銭湯×イタリアン

「迷宮は穢れを好む。……迷宮に嫌われてるとしか思えないスキルからすると、ヨクくんはこの世界の誰よりも高潔なのかもしれないね」

「……俗説に仮説を入れて、めちゃくちゃな理屈だ」

「そうかな。案外、正鵠を得た話だと思うよ」


 俺は窓の外を見ながら眉を顰める。


「俗説は俗説だろ。……俺は、新子が悪人とか、汚れているとか、そうは到底見えない」


 曇り空のために外はうすらと暗くそのせいでガラスが車内の光を反射して、新子の顔を映していた。その目がガラス越しに俺の目と合い、新子はニコリと笑う。


「ああ、私の魔力が多いから、悪いことをするほど魔力が増えるって話を否定したかったんだ。えへへ、ヨクくんは優しいね」

「……信憑性の薄い俗説に振り回されたくないだけだ」


 ガラス越しの視線から目を背けてフンと鼻息を鳴らす。

 新子はそんな俺を見透かしたように笑いかけたあと、新子はぴょんっと立ち上がる。


「行こっか」

「ああ」


 電車から降りて迷宮に向かう。今回向かうのは【在りし日の窓】という、少々特殊な構造をしている迷宮だ。

 迷宮災害により廃校となった後に迷宮と化した場所で、きっちりと「学校の敷地内」のみが全て迷宮となっている。


 その特徴として、校舎外から校舎内に侵入する経路によりそのダンジョン内の年代が変化する、というものがある。


 具体的に言うと、校舎の北棟の一階の西側一つ目の窓から入ると現代よりも一ヶ月前の時代のその学校を模した場所に入り、一階西側二つ目なら二ヶ月前、三つ目なら三ヶ月前、二階西側一つ目なら一年と一ヶ月前……という具合に、四階立ての校舎の一階につき十二個ある窓、どれから入るかによって遡る過去が変わるというものだ。


 通常の玄関での出入りの際は年代の変化は起こらず、基本的に

 窓から侵入→時代の変化→校舎内を移動して玄関から外に出る→また窓から侵入して時代の変化

 ということを繰り返してどんどんと過去に遡っていき、校舎が建設される前にまでいけば、迷宮の中層に辿り着けるそうだ。


 校舎内から外に出られるのは玄関からのみらしく、未来……というか現代に戻るには南棟の窓から侵入することで北棟とは逆の現象が起こるそうだ。

 ついでに現代以上の未来に行くことは出来ず、現代の年代でないと迷宮から外に出ることは出来ない……とのことである。


 ツツがまとめていた迷宮の情報を思い出して「面倒くさそうだ」という感想を浮かべる。

 つまり学校の窓から侵入して校舎を降りて玄関から出てまた窓から侵入をするという奇行を繰り返さなければならないのだ。


「新子は……こういう変なルールのある迷宮は慣れてるのか?」

「んー、まぁ、謎ギミックは迷宮にありがちだよね。そういえば、私は行ったことないけど、友達の探索者がホテルに出来た迷宮に行ったらセッ……」


 けらけらと笑うように話していた新子は急にすんっと表情を失くして口を閉じる。


「セッ?」

「あ、いや……うん、子供にする話じゃなかったと思って。あ、歩いていけない距離でもないけど、体力温存したいしタクシー使おうか」


 子供と呼ばれるような年齢でもないが……まぁただの笑い話なら深く聞く必要もないか。


 タクシーは高いから使いたくないんだけどな……と思いながらも、新子と駅前に止まっているタクシーの方に向かって中にいる運転手に声をかける。


「すみません。東京方面に行きたいんですけど……って、あれ」

「ええ、もちろん。よかったですねえ、お客さん、この辺りで東京方面の地理が分かるのは私ぐらいですから……って、あっ」


 覗き込んだ先にいたのは見覚えのあるおっさん……というか、一緒に迷宮に迷い込んだタクシー運転手の山本さんでたる。


「よ、よっくん! わあ! 元気そうでよかったです!」

「あ、すみません。ご心配おかけしました。電話でお伝えした通り、俺も迷い込んでいた子供も無事ですよ」

「ははは、よかったよかった。あ、そちらの子は件の妹さんですか? あの時のよっくんはかっこよかったですよ。「子供を見捨てていけるか!」って、危険を顧みずに迷宮の奥に飛び込んで」

