ロケット・プロペラード・グレネード

美作為朝

若人よ、若き日を楽しめ


 若人よ、若き日を楽しめ コヘレトの言葉より。



 西の空を真っ赤に染める戦いの狼煙が上がっていた。

 夕陽は愛宕山あたごやまに今まさに沈もうとしていた。

 いにしえの都の北を流れる高野川の川面をゆったり走る西風は生ぬるく、また晩夏の熱気が残り戦士を冷やすには不十分だった。


 身の丈六尺二寸の偉丈夫が高野川東岸に立つ。

 この高野川は出町柳で賀茂川と合流し、かの有名な鴨川となりそして淀川に注ぎ込むことになる。

 男の名は久乗帯刀くのりたてわき

 二年生にして府立北山高校の4番を任され、春季大会、通算24打数18安打2本塁打。チャンスでのバントのサインを無視、強行しゲッツー。そのせいで3年生先輩と顧問の先生と揉め退部。揉めた内容は16の順列組みあわせで噂されることになる。

 だが、本人の弁明は至って簡潔である。

 曰く。


『野球における上下関係にはマジで懲りた』


 甲子園には未練がないらしい。まぁ甲子園が望めるような高校ではないが。 

 

「うぉーキタキタキタ」


 高野川東岸中央で陣取る第7連隊長こと久乗帯刀くのりたてわき大佐が韜晦とうかいしながら小声で言った。


「洛北高校の連中もようけ集まっとんのぉ」


 これまた大男の弓削魁ゆげさきがけが母の加代子が四条の南座で使うオペラ・グラスを勝手に持参しに覗きこみながら言う。 

 

「学区制で入試しとるのになにが、旧制京都一中じゃあ」

「せぇやけど今日の相手はラグビー部の連中らしいどぉ」  


 と、この中で唯一特別進学クラスでしかも理系の庭山風太にわやまふうたがひ弱な声で言った。

 庭山風太は河合塾の模試で京都大学理学部C判定である。

 高野川東岸に陣をはるのは府立北山高校の面々である。

 旧制一中を自称する洛北高校と違い、北山高校は京都市北部における宅地化によって新設された創立たった14年目の学校である。

 彼らが相対する高野川西岸には黒々といかつそうな高校生が集まっていた。


「傾注!。偵察衛星からの画像データに基づくG2情報参謀からの情報によると敵はラグビー部ということでその情報の確度は非常に高い。全員近接戦闘には大いに注意警戒せよ」

「コピー」

「ラジャー」

「了解や久乗」

「おう」


 高野川東岸の隊列からは次々と意気の上がる声がする。

 その時、高野川の河川敷に国道367号線からものすごい勢いで駆け下りてくるママチャリがあった。

 ホームセンターで買える激安ママチャリの後輪を思いっきりスライドさせて停車。ママチャリを倒したままやって来る。

 ママチャリを倒したまま降りたのは夕闇が迫りつつあるのに何故かサングラスをした女子高生である。


「チカ、なんや来たんか、遅かったやんけ」


 馬込千佳うまごめちかは答えない。


「なんでサングラスなんかしてんの?」

「兄貴におもくそどつかれた」


 と馬込千佳。


「チカちゃんの可愛いお目々が台無しやん」


 と弓削魁が言った途端、馬込千佳の正拳突きが弓削の右胸に炸裂した。


「褒めてんのに」


 と弱々しい弓削魁の声。


「<おしゃれ>しとるんかと思った」


 と、茅野隆太郎ちのりゅうたろうが言った途端、馬込千佳の更なる正拳突きが今度は茅野の左胸に炸裂した。

 茅野はぐぅと小さな悲鳴を上げて蹲る。

 馬込千佳の通ったあとには男が次々倒れていく。

 高野川東岸と叡山電鉄の線路に挟まれた地帯は京都市内によくある貧困地帯である。基本怒号とこぶしで交渉が成立し問題が時間によってだけ無し崩し的に解決する。 根源的にして根本的な理由は住民なら誰もが知っているので誰も言わない。

 京都がみやびな街というのは完全なVRか幻想である。

 歴史ドラマで恐れおののく公家の姿を今の京都市民に見ることは永遠にない。

 恐れおののくのは、京都に旅で訪れる人間でなく、京都に新しく住むことになった人間たちだけである。

 馬込千佳は丸まった茅野の姿に意も返さず、隊列の後ろにシートの上に尋常でない量で広げてあるロケット花火を取りに行く。


「第7普通科連隊を預かる者の義務として訊きたい、その大きな筒は一体なにか?」


 久乗帯刀くのりたてわきが庭山に尋ねた。


「自家製カール・グスタフであります」


 と庭山が敬礼して答える。


「口径は86ミリぐらいあるんとちゃう?」

「正確には84ミリ」


 少し誇らしげな庭山風太。


「せやけど強度大丈夫?」

「持ち運びと戦闘中の機動性、また経済性まで考慮してホームセンターの雨樋あまどいで作ってあるから」

雨樋あまどいってプラスチックやん」

「ちゃんとカウンター・ウェイトを後ろから落としてニュートン力学上は大丈夫になってるから」


 このメンツで理科で物理を選択したのは庭山だけである。受験で楽しようとした文系一族は、見た目のみ安全性をで判断するしかない。ニュートンより1000年前のユークリッド幾何学どろか勘だのみの獣レベルである。


「誰が撃つねん?」


 と茅野。

 全員お互い顔を見あわすが返事はない。

 

「まぁ戦況次第だね」

「うちが撃ってもええで」


 と馬込千佳が名乗りをあげた。


「おお、チカが撃てよ」

 

 と弓削が言った途端、またもや馬込千佳の正拳突きが弓削の左胸に炸裂する。


「こっち側は心臓やど、、。Bカップになってもうたわ」


 弓削の声は小さい。

 若干の性的な表現が入っていたことを馬込千佳は侮辱と取ったらしい。

 片膝ついている弓削の胸にもう一発アッパーが炸裂した。


「チカ、そのへんにしとけ。負けるやつは自分との戦いの既に負けているやつやって塩野七生さんが「ローマ人の物語」で書いたはった」


 最終的には久乗帯刀が諌めた。


「それ読んだ」


 と庭山風太。


「名作やな。有機のベンゼン環の授業丸々サボって図書館で読んだわ。あと英作の2Cも」

「イカンガー先生と思いっきり揉めたしやろ」


 この問いかけに対する久乗の返事はない。決意は行動よりも硬い。そして後悔は無駄なだけである。

 そうこうしているうちに夕陽は北摂地方の山々に隠れ日がとっぷり暮れた。


 高校生の楽しい時間はあっという間に終わる。

 青春の残酷さと若さの特権とともに。

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