望郷×兄妹

 どこがおかしいんだ? 発表したメディアか、警察か、探索者の組合か……それとも本当に未成年だからという理由で気を遣われているだけかもしれない。


 ツツと新子と相談するべきか、いや、先に顔などを確認するのがいいか。スマホを操作して顔が見れそうな写真や動画を探すも見つからない。

 世間的に小さなニュースだからだろうか。それとも加害者のプライバシーの保護のためとか……。


 思考を巡らせながらスマホでグループチャットにニュースのURLを貼り付ける。

 それから新子に筆記用具とノート、それに中学二年生用の参考書を幾つか買っておいてくれるように頼んでおく。

 俺がメッセージを送ったことで初はスマホに目を向け、それを読んで苦い表情を浮かべる。

 そんなに勉強嫌か……。


「それにしても、よっくん、妹さんと仲良くしているようで安心しましたよ」

「まぁ……ありがとうございます」


 俺と山本さんが話していると、初は照れたように頬を抑える。


「そ、そんな……仲睦まじいなんて……。分かってしまうんですね」

「睦まじいとは言ってないな。……ああ、そろそろ着くか」


 心配してくれたお礼なども含めて山本さんともう少し話しておきたかったが、これからも度々世話になりそうなので別に急ぐ必要もないか。


 そんなことを思っていると山本さんがタクシーの扉を開けて俺の方を見て小さく口角を上げて笑みを作る。


「よっくんからしても、東京のこの風景は寂しげですか?」

「……まぁ、望郷とかはないですけどね。ただ、かつてあったものが朽ちているのを見ると、どうしても。道の端を見ると結構当時の生活感みたいなものを感じて生々しいものがあります。……まぁ、昔、東京に住んでた山本さんほどそういうものは感じないでしょうけど」


 俺がそう言いながら降り、初が降りてくるのを手で支えていると山本さんもタクシーから降りて体を軽く動かす。


「……まぁ……そうですね。望郷というには東京に住んでた時間は短いんですけどね。大学生の頃ぐらいのものなので」


 山本さんはほんの少しもの寂しげに廃ビルに目を向ける。


「アスファルトの地面も、コンクリートの壁も、少し汚れた空気も……人によっては大切なふるさとですよね。私に取っての望郷は、いつもここにあるんですよ」

「……大切なものを失くしたんですか?」

「どうでしょうか。まぁ、でも、離れがたくてこうやって近場で働いていますよ」


 どうにも寂しそうな言葉だ。ゆっくりと頷くと山本さんは軽く笑ってから話を続ける。


「……かつて住んでいたあの街に思いを残しているんです。よっくんはこんな大人になってはいけませんよ」

「……立派だと思いますけど。世辞でもなんでもなく」

「はは……そう言われると心苦しいですね」

「心苦しい?」


 謙遜するのに使うにしては妙な言葉。少しだけ不思議に思っていると、山本さんはタクシーに乗って帰っていった。

 ……人には色々とあるものだな。


「……家に行くか。初、アパートの場所分かるか?」

「あ、いえ……分からないです」

「じゃあ、地図を見ながら行くか」


 俺がそう口にしたときパタパタパタと背後から足音が聞こえ、振り返ると小さな人影……ミナが俺の方へと飛び込んでいた。


「ヨクさんっー!」

「っと、危ないぞ、飛びついたりしたら」


 ミナの小さな身体を受け止め、可愛らしい満面の笑みを見ると、先程までのもの寂しい空気は一瞬で吹き飛んでしまう。


「えへへ、お久しぶりだ」

「いや、そんなに時間経ってないだろ。……というかひとりは危ないぞ。この前も迷宮に迷い込んだし、最近は誘拐とかが物騒だ」

「お兄ちゃんもいるから平気だよ」


 ウドも? と思っていると、ミナに遅れてウドもやってきた。


「おー、本当に西郷がいた。すごいな」

「えへへ、車の音が聞こえたから。おかえりなさいヨクさん」


 ミナは嬉しそうに俺の腹に顔を埋め、俺はポンポンとミナの頭を撫でてウドの方に目を向ける。


「この前は世話になったな」

「いや……あんまり力になれなくて悪い。あと、戻ってきてくれてよかった。このまま帰ってこないかもと思っていたから。……挨拶だけしにきたとかじゃないよな」


 ああ……家がなくなったからそのまま別のところに引っ越すかと思ったのか。ミナがヤケに力強く俺を握っているのはその不安を隠すためでもあるのだろう。


「あー、いや、兵頭先生に紹介してもらって、先生の住んでるアパートの一室を借りれることになった」

「へー、じゃあさ、ヨクさんのお家に遊びに行っていいですか?」

「いや……まだ何もないしな」


 俺がそう言うと、ウドがミナの脇を持ってヒョイっと俺から引き離す。


「ミナ、引っ越しするのに色々忙しいだろうからワガママ言うな」

「むー、分かってるもん。お手伝いしようと思っただけだもん」

「はいはい。……西郷、今日の飯は用意してるか? よかったら食っていくか?」

「あー、いや、実は親戚も住むことになって……」

「また増えるのか」


 そういや、俺も初の親戚ということで来たんだったな。……まぁ、ウドには隠す必要もないか。

 ミナには聞こえないようにウドに顔を近づけて小声で話す。


「実のところ、父の知り合いの優秀な探索者がくる。容姿はミナと変わらない年齢のように見えるが、実年齢は俺よりも遥かに上だ」

「……前のことがあったもんな。どんな人なんだ? 信用出来るのか?」


 ウドは心配そうな視線を俺へと向け、それから初の方にも目を向ける。


「ああ、信用出来る。…………普通に会うことにはなると思うけど変な目で見るなよ?」

「なんだよ、その釘の刺し方……」

「いや、小さいからタイプかもしれないと思って……」

「謎の誤解されてる……」


 いや、でもミナにデレデレしているし……。


「俺の好みは、こう、むちむちとした……分かるだろ?」

「……いや、細くてすらっとしてる方が」


 と俺が言うと初がジトリとした目で見ていることに気がつき、目を逸らす。


「まぁ、俺は好きになった奴が好きだな」

「うわ、一人だけ逃げやがったな。……アパートまで送ろうか?」

「あー、場所分かるのか?」

「おう、何度か行ったことあるしな」


 四人で歩くと俺の隣にミナがやってきて俺の手を取り「えへへ」と笑みを浮かべる。


「……元気そうでよかったです、ヨクさん」

「……ああ、ありがとう。心配してくれたんだな」

「今も少し、心配してます」


 ミナは俺越しに初の方に目を向けるが、気を使いすぎて上手く声をかけることが出来ていないようだ。

 初の方も自分から声をかけるようなタイプではないためかミナに声をかけたりしていない。


 ……まぁ、初が元気な様子を見せれば大丈夫か。どうせ学校でも同じ教室にいるわけだから幾らでもタイミングはあるだろう。


 そう思っていると、初は俺とミナが繋いでいる手を見て、対抗するように俺の手を握る。……うん、元気そうだし放っておいても平気だな。

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