山本さん×友達

 少しずつ、少しずつ、少しずつ。

 俺を縛るものが増えていくのが分かる。


 時計を見る回数が増えた。今までは高校に遅れなければ他はどうでもよかったのに、今は「いつまでには帰らないと」「アイツを待たせるのは悪い」「急がないとな」なんてことを考えながら自然と目が確認する。


 人との縁が鎖のように俺を縛って、風船のように軽かった命が繋ぎ止めていた。


「よっくん、くれぐれも無理はしないようにね?」


 敬語の外れた山本さんの言葉。その表情は物悲しそうだと、どこか他人事のように思えた。自分を心配してる人が、多くいるということが、俺は幼いころからずっと羨ましかったはずなのに……。


「……すみません。山本さん。もらった音楽プレーヤー、放火にあって燃えました」


 山本さんの言葉を無視するような謝罪に、彼はほんの少し驚いた表情を見せてから心配そうな様子を深める。


「放火って……大丈夫?」

「怪我はないです。検査入院しましたが問題ないそうです」

「それならよかった。いいよ、安物の上に古いやつだからね」

「……なんか、あの歌、上手く言えないんですけど、届かないものに手を伸ばしてるって感じで、好きなんですよ」

「そんなに気に入っていただけたなら、今度、メールか何かでデータ送りますよ」

「それは……悪くないですか?」

「5分もかからないんで手間でもないですよ。ファンなんて初めて出来ましたしね」

「じゃあ……お願いします」


 少し嬉しいのが息苦しい。

 湿気た空気が吸いにくいように、不慣れな人との繋がりが重くて気だるい。


 喜びを喜びきれない自分に微かな嫌悪を抱いたとき、山本さんはポンと俺の肩を叩く。


「悩みがあるみたいですけど、平気ですよ。よっくんは、私の若い頃によく似てます」

「山本さん……」


 励ましてくれていると分かって思わず恥いって目を下に向けると、山本さんのズボンのチャックが全開になっていることに気がつく。


「……チャック空いてますよ」

「ああ、失敬。……よっくんの目は、私の若い頃にそっくりですよ」


 ……どうしよう、微妙に嬉しくない。せめてチャックを閉めてから言ってほしかった。

 あと、山本さんよく見るとめっちゃ三白眼……絶対似てない……。


「あ、どうもです」

「あ、うん。無理しないようにね」


 なんか変な空気になってから、山本さんが帰っていくのを見る。


「……いい人だったね?」


 疑問形で呟く新子の言葉に深く頷く。


「いい人であるのは間違いないですね」


 そういや、待ち合わせとかすることがなかったせいで考えていなかったが、駅前で星野と合流してからタクシーの方がよかったか。


 星野はまだ来ていないようなので、廃墟と植物に覆われた街と件の学校の迷宮を見る。


「植物ってのは強いな。人が住まなくなった東京どころか、迷宮の中すら覆ってる」

「魔物は草食が少ないからね。それもあって余計に繁殖しやすいみたい」

「人間よりよっぽど逞しいな」

「いや、戦ったら勝てるよ。ブチィ!って」

「植物にマウント取らないでください」


 まぁ、何にせよ、人間は案外弱い。

 俺がゆっくりと息を吐いていると、新子は俺の方に目を向けて提案する。


「あ、そうだヨクくん。中層への道を見つけるのが先決なんだけど、もし見つけられたら迷宮核を手に入れたいかも」

「迷宮核……ああ、初が言ってたな人工迷宮の材料だとか」

「うん。迷宮を構成するのに必要なものだからね」

「……それ、取ったらどうなるんだ?」

「当然壊れるよ。とは言っても迷宮は「人が攻略するためのもの」だからある程度、気を遣ってくれるから安全だよ」

「気を遣ってくれる……か」


 少しばかり面白い表現だと思ってクスリと笑うと、新子は不思議そうな表情を浮かべたあとに説明を続ける。


「中層に進むのよりも遥かに難しいけどね。中層に進むのは言ってしまえば道を歩くだけだけど、迷宮核を得るのはハッキリと攻略だ。その迷宮がどんなものなのかを理解しないと決して出来ない。……そもそも、迷宮核の存在自体知ってる人なんてほとんどいないし、利用方法が分かってないと迷宮を壊すだけなんだけどね」

「壊れていいだろ。迷宮なんか」

「いや、一般人からしたら危険なものでも、迷宮核を手に入れられるほどの探索者からすると宝の山だからね。まぁ、手に入れるのは難しいだろうからあまり気にしなくていいよ」


 ……初の目的からいって迷宮が壊れるのは望ましいし、それを便利な人工迷宮に作り替えられるというなら非常にありがたいことか。

 今回はハッキリとした目的があるので深追いすることはないが、気に留めておくぐらいしよう。


 しばらく待っていると星野からメールが来る。あと数分で着くそうだ。


 退屈しのぎにスマホを弄っていると、児童を連続で誘拐するという事件が巷を怯えさせているということや、探索者によるスキルを使った殺傷事件などのニュースが目につく。


 それに、一昨日の俺たちが巻き込まれた事件についても小さくニュースに取り上げられていた。


「……取材とか来られたら面倒だな」

「早めに髪切りに行く?」

「取材に向けてオシャレをするな。断れ」

「まぁ、半分公的な場所で人が死んだ事件なのにこんなに小さくしか取り上げられてないなんて、日本の治安悪くなったなあ。二十年前なら連日大騒ぎだよ」

「治安って、迷宮のせいですか?」

「そうと言えばそうだね。一番の大都市だった東京に人が住まなくなって、たくさんの人が職をあぶれて、それで治安が悪化したの」


 大都市……ね。植物に覆われたビルを見て頷く。


「それにしても誘拐は怖いな。新子は大丈夫だろうけど、初はそっちも気をつけないとな」

「そうだね。そういえばヨクくん、学校は行ってるの?」

「ちゃんと転校しましたよ」

「……初ちゃんのところに行くのに?」

「まぁ、そうですね」


 新子は少し悲しそうな表情をしてからぽすっと俺の頭を撫でる。


「なんですか?」

「いや、寂しかろうと思ってね」

「別に、友人とかいなかったのでそうでもないですよ」

「一人も?」

「話ぐらいならありましたけど……。学校の外で会うこともなかったので、友達とは言えないでしょうね。連絡先も知らなかったですし」


 俺の言葉を聞いた新子は、ゆっくりと首を横に振る。


「多分、その子はヨクくんの友達だよ。うん。だって……「学校の外で会わなかった」も「連絡先も知らなかった」も、両方特定の人に対しての言葉じゃんか。友達がいないかと考えて、特定の人が頭に浮かんだなら、それは友達だよ」

「一緒に遊んだこともないですよ?」

「うん、友達だよ」

「一緒に飯食わないし」

「それでもね」

「多分相手はそう思ってないですよ」

「関係ないよ。……時間があるとき、会いに行ってみれば? きっと喜ぶよ」


 普通に変な奴と思われるだけだと思うが……。そんなことを話している間に星野が歩いてやってくる。


 じゃあ、迷宮の探索開始か。

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