勉強×ニュース

 スーパーで日用品や日持ちしそうな食品を買い溜めて、ホテルに戻ってからアジトに放り込む。


 引っ越し自体はそう難しいものではないが問題は三つ。

 ひとつは新子、ついでに星野とツツの存在を周りにどう説明したものか……というところだ。

 変なことがあればすぐに叔父達にも伝わってしまうだろう。まぁ……多少のことなら気にしない程度には俺たちへの興味は薄いだろうが。


 二つ目は引っ越し屋も来ていないのに家具の荷運びを終えていたら不自然だろうから、それを解決……とは言ってもどうしようもないので半年ぐらい家の中に誰もあげなければ皆「あ、知らないうちに家具運んでたんだな」程度に思ってくれるだろう。


 三つ目、また柳下みたいな奴に襲われかねないということだ。


 どうしたものか……と思いながら、タクシー会社に連絡して東京の方に行きたいことを伝えてしばらく待っていると、見覚えのあるナンバープレートが目に入る。


「よっくん、無事でよかった」

「……なんか連日会いますね」

「迷宮だらけの東京の道をマトモに走れる運転手はうちの会社だと私ぐらいですからね」


 まぁ、他の会社だと目的地を伝えたら断られるしな……。割と真面目にこのおっさんが生命線かもしれない。


 車……は高いし免許を取るのにも時間がかかるけど、原付ぐらいならなんとかなるだろうか。

 いや、でも原付ってふたり乗り出来ないしな。ウドみたいに普通のバイクの免許を取るなら車の方がいいだろうし。


 そう考えながらタクシーに乗り込む。

 五人全員が乗ることは出来ないので兵頭先生に挨拶するために俺と初が最初に行き、あとから残りの三人も来るというかたちだ。


 出来たら新子も一緒に着いてきてほしかったが、もしも襲われたときのことを考えて戦力を分散させることになった。


「あれ、昨日とは違う女の子ですね。やりますねー、よっくん」

「こっちが妹ですよ」


 俺が初の方に目を向けると、初は表情を人形のように崩すことなく軽く会釈をして「よろしくお願いします」と平坦な声で返事をする。


 澄ました表情は俺と初めて会った頃に似ており、指先だけ甘えるように俺の脚に触れさせていた。


 初のちょっとばかり愛想のない態度に影響されてか、山本さんは遠慮した様子で俺に話しかけることもなくタクシーを発進させる。


 なんというか……初は人見知りだな。

 俺にとって初はこれ以上ない天使だけど多くの人からしたら気難しくて面倒な子なのだろうと思いながら、ゆっくりと山本さんの方に話しかける。


「昨日のふたりともうひとりも東京の俺の住んでるところに行きたいんですけど、行って帰ってまた行って帰ってってなるとかなり時間かかりますよね。明日とかの方がいいですか?」


 今からだと間違いなく残業になるだろうし、そうでなくともこの悪い道を長時間運転するのはしんどいものだろうと思って尋ねると、山本さんは特に気にした様子もなく答える。


「いえ、全然平気ですよ。あ、ラジオ付けてもいいですか?」

「ありがとうございます。大丈夫です」


 初が話さない中で雑談を続けるのもアレだしな。

 取り止めのないニュースが流れる。ここ数日はバタバタとしていてあまりニュースを見聞き出来ていなかったので耳を傾ける。


 大したニュースはないな、と思っているとラジオから「探索者資格の試験中に殺人事件」という言葉が出てきて内心焦る。

 ニュースの内容によっては初が心配するのではないかと思って初の方に視線を向けると、俺の膝に手を置くかどうかで悩んでいた。


 ……ニュース聞いてないみたいだしセーフだな。


「そう言えばよっくんも探索者の資格取ったんですよね? 私との出会いがあったからですか?」

「ん、ああ……。あの時に俺が得たスキル、勝手に発動するんで隠すのが難しいので資格とか取っていた方が世間的がいいかと」

「ああ、なるほど、昨日のはどうしたんです?」

「ちょっとした捜査をしていたんですけど、まぁ危険そうなんで中止にしました」

「はは、それがいいですよ。迷宮なんて関わらないのが一番です」


 山本さんは中止にしたという言葉を聞いて少し嬉しそうに笑う。

 面倒みのいい人だなと思いながらニュースを聞いていると、また連続誘拐事件が起きたというものが流れてくる。


 まだ捕まっていないのか、物騒だな……と思っていると、山本さんの手がラジオを操作して別の番組に変える。あまり興味がないものだったので外の景色に目を向けて、蔦に覆われたビル街をぼんやりと眺めた。


「ん、兄さん……外に何かあったんですか?」

「ああいや……昔はよほど栄えていたんだろうと思うと、少しばかり寂しげだなと」

「そうですか? よく分からないです」

「まぁ、幼い頃からこういうのを見てたらな。ああ、初、帰ったら勉強しろよ」


 俺がそう言うと初は目を開いて体を硬直させる。


「えっ、な、なんでですか?」

「もうかなりの時間勉強してないだろ。追いつけなくなるぞ」

「い、いえ、私、高校に進学する予定ないですから……」

「それは知ってるけど、勉強は多少しておいた方がいい」

「で、でも、研究とか……」

「一応、俺は初の面倒を見るって話で来てるからな。勉強は教えるから、ほどほどに頑張ろう」


 初は可愛らしい顔を「うぇー」とばかりに歪ませる。……もしかして、初って勉強嫌いなのか?


「あっ、でも、勉強するための道具ないですよね!」

「……そういや買ってなかったな。……今、新子さん暇だろうから買ってきてもらうか」

「や、やめましょう。お勉強はほどほどにしましょう」

「……初、勉強苦手か?」


 俺が尋ねると、初はもじもじとしながら小さく頷く。


「……正直、得意とは言い難いですね」


 めちゃくちゃ勉強出来そうな顔と雰囲気してるのに……。というか、初って何もないところで躓いたりするぐらい鈍いし……まぁ、人間得意不得意はあるよな。


「まぁ、俺が家庭教師代わりをするからゆっくりやろう」

「でも、兄さんも勉強しないとですよね……?」

「俺は得意だから大丈夫だ」


 大学受験をするつもりはないが、したとしても好きな大学に入れる程度の学力はある。

 俺がさらりと言うと、初は「むぐぐ」と俺の方を見る。


「兄さん、運動神経が良くて勉強も出来るのずるいです」


 ずるくはない。

 話も終えたのでスマホで探索者試験での殺人事件について調べる。俺の知らない話や、捜査の状況も分かるかもしれない。

 あまり期待せずにページを開くと、容疑者は逮捕されたという文字が目に入ってくる。


「…….は?」


 星野の予想通り……。いや、犯行を直接見た俺やツツに聞いたりしないのか? 探索者の組合のやつはどのグループで試験官は誰だと把握しているのでだいたい照合は出来るだろうが……。

 未成年だから気を使われたのか? 少し妙な気がする。


 そもそも警察が捕まえるには早すぎる。未知の迷宮を追うなんてかなり時間がかかるだろう。

 やはり……妙だ。

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