急ぎすぎ×甘え
「反対です! いやです! ダメです!」
初は俺が木田と共に迷宮に行くという話を聞き、最後まで説明を聞き切ることもなく幼子のようにベッドの上で手足をバタバタと動かす。
「いや……でも生活費はいるだろ? これなら二ヶ月分の生活費にはなるし、それに先達がいる中で迷宮に潜るいい機会だ」
「生活費は叔父さんたちが出してくれてますし、父の遺産もあります。火災保険金も入ります」
「いや……二人なら生活出来ても、今は五人もいるから、生活費が2.5倍だぞ。毎月目減りしていくことになるし、収入源は必要だ」
「……五人でお財布を一緒にするつもりなんですか?」
初はベッドの上でぺたんと座りながらトストスと自分の横を叩いて俺に隣に来るように促す。
「まぁ……当分はそうなると思っている。というのも、ここにいる全員がかなりストレスのかかる状況だろ。環境が大きく変わるだけでも人間の心身に負担がかかるのに、現状何もかも足りてない。加えて、下手に出歩くのも危険ときたら……。ストレスの発散先としては食事やら遊びやら、生活を快適にしたり、趣味のことをしたり。いずれにせよ金がいる」
「……まぁ、そうかもです」
「俺達と新子はまぁどうにでもなるけど、ツツは実家に頼りにくいだろうし、星野は多分言動的に実家に頼るのは無理だろう。そうなると収入が入るまで俺達が負担することになるし、収入が入るようになってからも探索者の道具が色々入り用だ。五等分してから各々必要な分を買うのは担当してる内容で金銭負担が違うだろ」
初がコクリと頷いたのを見ながら隣に座ると手を握られて、涙目でじっと見つめられる。
「それにある程度収入が安定してきても、ここの生活なら車とか必要だから誰かしら免許を取る必要もあるだろうし、車もいる。それも個人負担はおかしい」
「それで……生活費をひとまとめにするってことですか?」
「現状そうする他ない。一緒に住む仲なわけだし、まぁ家族みたいなものと思ってほしい」
「兄さんがそういうなら、そうでいいですけど」
「まぁ収入がある程度入ったらお小遣いとしてみんな勝手に使える金を配ってもいいけど、今は共有だな」
初はコクリと頷き、それから首を横に振る。
「それはいいです。でも、兄さんが一週間も離れるのは嫌です」
「いや、だから金の問題が……」
「お金よりも、兄さんと離れることが嫌です。耐えられないです。……一週間も出て行って、兄さんの気持ちが離れたりしたら……」
不安そうに語気を弱める初の頭を撫でると、初は俺の方へと身を寄せる。
「大丈夫。そんなこと決してあり得ない」
「……分かんないです。兄さん、私にも一目惚れと言ってましたし、可愛い女の子に目移りするかもです」
「しないって、どうしたら信じてくれる?」
俺の言葉を聞いた初は少し迷った様子を見せて、何かを思いついたかのようにスマホを取り出す。
なんだ? ツーショットとかか? などと考えていると、初は電話帳を開いて俺たちの叔父の名前をタップする。
「私たちの婚約のことを叔父に説明してください」
「……えっ」
「お互いの親族に挨拶というやつです」
「……いや、その……問題は、ないけどな。その……ちょっと急ぎすぎじゃないか?」
俺の人生の予定は……いつか初にフラれて、初にしてやれることがなくなったら初の目に入らないところで自分で始末を付けるというものだ。
ごっこ遊びになら付き合うのもやぶさかではない。……本当に一緒になれたらどれほど幸福かとも思う。
だが……初の心に、あまり深く根付くべきではないだろう。
「……勘弁してくれ。流石に……「この短期間で妹に手を出しました」なんて言い訳が立たない」
「むぅ……でも、そんなのいつでも……」
「初が成人したあと、18歳になってからなら反対されても押し切れるだろ。それまでには生活の基盤も整えておくからさ」
初は不満そうに「あと5年……4年と半年も」と口にするが、けれども元々利発なためか渋々といった感じで頷く。
初の頭を撫でると初は少し寂しそうに俺を見つめる。
……俺は何をしているんだろうか。好きだと言って擦り寄って、初が好いてくれたら逃げて、きっと初が俺から離れようとしたらまた追ってしまうのだろう。
みっともない。
◇◆◇◆◇◆◇
「それで……誤魔化した。と」
「まぁ、そういうことです」
木田の車のある場所に新子と二人で向かう途中、軽く相談すると新子は笑うこともなく頷いてくれる。
「まず私は恋愛経験が……あれだけど。こんな見た目だしね。でも、初ちゃんが好きと言うなら好きなんだと思うし、親戚や他の人に吹聴するかは別としてもイチャイチャするのはいいんじゃないの? 交際した、別れた、なんて今時誰でもしてることだしさ、心に残りたくないなんて言わずにイチャついたら?」
「……傷つくでしょう。自分がフッたら元恋人が首を括るみたいなことになったら」
「しなかったらいいでしょ。自殺は良くないよ?」
「……新子さんが言えることじゃないでしょ。自殺は」
「まぁそうだけどね。フラれたら私が一緒にいて慰めてあげるから」
自分と別れたあと、その元恋人の兄が姉のように慕っている人と交際を開始するのはそれはそれでショックが大きそうな気がするが……。
「……新子も、あんまり俺に深入りしない方がいいぞ。……いや、なんか自殺を仄めかしてこれを言うのすげえイタイ奴っぽいな」
「ヨクくんが本当にそのつもりなのも、多分何もなければそうなるのも分かってるよ。……だから、それは嫌だなって思ってる」
「……まぁ」
新子はヨシヨシと俺を撫でる。
「もっと気楽でいいと思うよ。初ちゃんのことが大好きなのは見てて分かるけど、好きだからって全部を捧げなければいけないわけでも、絶対に傷つけてはいけないわけでもないよ。普通のカップルがヨクくんみたいに思ってるわけじゃないのは分かるでしょ」
「……弱ってるところにつけ込んだっていう負い目があるんです」
「それはさ、支えたかったからじゃなくて?」
「……言い訳にもならないだろ」
俺が言い終わり、新子から目を背けるように前を向くと丁度木田の車が見えた。
「あっ、木田くんだ。多分、なかなかアジトに入る時間は取れないと思うけど、電話はしてね。待ってる」
「……まぁ、初が寂しがらないようにはします」
俺がそう言うと、新子は悪戯な笑みを浮かべて俺の頬を指でつっつく。
「そうじゃなくて、私もヨクくんがいないと寂しいから」
不意を突かれて返事が上手く出来ず、再び目を逸らして車から出てくる木田を見る。
「……あー、その、新子さん」
「ん?」
「あんまり甘やかさないでください。なんか、甘えそうになるので」
「別に甘えてもいいよ。私も甘やかされてるしさ」
だからそういうのをやめてほしいんだが……と考えている間に木田と合流し、木田と新子が少し話したあと、俺だけ木田の車に乗って出発した。
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