桜×家族
ハンバーガーを食べ切り、少し息を吐いて星野を見る。
「具体的に、何日ぐらいになりそうだ? 東京の方に来れるの」
「……月任せになるところがあるからなぁ。あと、調査をするなら手早くまたあそこに行きたい。つっても警察も探索者もいるだろうから忍び込むのも難しいだろうな」
「俺なら全員無傷で捕らえながら突破出来るが。この前と違って武器を用意したり、怪我がない状況だったら余裕で」
「なし。流石に見つかる可能性があるのはリスクが高い」
何もしないのもリスクが高いと思うが……まぁ、いいか。無理に突っ込む前に状況を整えた方がいいだろう。
食べ終わった後のトレーなどを片付けると、星野は窓の外に目を向ける。
「悪いな。飯が不味くなるような話ばかりで」
「いや、まぁ、いい」
ハンバーガーは食べやすくていいな。箸を持たなくていいし、粗雑に食べたところで文句を言われることもない。
「俺は帰って寝る。また追って連絡するな」
「ああ、無理はしないようにな」
外に出て共に少しの間歩くとほんの少し葉が見え始めた桜の木の前で星野が「俺、こっちだから」と駅の方に体を向ける。
それから微かに頭を上げて桜の木を見上げる。
「桜、結構好きなんだけど、そろそろ見納めだな」
「俺はあまり好きじゃないな。落ちた花びらがアスファルトの色を吸って、みっともない」
星野は地面を見つめる俺の方を見て微かに似合わない笑みを浮かべる。
「咲いてる時に落ちたあとのことを考えたりはしないだろうよ、桜も。じゃあな」
わざわざ駅で待っていた割にあっさりとした別れが終わり、俺は新子と初のいるホテルに足を向ける。
ひとり歩きながらホテルの初たちがいる辺りの階を見上げると、風が吹いて桜の花弁が俺の髪に乗る。それを指先で摘んで、ふとすぐ近くの桜の木に視線がいく。
緑の新芽混じりの桜は、花見をするには幾分も遅いぐらいだろう。けれど、ああ、けれども、綺麗だな、と。
「……そういや、ちゃんと見たのは初めてか」
満開どころか、ほとんど散り終わったあとの葉桜だ。
けれど、黒いシミに濡れていない桜の花弁は初めて見たような気がする。
そんなはずはないだろう。視界に入っていないはずがないのに、けれど確かに俺は初めて桜を見たのだ。
「……来年、花見でもしたいな」
なんて似合わない言葉が口から漏れ出たとき、とん、と背中に小さな手が触れる。
「ん、じゃあそうしよっか。いいよね、お花見」
「新子さん……ホテルの外に出てたんですね」
「ん、そろそろ帰ってくる時間だし、鍵とか持ってないでしょ」
「ああ、すみません」
「いいよ。初ちゃん寝てるから静かに入ろうね。シャワーは浴びた? あと、妹って設定なんだから敬語はなしでね」
ああ、気が抜けると敬語になってしまう。
妹という設定で見た目も幼い少女だが、新子はどこか達観していて子供のように見えない。よくて姉といった感覚になってしまう。
「……初、この時間に寝てるのか」
「夜、ヨクくんがいないと寝れないみたいで……。ずっと布団の中で震えてたよ。朝方には疲れて寝たけど……いや、寝たというか倒れたかな」
「……すみません。初が迷惑かけました」
「こら、敬語。それと、家族なんだからさ」
新子は朗らかに笑って俺を見る。
家族……と呼んでいいのだろうか。血は繋がっていないし、この前会ったばかりだ。
法律上の保護者である初の叔父や叔母とは一緒に暮らしていたが、それでも家族だったとは言い難い。
迷惑をかけて寄りかかっているだけの相手を家族と呼ぶなんて傲慢じゃないだろうか。
「ヨクくん、言い訳をあげよう」
「言い訳?」
「うん。ヨクくんが私を家族として扱ってくれないと、初ちゃんも私を他人だと思うよ、他人と一緒に暮らすことになる」
新子はニンマリと笑って俺を見る。
ああ、それは確かに……良い言い訳だ。
「じゃあ、寄りかかります」
「うん。寄りかかってよ。私もさ、家族ほしいから」
「……今まで、いなかったんですか?」
「まさか、私が木の股から産まれてきたわけじゃないし。……いたよ、家族」
少し寂しそうな顔をしていて、あまり尋ねるべきじゃないかと思った。
「それより、合格祝いする?」
「別にいいですよ。受験に向けて何かしたりはしてませんし」
「ん、残念」
「あ、また敬語になってた。……帰ったら俺も寝ようと思う。あまりゆっくりは寝れなかったし、初が目を覚ました時に俺が隣にいた方がいい」
新子はこくりと頷いて一緒にホテルのエレベーターに乗る。
「私も一緒に寝ようかな。やっぱり添い寝すると親しくなれる気がする」
「……初を挟んでなら。流石に女の子に挟まれて寝るのは無理だ」
「えー、ヨクくんこんなちっちゃい体に緊張しちゃうの? そ、そういう趣味?」
「どういう意味だよ。普通に……挟まれてたら、寝返り打ったときとかに不可抗力で変なところに手がいきそうで」
「別に気にしないよ? 触られるぐらい」
俺は気にする。見た目は子供とは言えども中身は大人の女性を触ったりしたら、罪悪感で死んでしまう。
部屋に帰り、忍び足で寝室に向かうと初が布団の中でまるまるようにして眠っているのが見えた。
表情は強張っていて、身を縮めて寒さに耐えるかのような格好だ。
瞳の端に滲む涙を拭ってから初の寝ているベッドに潜り込んで背中をさするように手を回す。
「ごめんな、寂しくさせて」
軽く抱きしめると、初は眠っていても俺の感触に安心したのか表情を緩くして少し気持ちよさそうに眠り始める。
……可愛いなと思っていると、それは新子もだったのか、初を見て微笑んでいた。
ずっとこうしていたいな。……いや、もっと幸せになっていくんだ。家族として、幸せに。
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