるものだった。
「日の丸を背負って戦いに望む」
「日本が一丸となって」
「愛国心」
などは、にわかに口にする事を憚られる言葉だった。一方、同じ高齢者でも、そんな風潮に嫌気がさし、反対する者もいた。そんな人々は、こうして若者が日の丸を打ち振るのを見て、感無量だった。やっと戦後の悪夢と決別し、日本が正しく独立国家として歩み始めた証左だと評価した。
熱気に溢れているのはパブリックビューイングの会場だけではなかった。観戦カフェも連日満席で熱い歓声に包まれていた。若者達は、ビールを片手に画面に向かって応援している。
「行けー、行けー、やっつけろー」
「負けるな! 持ち堪えろ!」
カフェの観戦者の中には、これから参戦へと向かう者もいる。今度は自らが戦う番だ。そんな時は、周りの人々から激励を受ける。
「頑張れよ! 見てるからな!」
「待ってろ、俺も後に続くからな」
そんな声援に腕を振り上げて応える。
「ああ、絶対に勝って、凱旋して見せるさ!」
路上では日本の勝利が伝えられる毎に、道行く人は両手を上げて喜びを表し、車はクラクションを鳴らしてそれに呼応した。どの車の運転席の上にも小さな日の丸がはためいていた。
夜の渋谷のスクランブル交差点周辺も若者達で埋め尽くされていた。警官も多かれ少なかれ若者達と同調していて、取り締まりの体を成していなかった。
こうして熱戦が繰り広げられている訳だが、思い返して見れば、実際にこれが始まるまでは反対意見が多かった。反対をしないまでも、なんとなく前向きになれない人は少なくなかった。評論家は予算などの問題点を挙げつらい、ワイドショーも否定的な見解を並べ立てた。世論調査をしても、賛成はむしろ少数派だった。
当の政府はそんな民衆の態度に困惑していた。このままでは中止になりかねない。一部の強硬派は、一旦事が始まれば、みんな熱狂して反対意見なんて吹き飛んでしまうと主張した。慎重派は、このままでは国民、特に若者の協力が得られず、無理に突っ走っても失敗に終わるのではないかと心配した。
しかし、多くの議論はあったが、結果として決行する事になった。何年もの時間を掛け、膨大な予算をつぎ込んで進めてきた日本の、いや、正確には日米の計画を取りやめるなという事はできなかった。
「決行日」は、東京オリンピック開幕から、ちょうど一年目だった。
代々木公園のパブリックビューイングの巨大画面では熱戦が続いていた。一年前のオリンピックでは取りやめとなったパブリックビューイングだったが、今はこうして盛大に催され、盛り上がっている。巨大な画面の左上に表示されているタイトルには、
「重慶基地爆撃 Live!」
とあった。日本に貸与されている米国の空母から飛び立った自衛隊のF35の編隊が軍事目標を次々と精密爆撃していく。弾薬庫に命中すると、閃光に遅れてどす黒い巨大なきのこ雲が画面一杯に立ち上って行く。
そんな時は、会場で大歓声が上がった。拍手喝采が起き、日の丸の旗が振られる。しかし、友軍のF35が撃墜される事もある。そんな時は無念の溜め息が会場を包む。画面の右上には即座に情報が表示された。
「KIA確認 松本洋子 3等空佐 23才」
SNSにはお悔やみのメッセージが溢れ、無数の香典がネット送金された。
外務大臣室で、首相と外相はテレビで報道される若者達の熱狂ぶりを見て、満足していた。しかし、ここに来るまでは、本当に計画通り事が運ぶか心配だった。もし、若者達が反対したら? もし、若者達が国策に付いて来なかったら? 左寄りの人たちが反対デモを扇動したら?
