引っ越し先×お花見
今は平日の昼間なので兵頭先生は学校だろう。
ミナは学年も低いので先に帰ったのだろうが、おそらく中学生や高校生はまだ授業中だと思われる。
アパートの件で世話になったし、近所の人ということもあるので先に挨拶しておきたかったが授業中に押しかけるというのもな。
引っ越してきたばかりの俺はともかく、初はみんなから心配されているだろうしな。……というか、俺、引っ越してから一回しか通ってない。
顔と名前を覚えられてるのミナと兵頭先生ぐらいかもしれないな。
アパートに案内され、大家からもらった鍵を使って扉を開ける。
まだ帰る様子のないミナとウドも共に入り、ミナは少し控えめに「おじゃまします」と口にして部屋に上がる。
当然ながら何もない部屋であり、日が届かないせいかそれとも殺風景なせいか、ほんの少しの肌寒さを感じた。
引っ越す前の俺の部屋にちょっと似てるな、などと思いながら部屋に上がり、初が手荷物を端の方に置いたのを横目に見ているとウドが軽く部屋を見回してから俺に目を向ける。
「軽トラとかレンタルして荷物とか運ぼうか?」
「いや、俺達にはあれがあるから平気だ」
「アレ? ……ああ、アレね」
ウドはよっこいしょと腰を下ろしてから俺の方へと笑いかけた。
「……何にせよ、元気そうで安心した。……これから、どうするんだ?」
「……あー、まぁ、そうだな。実はその父の知り合いに加えてあとふたり協力者が来ることになってな」
「へー、いくつ?」
「俺と同い年だ。いや、学年が一緒なだけだから多分まだ17歳か」
「それはまた若いな。……住む場所はあるのか? あと、信頼出来るのか?」
初はウドと話している俺の方をチラリと見てから、不思議そうな表情を浮かべているミナの目を逸らそうとミナに話しかける。
「住む場所に関してはまたこのアパートの大家さんに頼むか、新しく探すかってところだけど、しばらくはアレの中かもな」
「……アレがあるなら無理してここに住む必要はないんじゃないか?」
「いや、そのふたりも訳ありでな。避難の意味も兼ねての引っ越しなんだ。……信頼は、したいと思っている」
「……そか。結局、どうするんだ」
「初の親父の研究を継ぎながら、当面は身を守ったり生活費を稼いだりって感じだな」
ウドは軽く頷いてから自分の膝を指先でトントンと叩き、それからゆっくりと口を開く。
「俺も混ぜろよ」
「……えっ、いや……それはどうなんだ?」
「俺は無職だから俺の事情とかは気にしなくていい。それより、訳ありを抱え込んだってことは色々面倒も増えるだろ。ミナの恩もある、手伝わせろよ」
「……その恩はこの前のことで返してもらっただろ」
「ミナの命がそんなに安いわけないだろ。それに西郷のことは気に入ってるしな」
急にそんな提案をされても……巻き込んでいいのか迷ってしまう。
この前危険な目に遭ったばかり、火事の跡を知っているはずなのに……ウドはよくこんな提案を出来るな。
「……危ないぞ」
「危ないから言ってるんだろ?」
ウドは心底不思議そうに俺へと尋ね返す。初に意見を求めようと目を向けると、初も俺を見て俺の決定を待っていた。
……信頼は出来る。出自もハッキリしていて変なやつとの関わりがないことも知っていて、人柄も変なやつではあるがいいやつなのは分かっている。
だからこそ……巻き込んではいけないのではないかという感覚が強くなる。
「……もしものことがあればミナが泣くぞ」
「それはお前のときもだよ」
いや、兄と会ったばかりの俺とでは全然違うだろ。
「……とりあえず、その三人に会って見て決めるのはどうだ?」
「あー、まぁそうだな。ミナと仲良く出来ると思うか?」
本当に妹のことばかりだな……この弩級のシスコンは……。
「新子さん……父の知り合いとは仲良く出来ると思う。優しくて面倒見のいい人だし、話しやすいからな」
「あとの二人は?」
「あー、子供の相手が得意かどうかは不明だな」
「転校はしてくるのか?」
「それも未定。色々と未定と不明なのが多い状況で決まってるのは身の危険があるってだけの泥舟だ」
ウドは頷いてから俺の頭をポンと叩く。
「泥舟ってなら、尚更だろ。任せとけよ、妹達を守るのが俺の使命だ」
俺の妹設定生きてたんだ……。とは言っても、普通に親御さんとか心配するだろうしな……いや、でも変に断る方が妙なことになりかねないか?
ウドに目を向けて口を開く。
「多分、大して金にはならないぞ」
「元々ニートだ」
「迷宮に潜ることになるとか……まぁ、その……わりと……断りたいんだけど」
俺の言葉を聞いたウドは首を横に振ってニヤリと口角を上げる。
「やなこった。これからどうするんだ? 全く何もないってことはないだろ」
「……押しが強いな。しばらくはアパートでの生活を整えながら訓練でもしようかと」
「つまり暇ってことだな?」
「予定はないけど暇ではないぞ」
「んじゃ、行くか」
行くってどこに? と思っていると、ミナがぴょんと跳ねて俺に抱きつく。
「ヨクさんも行くんですか? おはなみ!」
……花見? …………わりと行きたくないな。
◇◆◇◆◇◆◇
人からの誘いというものを断るのにもコミュ力が必要である。
特に小さな子供からの誘いは断りにくく……翌日、学校も休みということで、親から車を借りたウドが運転をして花見に行くこととなった。
「はあ……行きたくねえ」
と、俺がため息を吐くと、俺の隣でウドの車を待っている新子がクスリと笑う。
「行ったら楽しいと思うよ。それにしても、優しい子なんだね、狩屋くんって子は」
「……まぁ、そうなんだけど……お人好しだから逆に気を使うというか。……普通に桜がそんなに好きじゃないから億劫だな」
「バーベキューとして楽しんだらいいんじゃない?」
「……バーベキューも楽しくないですし」
やったことはないが、外で焼くだけで楽しめるほど子供ではない。食事会は食い方が汚いのを見られるのも嫌だし……。
「まぁまぁ、でもオッケーしたんでしょ?」
「ウドには世話になりましたし、ミナの頼みも断りにくいしで……。まぁ、ツツと星野のふたりが来ないので人数が少ない分まだマシですが」
あの二人はアジトにある迷宮の資料を調べたいとか、一応現在潜伏しているのに秘密を守れるか不安な子供のミナの前には行きたくないとの理由だが……おそらくは単にここ数日バタバタしていたので休みたいだけだ。
「こら、あんまりそういうこと言わないの、私は誤解しないけど、人によっては意地悪言ってるって誤解されるよ?」
「はいはい、気をつけますよ。……新子さんは不死ですし人生経験豊富ですよね、花見したことあります?」
「そりゃあるよ。不死に限らずしたことない人の方が少ないと思うよ」
そんなものだろうか、と思っていると異様に車高の低いワゴンカーがやってくる。……ウドの親父さん、センスないな……。
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