脱学校的人間(新編集版)〈5〉

 人々の現実生活における価値基準の同一化、あるいは価値形成の制度化は、人々の個々個別で現実的な行動様式・生活様式を社会的な制度として一元化し、一般化する。言い換えるとそれは、人々の現実の生活を制度的に編成し直す形で一元化し、一般化された行動様式・生活様式として制度化していくのである。それをまさしく一元的・一般的に人々の現実の生活に適用していく社会的機能が学校なのだ、ということになる。そして、そのような制度的一元化・一般化は、学校を通して、かつ学校のみにおいてなされるのである。

 ゆえに全ての人々の、その現実生活における価値基準の同一化あるいは価値形成の制度化は、一元的かつ一般的に「学校化」の様態をもってあらわれる。

 なぜか?

 それは「全ての人間に対して一元的・一般的に適用される制度が、何よりもまず学校だから」だ。


 何よりもまず第一に「学校化」は、その名の通り「学校そのもの」として人々の現実生活に食い込んでくる(※1)。言い換えれば学校は、今現在の時点において現実の社会に生活する人々の「現実そのもの」なのである。

 たとえば、全ての「社会人」は一人残らず何らかの形で学校を経由している、また、していなければならないと一般的に考えられているはずである。ゆえに社会人として、この現実の社会において「社会的に生活している人たち」は、学校をすでに通り過ぎた今この現在の時点においてなお、学校的な現実を生きているのだと言える。

 なぜか?

 それは人々が生活しているこの現実社会が、「一人残らず学校を経由してきた人間による現実社会だから」である。ゆえに「この現実には、学校とは無関係である要素が何一つとしてない」のだ。

 たとえばあなたが締めているネクタイにも、またはあなたが履いているパンプスにも、「学校的な要素」があるのだと言える。いや、見方を換えよう。あなたがネクタイを締めたりパンプスを履いたりしていることを容易に想像できるのも、それ自体がすでに「学校的なこと」なのである。そして実際にあなたは「そのようにしている」のだ。


 結局のところ、現代の社会において学校と関わりなく過ごすことができる人は、ただの一人としていない。

 それは、その人が今現在子どもであるか否か(つまりすでに大人になったのかどうか)ということ、あるいは、その人が今現在学校に通っているのか否か、また、かつてどのくらい学校に通っていたのか(つまり「学歴がどれだけあるのか?」など)といったこととは全く関係がない。「自分はもう子どもではないから」とか、「学校なんてもうとっくに卒業してしまったから」とか、「自分には子どもがいないから」などということを理由にして、「もはや自分は学校のことなんて何の関係もないのだ」などとは、どこの誰も、いかなる人間のただ一人としても、けっして弁明することは許されていない。

 「全ての人間がそこを経由する」ということは、たとえ「全ての人間がそこを経由した後」においても、「実際にそこを経由してきた全ての人々」の中において、けっしてなかったことにはできないことなのである。ゆえに今現在、現実として生きている人間は、全て避け難く学校に関わってしまっているということになる。そして今現在「現実として生きている人間がしていることの全てが、避け難く学校的なものとなっている」のだ。

 全ての人は今この現在の時点において、学校と全く無関係でいることはけっしてできない。誰も今この現実の社会において、たとえほんの少しの間であっても学校から逃れていることなどできはしない。いついかなるときでも、人はけっして自分自身が学校と関係してしまっている事実から免れることなどできようもない。

 人は常に、絶えず学校を意識していなければ、もはや生きていること自体できない。学校が存在し、自らがそれに絶えず関わっていることを前提にして考えるのでなければ、人はこの社会の中で、何一つとして行動することなどけっしてできない。

 なぜか?

 それは、その間も学校は「常に存在するから」だ。学校は、常にわれわれの現実生活の視界の中にある。目を伏せても顔を背けても、その残像はわれわれの意識から消えることはない。仮の話だが、たとえもしこの社会から「学校がなくなった」としても、それは何一つ変わることはないのである。われわれがこの社会において現に生きている中で、そのように「なくなってしまった学校を、われわれが意識し続けている限り」は。


〈つづく〉


◎引用・参照

※1 山本哲士「学校の幻想 教育の幻想」

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