実際、一年前にオリンピックが開かれるまでは「愛国心離れ」が国民を蝕んでいた。最先端分野の技術者は高待遇を求めて日本を出て行くし、スポーツ選手も然りだ。就職はグローバス起業がもてはやされた。
しかし、それらの心配は全て杞憂だった。オリンピックを契機に全てが変わっていた。オリンピックで熱狂した若者達は、まるで同じ夢を追うかのように、オリンピック後も何かに付け日の丸を振り、
「ニッポン、ニッポン」
を連呼した。日本人のノーベル賞受賞者が出た時にも、若者は街に繰り出し、日の丸を振って受賞者を称えた。日本人がヒマラヤの未踏の岩壁を完登した時も、若者達はその偉業を称えて熱狂した。もはや、若者達と日本という国家は一体化していた。
そして、オリンピックのちょうど一年後に「決行日」を迎えた。日本は予告どおり、C国と交戦状態に入った。この時も国民は熱狂に包まれ、「頑張れ、にっぽん」の合唱が起きた。皮肉にもその熱狂振り、盛り上がり振りは、一年前のオリンピック時のそれに酷似していた。そして、若者達の愛国心と行動は、少なからずいたであろう反対派の意見を封殺した。反対などとは言えない雰囲気が国を覆った。
「総理、古い左寄りの方々はお年を召したのでしょうな。国会では野党の突き上げを相当くらいましたが、こうしていざ開戦してみると、目立った反対運動は起きていません。野党の若い連中もテレビに釘付けですよ」
「ああ、世代が交代したという事だな。以前は『日の丸』『君が代』と言っただけで拒絶反応があったが、こうして若者が日の丸を振っているのを見ると、隔世の感がある。まるで、オリンピックでも見ているようだ。若者はそんなにも愛国心があって、戦う場を求めていたのだろうか」
「オリンピックで全てが変わりました。その勢いをそのまま利用しています。総理もご存知の通り、これは元々、米国から持ちかけられた計画です」
そう、遡れば、東京オリンピックの開催が決定し、日本中が沸いていたときだった。もう、ずいぶん前の事だ。米国の日本大使が、内密に首相官邸を訪れた。
「首相、今日は折り入って話しがあり来訪しました。単刀直入に申し上げると、米国はC国との戦争を検討しています」
首相はいきなりの言葉に驚いた。オリンピック開催地が東京に決定して浮かれた気分でいたのが、すっと冷めていくのを感じた。大使は続けた。
「ただし、全面戦争は避けます。そんな事をすれば双方に何千万人もの犠牲者が出ます。ただ、そうなってしまった場合の『プランB』もちゃんと考えてはいますが。貴国と違って」
大使は、日本の政策に計画性が無い事をそれとなく指摘するのを忘れなかった。
「表向きは、C国と貴国の戦争とします。ただ、米国は全面的にバックアップします。開戦時に、その事実は世界に周知します。それまでは事は隠密に運びます。この後ろ盾の公開により、C国は貴国を攻撃するにしても、我が国の顔色を見ながらとなります。C国としても全面戦争は避けたいでしょう」
首相は黙って聞いていた。大使は続けた。
「その代わり、貴国には武器兵器の無制限貸与を行います。少なくともハードウェア的にはC国と拮抗するか、上回ります。先の大戦の様に物量で負けることはありません」
大使は、首相の顔色を窺った後、さらに詳細を続けた。日本の被害を最小化する為、対空ミサイルなどの防御兵器については全力で増産し提供する事、限定的な戦争とし早期の講和を図る事、事前の兵器提供が悟られないように、当初はNATOの対ロシア装備としてEUに持って行く事、本件は既にEUの主要国の了解を得ている事、などなど。
首相は不機嫌な表情を
《平和の祭典の開催が決まった時に、戦争の話しを持ってくるとはいったい何事か》
それを見て取った大使は、軽く咳払いをして居住まいを正し、言った。
「オリンピック開催決定でお喜びの所、戦争の話しで恐縮です。ただ、これは西側諸国全体の総意です。これをここで日本にお話しするのは、もちろん日本の地政学的な適性もありますが、まさにそのオリンピックです」
首相は大使が何を言おうとしているのか分からず、訝しげに顔を上げた。
