若き心のままに、行きたいところへ 行け
若き心のままに、行きたいところへ 行け。 コヘレトの言葉より。
「うぉー」
まず始めに言葉ありき。
夜陰の中、 久乗帯刀の絶叫から始まった。
東の空には叡山より壮大にして荘厳な星座・夏の大三角形がゆっくりと昇りつつある。
「うぉー」
絶叫。
ウォー・クライ。
国道367号線を背負い高野川東岸に陣取る北山高校の面々も続けて声を出す。
「やうやう、ぅわれこそなるは久乗帯刀なり、近きものは目を見張れ、遠きものは音に聞け、、」
と久乗帯刀がそっくり返って大音声を上げているうちに対岸の西岸では、元旧制一中、名門洛北ラグビー部員全員によるハカが始まった。
「カ・マテ、カ・マテ、、、(死だ、死だ)」
高野川の川幅は25メートルほど、残念ながら北山高校の陣営にはラグビーに深く通じているものがいない。
洛北高校ラグビー部の面々は舌を出し狂ったように踊る。
ハカを最後まで聞いてやるのが戦士としての礼儀だが、久乗は命じる。
「Hold the Line(隊列を整えよ)」
「Aim(狙え)Steady、Steady(正確に正確に)」
対岸のラグビー部員が両足で大きく飛び跳ねた。
ハカが終わったのである。
刹那、久乗が命令した。
「撃てぇぇぇぇ」
横一列に広がった第7連隊は各々が手に持ったチャッカマンや使い捨てライターで空のペットボトルに挿したロケット花火に火をつけた。
「キユィーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
耳をつんざく音を立てながらロケット花火は対岸に向かって横一列に何十本も放たれていく。
河合塾のC判定の人間が地球の自転まで考慮にいれて計算し照準をあわせたのである当たらないわけがない。
庭山風太がすごいのではなく河合塾の判定がすごいのである。
これは後々浪人して模試を受ければ受けるほど進学するものは身にしみることになる。
「うわー」
「わー
「なんじゃあ!」
洛北高校のラグビー部の面々が逃げ惑う。
対岸では破裂するロケット花火がパンパン音を立て爆発している。
「第2射用意、ヨーソロー」
第7連隊の装填手がどんどんペットボトルにロケット花火を挿していく。
物量が戦いを決定づけるのは第二次世界大戦が既に歴史的に証明している。
「着火ーっ」
第2射が板野一郎作画の納豆ミサイルなみに煙を上げて西岸に打ち込まれていく。
母親のオペラグラスで弾着の様子を観測していた弓削から連隊本管に報告が入る
「我、弾着修正の
ラグビー部の陣取る陣地を縦に10、横に10、と100にグリッドわけした模擬地図を庭山が取り出す。
「修正、右に1、前に2。繰り返す右に1前に2。修正」
「了解」
と庭山。
「川面をまっすぐ走る北風と偏西風による西風の影響を受けています」
庭山は地球物理まではまだ学習していないはずだが正確に答えた。
「流されとるんだな、了解」
久乗が眉を引き締め命令を下す。
「命令!。庭山参謀の修正を待ち第三射とする」
しかしそんな間はなかった。ラグビー部も撃たれ続けているだけではない。
東岸の北山高校に比べると三々五々ではあるがランダムに打ち返してきた。
「キユィーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「キユィーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
統制の取れていないロケット花火がバラバラに様々な確度で迫ってくる。
「Take Cover」
「退避」
「伏せろ」
板野サーカスと呼ばれる作画の神様、板野一郎自身が語っているが実はロケット花火は射つ側より撃たれる側の方がはるかに楽しい。
北山高校の面々はうわーとかあーとか悲鳴をあげ逃げ惑い出した。
C判定はロケット花火の弾着のさなか、ペットボトルの確度を次々と直していく。
庭山こそが勲章クラスの英雄である。
久乗は自分の陣営がいつもよりざわついていることに気づいた。
彼の部下とてこのロケット花火の戦いの歴戦の猛者である。
「どうした!?」
久乗は辺りを見回して驚いた。
陣地の至るところが燃えていた。小さな炎だが高野川河川敷の下生えの雑草に火をつけている。
「火事やー」
「燃えとるどお」
「まず、残弾のロケット花火を火元から離せ」
「消火」
「消せ」
花火に消火用水の準備は必須である。120Lのゴミ・ペールに高野川の水を満載して陣地脇に設置してある。
連隊の隊員が手やペットボトルで消して回る。
そこに頬を真っ黒にした茅野が駆け込む。
「久乗、灯油や、連中、ロケット花火の先端に灯油を浸けて射ってきとるんや」
「なにーっ」
そこへ、黒い小さな固まりが駆け込んできた。さすが元バスケ部
「うちがこれ射っとる間に消火しよしー」
設置式の30連発の花火を二本両手に持った馬込千佳が走ってきた。
「チカ、マジか」
どうっとそれを訊いた
馬込千佳の国府匠の胸への正拳突きである。
人生に疑問形の文章は必要ない。
やるかやらないかだけである。
馬込千佳は、もう最前線へ駆けていた。
両手には肘まである大型の防火手袋をして、本来設置式の連射花火を両脇に二本づつもって着火してもらい放ちまくる。
くどく書くが手持ち用の花火ではない。設置式の連射花火である。
人間その気になったら出来ないことはなにもない。