「いや、そんなこと言ってませんけど」

「そういう雰囲気で」


 そういう熱血な雰囲気じゃなかったと思うが……。と考えていると、新子は仕方なさそうな表情を俺に向けていた。無理はするなと言いたいのだろう。


「今日は妹さんとデートでもした帰りですか?」

「……あー、いや、まあ、そんなところです」

「いいお兄ちゃんしてますね。では、前の場所でいいですか?」

「ああ、いや、今回は別の場所で……ここなんですけど」


 一応持ってきていたツツが出した地図を山本さんに見せると、山本さんは少し驚いた表情を浮かべる。


「あれ、こんな廃墟しかない半端なところに何の用が……あっ」


 また迷宮と関わることを咎められるかと思ったら、山本さんはニヤリと笑う。


「あれですね、よっくん、ここにあるものと言えば知る人ぞ知る隠れ家的名店……銭湯イタリアンにご用事なんですね」

「せ、銭湯イタリアン……? えっ、なにそれ」

「銭湯に浸かりながらイタリアンを食べるという食事を一つの【体験】として味わうことが出来る名店ですよ」

「挑戦的すぎる。世が世なら異端審問にかけられるだろ」


 俺の言葉に山本さんは深く頷く。


「ええ、イタリアンなんて彼女を連れ込む時にしか行くことがない場所なのに、銭湯では男女バラバラになりますからね。客層が見えてこない」

「そこじゃない。というか、イタリアンへの偏見が凄まじい」

「でもイタリアンですよ?」

「イタリアンをなんだと思ってるんだ。山本も、そこの店主も」


 めちゃくちゃ気になるが関わりたくない店を知ってしまった。

 軽く頭を抑えながらタクシーの中に入る。


「まぁ、その店には用はないです」

「でも、三星取ってますよ。力で」

「力で勝ち取るものではないと思います。とにかく、ここにお願いします」


 俺がそう言うも山本さんはタクシーを発進させずにいる。シートベルトを締めながらバックミラー越しに山本を見ると、彼は難しい表情を浮かべてゆっくりと口元を動かした。


「他、ここって迷宮しかないですよ。……もしかしてなんですけど、よっくん……危ないことしようとしてませんか」

「……してない」

「嘘ですね。大人として、連れてはいけませんよ。というか、そういうことをするつもりでしたら警察の方に保護を……」


 と、山本が言っている中で新子がカバンから財布を取り出してそれの中に入っていた迷宮探索者の資格を見せる。


「心配してくれてありがとう。でも、探索者の資格は持ってるよ。私も、ヨクくんも。だから迷宮に行こうとしたことで保護はされないし、運転手さんが断っても徒歩で行くから……連れて行ってくれると助かるな」

「……理由を聞かせてもらえませんか?」


 山本さんは眉を顰めて悩んだように話す。


「あー、うん、そうだね。病気の子供のため……とか」


 俺が頷くと、山本さんはゆっくりとタクシーを走らせる。


「後で私個人の連絡先を教えるので、無事に帰れたら電話してもらっていいですか? よっくんが死んだと思うと、とても悲しいので」

「……そんなにですか」

「はい。私の音楽を好きと言ってくれたので」


 俺が死んだら……か。まぁ、自分が運んだ先で人が死んだりしたら気が悪いのはよく分かるので頷いて名刺をもらう。

 ……なんか、死ねない理由がいつのまにか増えてるな。

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