「貴国が先の大戦で我が方に敗れて70年にもなります。その間、貴国の世論は少しずつ変化しながらも、ずっと反戦路線でした。これはすばらしいことです」
《こいつは、いったい戦争に賛成なのか反対なのか、どっちだ》
大使を上目遣いで見ながら首相はそう思った。
「しかし、この度のオリンピックは世論を変える大きなチャンスです。もちろん参加する選手やオリンピック自体には何の罪もありません。我々がそれを利用させてもらうのです」
首相は少し要領を得たという顔で大使の次の言葉を待った。
「そうです、オリンピックは平和の祭典ですが、究極まで『国家意識』を高めます。これまで『国家意識』的なものに反対してきた世代も、だんだんと高齢化し力を弱めています。そこでオリンピックで高まった『愛国心』や『国粋志向』をもって、一気に開戦に持って行くのです。世論は若者を中心に開戦を歓迎するでしょう」
首相はやっと口を開いた。
「それで、大使。一番肝心な事をまだ聞いていないと思うのだが、なぜ、ここでC国と戦争をするのかね」
大使は待っていたように、説明を始めた。
「今、ご説明しようと思っていたところです。ご存知の通り、C国はあと15年程で、軍事的に米国を越えると言われています。そうなっては西側の優位は維持できません。C国を壊滅させる事はできませんが、少なくとも『好きなようにはさせないよ』というメッセージを送る必要があります。それには国連で人権問題や環境問題をあげつらうだけでは不足です。一度拳を振り挙げて見せる必要があります」
首相は予想通りの回答に少し不満だった。大使に言った。
「それで、我が国は何を得られるのかね。我が国は相応の人的、物的損害を被ると思うが」
大使は本国から伝えられていたメッセージを告げた。
「領有権問題を解決します。それよりも、西側諸国の中で確固たる地位を築けます。また、東南アジアに於ける経済的利権も得られるでしょう。何より『戦勝内閣』として、歴史に記録される事でしょう」
首相はやっと笑みを浮かべた。
《『戦勝内閣』か。悪くないな》
大使は、本国情報局のプロファイリング解析班の仕事がヒットしたという手ごたえを感じた。
この計画のコード名は「JCW(Japan-C国 War)」とされた。JCWによる開戦は、オリンピックから一年後と定められた。議論の末、日本政府は秘密裏にJCWを承諾した。しかし、これは機密保護法により、政権内の機密事項とされ、野党や国民には知らされなかった。
こうして、オリンピックの準備と並行してJCWの準備が急ピッチで進められた。米国ではJCW向けの兵器増産が開始された。米国の軍需工場がフル稼働したときの凄まじさは、先の大戦で日本は嫌という程わかっている。主に、C国内の軍事基地を遠隔攻撃するためのミサイル群、日本の基地や艦艇を防衛するための迎撃ミサイル群だ。戦闘機や空中給油機も増産された。計画通り、これらは表向きにはEUへの提供物資とされた。もちろん、抜け目のない欧米は、事前にEU-ロシア間に不穏な空気を醸成する事を忘れなかった。
東京オリンピックが開催される頃から、莫大な量の武器、兵器の輸送が開始された。EU及び米国から日本へ、偽装したタンカーなどにより行われた。C国は物流の異状には気付いたものの、まさかこれが自国への戦争準備だとは思いもしなかった。
開戦一ヶ月前になると、米国から空母とイージス鑑、補給鑑、航空機などが一斉に日本に向け移動を開始した。表向きは演習の為としているが、さすがにこの大規模な動きをC国は不振に思い、やっと情報収集を開始した。これはJCW計画にとっては想定の範囲内だった。そもそも開戦に於いて、奇襲を行うつもりはない。できるだけC国の国民感情をさかなでしないようにする事が重要だ。これを誤ると全面戦争になりかねない。
C国は大急ぎで情報分析を始めた。そして、概ね西側が日本を使って開戦しようとしている事、米国からの武器兵器の提供が行われていることを突き止めた。しかし、それらに対する備えには時間が足りなかった。C国が本気で対戦準備を開始する頃には、日本から通告が届いた。いわゆる宣戦布告だ。