理学部のC判定だって取れるし、サインを無視して打ってみたら併殺になることもある。
本に熱中していたら英作文とベンゼン環の授業を丸々出なかったことにもなる。
若さの特権だとも高野川を犬と散策中の中年は言うかもしれないが。
「ちっこい変な女が燃えながら、めちゃめちゃ射ってくるどぉ」
西岸の洛北高校の陣地からですら声が上がる。
現在、馬込千佳は、ほぼターミネターである。
「命令!。連隊の1/3と予備の一個中隊を編入し消火にあたれ。あの桜を燃すのは誠に惜しい」
「はっ」
胸を抑えながら国府が駆けていく。
高野川河川敷の土手は桜の名所でもある。春の満開の時期は国道367号線が大渋滞となる。
北山高校への攻撃がまもなく音もなく回転しながら飛んでくる花火に切り替わった。
「うん?」
「敵さん、どうやら弾が少ないんとちゃうか」
ラグビー部の連中は子ども用の手持ち花火を着火してから投げ出した。
ただし高野川は川幅が20メートル近くある。
届くものは稀である。
「潮目が変わったぞ」
とりわけ連隊規模の司令官は。
「庭ちゃん!」
久乗が叫んだ。
庭山がやってきた。
「照準の修正は終わってます」
「もう曲射射撃では駄目なんとちゃうか」
理学部のC判定は静かに頷いた。
さすが河合塾のC判定である。春季大会24打数18安打2本塁打より理解力が高い。
「あれをやるんですか」
「そやな」
代名詞が多い会話は概ねヤバいことを話していることが多い。
「水面跳弾直接照準だ」
破裂式のロケット花火を高野川の水面に浅い確度で向かって打ち、水切りの石投げの要領で敵に当てるのである。
信管は遅発でセット。
弾頭、榴弾は空中で炸裂することになる。
「了解」
庭山は深く頷くと
戦場の情勢はさらに変わっていた。
手持ち花火を投げてもらちがあかないことに気づいたラグビー部の一同は高野川をばしゃばしゃと渡河しだしていた。
「いくどぉ」
試合中と同じくプロップが先頭だった。高野川は水深15センチから20センチ程度である。
くるぶしがつかるかどうかぐらいだ。
最初はフッカーやプロップが先頭だったが走力はバックスのほうがあった。高野川でも河川管理課がサボっていたのでいたるところに
最初に倒れたのは、先頭を切ってバシャバシャ走っていた14番のウィングだった。
「どう」
という誰もきいたことのない悲鳴を上げて倒れた。
続いて、幾度もゲインラインを突破されつつもチームの危機を救ってきたTACKLEの名手15番の大型のフルバックが倒れた。
アッパーカットを貰ったヘビー級のボクサーの様にしてラグビー部員たちは倒れていった。
「下からくるぞ」
そういった11番の逆サイドのウィングが言った途端持ち上げられるようにしてから倒れた。
フォワードの面々はバックスが倒されていくのを見るだけだった。バックスが倒されたら早く駆け寄ってポイントを作らないとボールを奪われてしまう。
そう、ロックが勢いをつけて走ったときだった。
ロックの顎にロケット花火の先端が音速より速い速度で衝突した。
ロックは、飛来音を衝撃のあと聞くことになる。
東部戦線で言われたラッチュ・バムである。
「勝ったな」
久乗は目の前で繰り広げられる惨劇を見ながら小さな声で言った。
オーバーロード作戦で持ち込まれた大量のロケット花火は戦闘そのものを潤滑に進めた。
戦争はロジスティックスがすべてである。
誰も空腹や弾がなければ戦えない。
そして科学技術が物の
戦争はすべて物理世界で行われていた。ここは物理学がいうところの
高野川東岸の火事はほぼ鎮火していた。
そのときだった。空の陣になった高野川西岸から声がかかった。
「ちょっと君たち、高校生か?」
下鴨警察署の警察官である。
「撤収、撤退。総員退艦」
久乗が叫んだ。
これだけ派手にロケット花火の打ち合いを騒ぎながらやれば近隣の住民から通報されて当たり前である。
高野川の西側は大きな浄水場があるがその南は高級住宅街である。
ここの住民の子供たちが旧制一中の洛北高校にまた女子校のトップだった京都府女学校、現在の鴨沂高校に進学する葵学区と呼ばれる人々なのである。
治安や秩序に対する意識は高野川東岸と叡山電鉄に囲まれた地域の住民と比べ物にならないほど高かった。
また、それが北山高校の面々には幸いもした。
警察官は本来下鴨警察署から近い方の東岸でなく通報者のからの情報に基づき西岸に行ってしまったのである。
「うちがこれぶっ放しとる間に逃げよし!」
馬込千佳が庭山風太が雨樋で製作した自家製カール・グスタフを肩に担いでやってきた。
「はよ、装填しよしーっ」
と馬込千佳が言った瞬間。
「アホ。警官殺す気か」
身の丈六尺二寸の偉丈夫は小さな黒いサングラスの女子高生から自家製無反動砲を取り上げると馬込千佳を担ぎ上げるようにしてママチャリまで運んだ。
警察官が高野橋まで回って東岸に来たときには、なにもかもが跡形もなく消えていた。
撤退も速度が命なのである。
***************************
あとがきと注意事項。
現在これら上記された高野川、賀茂川、賀茂川での花火、とりわけロケット花火の打ち合いは京都府の鴨川条例によって固く禁止されています。
職員の指示に従わない場合は5万円以下の罰金が課せられます。
ロケット・プロペラード・グレネード 美作為朝 @qww
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます