悪い男×禁忌

 ホテルの部屋に戻ろうとしたとき、入れ替わりでツツが入ってくる。少し三人で話そうかとも思ったが、星野に用があるみたいだったので邪魔をしないようにホテルに戻る。


「ヨクくん、はいこれ」

「ん、ああ。……まち針?」


 新子にまち針のセットのようなものを渡されてそれを見ると、その針の先に赤い液体が付着していることに気がつく。共に渡された紙にも赤いものが付いていて、すぐにそれが新子の血液であることを察する。


「この前のとだいたい同じだけど、針の方は飲み込めない時に刺して使える感じで」

「ああ、なるほど。……これ、副作用とかないのか?」

「んー、多分摂りすぎたら私の体質に近づくと思う。だからあんまり多用はしないでね」


 つまり不死身に近づくということか……かなり恐ろしいな。

 恐れつつも、いざという時に失くならないようにいくつかに分けてポケットなどに入れておく。


「……結構量があるけど、こんなにブスブス刺して痛かっただろ」

「まぁ痛みはあるけどチクッてするだけだから平気だよ。一瞬で治るしさ」


 治るとは言っても、こんな幼い見た目の子が針でブスブスと刺されるというのは……少しばかり痛ましく思える。

 出来る限り使わないようにしようと誓い、それから新子の目を見ながら口を開く。


「……方法考えるか。せめて注射器で吸って、それを使うとかしたら一回で済むわけだしな」

「んー、気にしなくていいのに」

「家族だって言ったのは新子の方だろ」

「律儀だね、ヨクくんは」

「からかうなよ。……こっちも色々と気を遣ってるんだよ。俺なりに」


 新子は「ごめんごめん」と俺に謝ってから、ぴょこんとつま先立ちをして俺の頭に手を伸ばしてよしよしと撫でる。


「ありがと、心配してくれて嬉しいよ」


 まるっきり子供に対する扱いをされていることにむず痒さを覚える。別に嫌というわけでもないけれど落ち着かない。


 軽く避けてから、心配そうにしている初の方に目を向ける。


「あの、兄さん……やっぱりやめませんか? 危ないですし……」

「深追いはしない。俺と星野の顔は会ったふたりにしか見られていないし、そいつらは身を隠しているだろうからな。見つかる可能性はほぼないよ」

「……はい」

「まぁ初が心配するのも分かるけどな。でも、平気だ」


 迷宮を歩くだけでも危険は当然あるが、それを伏せて笑いかける。


「初はツツが変なことしないように見張っといてくれ。暇だから着いていくとか言い出しそうでな」

「はい。……あの、兄さん」

「なんだ?」

「今日の晩ご飯、何がいいですか?」


 初は不思議と照れたようにはにかむ。初は案外夢見がちなところがあるので「新婚さんみたいだ」なんてことを考えていそうだ。


 少し迷ってから、初の頭を軽く撫でる。


「初の作る料理なら、何でも」

「もう、何でもが一番困るんですよ」

「ごめんごめん」


 ぷんすかと演技めいた怒り方をして、それから楽しそうに笑みを浮かべる。


「じゃあ……マッサマンカレーでいいですか?」

「なんでマッサマンカレー……?」

「たまたま材料が揃っていたので」

「たまたまマッサマンカレーの材料揃ってることってあるんだ……」


 いいですか? と聞かれても食ったことがないので全然分からねえ……。子供の頃にあった偏食は直しているが、それでも不慣れなものを口にするのは少し抵抗が……と考えてから頷く。