「日本は貴国と24時間後に交戦状態に入る。以下の軍事基地を攻撃するので、要員の退避を勧奨する」
それには、数十箇所に及ぶC国の主な空軍基地、海軍基地、防空ミサイル基地が記されていた。しかし、核ミサイル基地は入っていなかった。これには、C国を壊滅させる意図も、戦後の勢力図を変えようとする意図も無いというメッセージが込められていた。
C国の軍事衛星は攻撃対象になった。とりわけGNSS衛星は破壊しておかなければならない。ロシアも首を突っ込む危険は犯さないだろう。これを破壊しておけば、ミサイルや航空機などの誘導ができなくなる。これには 米国が秘密裏に開発していた、衛星攻撃用の衛星、いわゆるキラー衛星が用いられた。キラー衛星群は開戦のわずか8時間前にゆっくりと宇宙空間を移動し始めた。機銃やレーザー光線で、目標の衛星の機能を停止させる。「機銃」というと時代錯誤に聞こえるが、宇宙でこれほど有効な兵器はない。一方で、C国の地上発射型の衛星攻撃兵器を阻止するため、それらの迎撃用に予め海上にイージス鑑を配置していた。C国による衛星攻撃は阻止しなければならないが、これを許すと膨大な宇宙デブリを生成してしまうので、その意味でも完全な対策が講じられた。
実際には準備時間が余りにも短かったため、開戦までにC国が米国の衛星破壊のアクションをとる事はなかった。C国の衛星破壊ミサイル基地は真っ先に日本によるミサイル攻撃を受けて壊滅した。
首相と外相はテレビで重慶爆撃の映像を見ていた。首相が外相に戦況を尋ねた。
「はい、初期的にはC国の飽和ミサイル攻撃で日本各地の基地が大きな被害を受けましたが、我が方による軍事工廠への集中的な攻撃で、C国は早くも兵站に問題が起きているようです。こちらの攻撃に対する防御も弱ってきています」
首相は概ね想定どおりという顔つきで、落ち着いた調子で言った。
「ふむ、その点はこちらの方が優位だな。ウラル山脈の背後どころか、我が方の工場は太平洋の向こうだ」
首相は、もちろん戦争という手段を好いてはいなかった。しかし、C国ののさばりを抑制し、日本を再び国際政治の表舞台に返り咲かせ、米国に恩を売るという一石三鳥の作戦に期待していた。しかも、日欧米の全てが参画しており、先の大戦とは状況はまるで異なる。
「皮肉なものだな。平和の祭典を戦争に利用するなどとは」
それを聞いて外相は弁解するように言った。
「歴史的には、ドイツの労働者党下のオリンピックがあります。いずれにしても、直接戦争のためかどうかは別にして、多かれ少なかれ、どの開催国も国威発揚は重要な目的の一つでしょう。そうでなければ多額の税金を投入してまでオリンピックなんかやりませんよ」
「それもそうだな。ま、今回のは、西側諸国を代表しての『代理戦争』だ。どれだけの犠牲がでるか分からないが、米国が付いている。米国は直接の参戦はしないが、武器の無制限貸与を約束してくれている。イージス艦10隻と原子力空母2隻も貸与してくれたよ。訓練目的の米国人乗務員もいっしょにな。多数の爆撃機や戦闘機、空中給油機もだ。それと、米軍のキラー衛星群も一時的に我が方の指揮下に入っていた。といっても、衛星については私は『やれ』と言っただけで、我が軍は実際には何もしていないが」
「テレビの若者達を見ている限り、徴兵制は不要でしょう。若者はいくらでも志願してくれそうです。さあてと、ここから私の外務省は忙しくなる。先の大戦から学んだ事も生かさなくっちゃいけませんからね。適当な所でC国と講和条約を結ぶ準備をしないと」
「外相、それが一番重要だ。幸い、まだ都市部への無差別攻撃はお互い行っていない。軍事目標のみを攻撃している。この段階なら、先方も我々も引きやすい」
「停戦条件は米国と詰めてくれ。なにせ、彼らの後ろ盾で戦っているんだからな」
関係者は順調な戦況とは裏腹に、やはり緊張は隠せなかった。極限までその可能性を排除するように仕組まれた作戦だが、C国が暴走して核攻撃を仕掛けてくる可能性はゼロではない。日米両国を核攻撃するのならまだ先があるが、C国が米国と手打ちをして、日本だけが核攻撃されるという最悪のシナリオもまだ残っている。
《ここまで来てしまったのだから、考えてもしかたない》
首相は官邸直下30メートルにある核シェルター執務室でそう思いながら、部屋を出て行く外相を見ていた。
開戦から一週間で、C国の戦略兵器は核ミサイルを除いて、概ね破壊された。デコイを含めて、数万発にも及ぶ長距離ミサイル攻撃にさらされたのだ。空軍基地、海軍基地も壊滅的な打撃を受けた。一方、日本の軍事基地も大きな被害を受けた。しかし、これらは想定内のことであり、多くの兵器は予め移動していて無事だった。尤も多くの空軍滑走路、艦艇用の港湾は破壊された。
米国への直接の攻撃は今の所無い。C国も国際社会も、これが日本と米国の共同作戦であることは周知の事実であり、C国といえどもさすがに米国と直接事を構えるのには
日本はC国に対して、第3国を通して講和を持ちかけた。禅角諸島と南シナ海問題に関する要求のみが条件という簡易なものだった。無条件降伏などは求めておらず、戦後のC国の政権も国際秩序も現状に変更は求めないという、控えめな内容だった。日本政府は、C国はこの条件で講和に同意するものと見ていた。実質上、軍事的には日本側が圧倒的に有利になっており、C国は防戦一方になっているからだ。
しかし、C国からの回答はなかった。
「C国は何を考えているんでしょうね。基地も軍需工廠も8割がた破壊され、都市部への空襲こそ受けていませんが、先の大戦の我が国と同じくらい疲弊していると思いますがね」
外相は順調なJCW作戦の成り行きを確かめるように言った。
「ああ、その通りだ。念のため、米国がどう考えているか確認しておいてくれ」
戦況に気を良くした首相は外務大臣に指示すると、この部屋まで若者達の熱気が伝わってきそうなテレビ画面に目を落とした。画面では日の丸を手にした若者達がひしめき合い、戦いに声援を送っていた。
C国某都市。そこにはC国の党中央委員会の幹部達が集まっていた。総書記は腕を組んで黙って幹部達のやり取りを聞いていた。
「GNSSを破壊されたら戦争継続は不可能だ。今や制宙権は完全に米国のものだ。ここは一旦引き下がるしかない」
「我が国には膨大な数の民と、広大な国土がある。少しずつ内陸に引きながら、皆兵制を持って抗戦すれば必ず勝利は我が方のものだ」
「東京に核攻撃だ。一発で形勢を逆転できる。米国だって全面核戦争は望んでいないだろう。もちろん予め米国との合意はとっておく」
「聞いていると、第二次世界大戦からものの見方や考え方が全然変わっていない。呆れるよ」
こんなまとまりのない議論をじっと聞いていた総書記が口を開いた。
「日本からの停戦条件は軽微なものだ。それに、日本の『予告攻撃』のお陰で今の所人的被害は小さい。あとは国民にうまく説明ができればいい。できないとまた暴動騒ぎになり、国際社会の心象を悪くするからな」
総書記は幹部達の反応をひとしきり確認してから続けた。
「我が国は悠久の歴史を生きている。今は少し引いても、50年後、100年後に反撃できれば良いでは無いか。今はGNSSと軍備を回復し、今回を教訓としたより強固なものにする事が最優先だ。西側諸国のようにせっかちになる必要は無い。我々には時間も能力もある」
その翌日、C国は停戦に合意した。続いて講和条約が取り交わされた。国際社会が驚いたことに、C国が示した条件はG7メンバーに加わるという、その一点だけだった。これは実は西側諸国が内密に提案したものだった。これなら、C国が自国民を
講和後、C国も日本も破壊された軍備の復旧に勤しんでいた。少なくとも10年くらいはかかるだろう。C国はもっとかかるかもしれない。また、それに要する国費も膨大だ。しばらく両国共、経済は低迷するだろう。一方米国は再び繁栄の時代を迎えていた。日本に貸与した軍備は少なからず破壊されたが、これは最新兵器になって返ってくる予定だ。ちょうど良い兵装の更新ができたことになる。