「楽しみにしておく。でも、火傷とか気をつけろよ。あと、換気しながらな」

「あ、ホテルに匂いがつくとダメなので人工迷宮に調理器具を持ち込もうかと思ってます」

「ああ、それでもいいな」


 スパイスの匂いが染み付きそうだが…….まぁ、どういう仕組みかは分からないけど人口迷宮内は換気とかされてるようなので気にしなくていいか。


「それから……」


 と初が言おうとしたとき、初の肩をちょんちょんと新子が触る。


「そろそろ、電車の時間に間に合わなくなるから。ごめんね」

「あ、はい。すみません……」


 少し落ち込んだ様子の初を軽く抱き寄せる。


「初、待っておいてくれ」

「は、はい。ま、待ってます」


 軽い抱擁をしてから外に出る。あとは現地で星野と合流して迷宮に入るのか、自分で決めたことだが、面倒なのでもう既に帰りたい。帰って初を甘やかしたい。


 そんなことを考えていると、新子が俺の方を見てニヤリと笑う。


「いやー、ヨクくんも悪い男だね」

「なんですか、急に」

「初ちゃん、ヨクくんにメロメロじゃんか。やりおるなー」

「……今は好かれていると思いますよ。一年後、一ヶ月後……一週間、あとどれだけの間、好きでいてもらえるかは分からないですけどね」


 俺がそう言うと、新子は肩でトンと俺をこづく。


「もっと信じてあげなよ。好きなんでしょ」

「……はい」

「まぁ、他人を信じられないというのは仕方ないと思うけどね。ヨクくん、ずっと眠りが浅いし、近くに人がいるとよく寝れないんでしょ」

「気づいてたんですか」

「うん。それにしても難儀なことだね、ヨクくんは人と一緒だと眠りが浅くなって、初ちゃんはヨクくんと一緒じゃないと眠れないなんて」


 新子と二人で電車に乗り、空いている車両の中で隣り合わせに座る。


「……俺の話は後でいいでしょう。迷宮の話をしましょう。強くなる方法とか」

「んー、普通なら魔力を増やすのが効果的なんだけど、ヨクくんはむしろ逆効果だからなぁ」

「魔力を増やす方法ってあるんですか? 新子さんは必要ないにせよ、星野が力を付けるのはいいと思うんですけど」


 現状、初を除けば俺たちの中で一番弱いのは星野だ。

 もしもの時に身を守れるようになる方が良いだろう。


「魔力を増やす方法……厳密に言うと、迷宮からの魔力の流入量を増やすんだけと」

「魔力の流入量?」

「あ、うん。そもそも人体から発生してるわけじゃなくて、迷宮から流れてくる魔力が人体を通してスキルとして発揮されるの。だから、その流入量を俗に魔力と呼んでるわけ」


 まぁ考えてみれば当然か。そもそも地球にはスキルなんてものはなかったわけだしな。

 俺が内心納得していると、電車がガタンと鳴って、その揺れで新子の体が俺にひっつく。新子は少し照れたように離れながら「んー」と口を開く。


「一番手っ取り早いのは人を殺すことかな。しようとしたら止まるけど」

「……は、それは……いったいどういうことだ」


 俺が冷静さを失わないようにしながら尋ねると、新子は窓の外を眺めて口を開く。


「魔力……って言うと、まぁ、ありがちな単語だと思うんだよ。今は現実で現れたから創作物で使われることか少なくなったけど、昔は多くの作品で不思議なエネルギーぐらいの意味合いで魔力って使われていたけど、元々の「魔」は悪しきものとか、災いとか、そういう意味なんだ」

「……悪い力だから、悪いことをすれば増えると?」

「その解釈で間違いないよ。人が罪を犯したとき、迷宮はその力を人に分け与える。……まあ、観測出来るものじゃないから一部の人が信じてる俗説だけどね。西郷くんも「抽象的すぎる」と否定的だったし」


 初の父の言葉は本当に否定なのだろうか。「抽象的」というのは研究するのが難しく証明できないという意味しかないのではないか。電車が止まって、誰も乗り込んでくることもなく次へと進む。


「……じゃあ、大量殺人犯が最強なんですか?」

「いや、罪の意識がなければ意味はないかな。一人目の時よりも二人目の時、二人目の時よりも三人目の時、どんどんと殺人に対する忌避感が薄れるみたいでね。魔力の伸びはどんどん落ちていくよ」

「悪事を成すと増えるわけじゃなく、自分の中の禁忌を破ることで……ってことですか」

「まぁそういうことだね」


 禁忌を破ると魔力が増える……か。単純に見えて案外難しいかもしれない。魔力を能動的に増やそうとわざと禁忌を破るのも、その程度で破れる禁忌だと大した価値がないように思える。

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