日本は期待していた「一石三鳥」を概ね手に入れた。多くの国民はこれを歓迎した。増税の重圧を精神的に補償するのに十分だった。しかし、主要国を除くほとんどの中小国には日本の振る舞いは不評だった。これまで、
「平和憲法に基づいた不戦の国」
として敬意を払ってきた日本が、突然、
「拳を挙げる国」
に豹変してしまったのだ。失望は大きかった。これで日本は国際社会において、
「何でもない普通の先進国」
となった。賛否両論はあったが、ひとつだけ言えるのは、
「拳を挙げる国は拳で対抗される」
という事だろう。多くの日本国民はこの重大な大原則を、あたかも本来あるべき正しい国の姿であるかのごとく、自然に受け入れた。少しだけ残っていた外交における日本的な側面がすっかり西洋化してしまった瞬間だった。
JCW後、世界では面白い動きが見られた。再びオリンピックが脚光を浴びてきたのだ。商業主義と莫大な経費、過激なまでの国家主導的スポーツ振興が批判され、特に日本を除いた先進国ではオリンピックの人気が下がっていた。市民が主導でオリンピック誘致に反対していた。このままではオリンピック自体が消滅してしまいそうだった。
しかし、今回のJCWでそれが見直された。いや、もちろんオリンピックを踏み台にして戦争を準備した日米の密約は他国は知らない。しかし、鼻の効く外交筋は、それとなく気付いていた。世界では、多くの国が日本と同様、国民の国への帰属意識の低下、愛国心の欠如に悩んでいた。科学も経済もグローバル化し、自国の政府に対する敬意は薄れていた。特に若者達にとっては国籍すら重要ではなくなっていた。別に自分が何人であっても、国際社会の中で職を得て、財を成すのに関係ないという訳だ。適当に税金さえ払って、好きな国で暮らしていればいい。時代の流れはそんな方向性を示していた。
しかし各国政府は、日本の成功を羨ましく思っていた。あれほど「無政府的」だった若者達が国旗を打ち振り、国家を歌い、国を応援して熱狂したのだ。自分達も恩恵に預かろうと、多くの国がオリンピック誘致に乗り出した。財政的に厳しい所もあったが、若者達の心を捉えるためならいくら予算を使っても良かった。グローバル化の大きな時代の流れに逆らう武器はオリンピックくらいしか思いつかなかった。
スイスの国際オリンピック委員会は急に開催都市の申請が増えたことに驚いた。もちろん、オリンピック委員会のメンバーの誰もオリンピックとJCWを結びつけて考える者はおらず、単に世界が再びスポーツの重要性に目覚めてくれたと、
首相官邸には米国の日本大使が招かれていた。大使は言った。
「日本には大きな損害を
それを聞いた首相はにこやかに答えた。
「いやいや、何もかも米国のお陰だ。日本はこうして国際社会で確固たる地位を確保できたし、C国との領土問題や南シナ海問題も解決した。アセアン諸国からも感謝されているよ」
「首相、それはそうと、オリンピックの開催都市の申請が相次いでいるとか。貴国の成功、――これはオリンピックそのものもありますが、おそらく、その後のJCWも含めてとは思いますが――、を真似て、後に続けというようにも見えます」
「うむ、そうだな。そういえば、ちょっと変わった所ではハバナも立候補しているようだが」
ハバナという地名を聞いて、大使は鼻で笑うように言った。
「ま、あの貧乏国で開催は無理でしょうね。ただ、ちょっと気になるのは、C国とロシアが全面的に誘致に協力しているとか。何を考えているんでしょうね。ロシアはともかく、C国にとっては余り関係ない国に思えますが」
首相はちょっと考えてから、何かを思いついたように軽く目を見開いて言った。
「ちょっと気をつけた方がいいですな。15年後くらいかと思うが、貴国も十分な防衛準備を。我が国はもちろん全面的に協力します」
大使は首相が何を言っているか良く分からなかった。しかし、一国の首相が意味も無いことを言うはずもないと思い、記憶の片隅に留めておくことにした。
ニッポン チャチャチャ! MenuetSE @menuetse
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