天才×天才
そっと初の手を握り返す。
「不安にさせてごめんな。……帰ったら、ゆっくり休もう」
「……はい」
そう言ってから、俺と初の関係に若干引いている様子のツツの方に顔を寄せて小声で囁く。
「初は最近不幸が重なっていて不安定なんだ。それもあって俺への愛情表現が少し過剰だけど、優しいいい子だから仲良くしてやってほしい」
「……えっと、妹ちゃんの近くではあんまりヨクくんにベタベタしない方がいい?」
「ああ、というか、普段からしないでほしい」
ツツはイタズラな表情で「えー、どうしよっかなぁ」と笑う。星野の方を見ると驚いたような表情で初の方を見ていた。
「……星野、どうした」
あまりジロジロ見るなよという意思を込めて口にすると、星野は俺と初を交互に見比べて口にする。
「似てねえな……」
「血が繋がってないからな」
「いや、だとしても雰囲気とかは兄妹なら似通わないか? ヨクってなんか無駄に偉そうで尊大な雰囲気だけど、妹は清楚な感じじゃん」
「会ったの最近だからな。……馬鹿な反応してないで、お前も休んだり飯食ったりしろよ」
初が来たことは素直に嬉しいが、説明することが増えるな……。初にも何があったかを説明しないとダメだし、新子や東にも……と、考えるとめちゃくちゃ面倒だ。
新子の血によって傷は治っていても気疲れは治らない。
軽く自分の頭を掻いてからコンビニに入り、ツツがカゴを持って俺に話しかける。
「ヨクくんは今汚れてるから、商品は私が取ろうか?」
「あー、助かる。東にいちご牛乳と焼きそばパンを頼まれてるからそれと……。俺は……何か飲むゼリーみたいなので」
ツツは言われた通りに商品を手に取っていき、自分の分らしいお菓子も色々と入れていく。
「……図太いな。あんなことがあったのに」
「えっ、あー、まぁ、ちょっと現実味がなくて」
ツツは困ったように笑って「今も夢かと思ってる」と口にする。
それが本当なのかどうかを確かめられるほど俺は人間関係について熟達しておらず、ハッキリと言って人付き合いが苦手なために判断が出来ない。
「……ツツ、襲われたのは、お前狙いだろ」
俺の言葉のあと、コンビニの空調の音だけが数秒の間流れて、初は不穏な空気を感じ取ってかきゅっと俺の腕を握る。
「……どうして?」
「あの状況で受験生を狙う意味なんて命を奪うぐらいのものだろ。それで四人のうち誰かって感じだったが、あの人は違う、俺は狙われる覚えがないし「護衛か」と勘違いされたから違う。残りは星野かツツだが……」
星野のアホそうにホットスナックを選んでいる顔を見て、ツツの方を見直す。
「まぁ、ツツだろうな、と。場慣れしてそうだしな」
「……そっか」
ツツは観念したように肩を落として、寂しそうな目を俺に向ける。それから何かを口にしようとしたのを見て、俺はそれを遮る。
「一応言っておくが、ツツが悪いとは思ってないぞ。明らかに襲ってきてる奴の方が悪い。そもそも襲われる可能性を考えていたらこんなところに来ないだろうしな」
「……怒ってないの?」
ツツは怯えた様子で俺を見て尋ねる。
「悪いと思っていないだけだ。巻き込まれたとは思ってるよ。俺もあのおっさんに関しても」
ツツは何か言おうとするが何も言うことが出来ずに申し訳なさそうに顔を俯かせる。
「……ごめん」
「いや、悪いとは思ってないって、ただ説明はしてほしい。俺にも、星野にもな」
俺の言葉に怯えた様子を見せ、それからゆっくりと顔をあげる。
「あはは」
俺の目に入ったのは、笑顔。ツツの表情が思いがけないものだったことに思わず目を開くと、ツツは楽しそうに屈託のない笑みを浮かべてルンルンとした様子で手に持ったカゴをレジに持っていき、会計をしてもらっている間に振り向いてニッコリと俺に笑みを見せた。
「ごめんね。思いがけずいい遊び相手が見つかったなって、楽しくなっちゃって」
「……いや、ツツ……お前、何を……」
豹変……ではない。元々ツツはこういった笑顔をする奴だった。けれど、今は笑うようなタイミングではないだろう。
「いやいや、別に私が今回の黒幕だったとか、そんなつまらないオチじゃないよ。ヨクくんの考えでバッチリ正解。私が狙われていて、たまたまこのタイミングで、ヨクくんと星野くんと……えーっと、知らないおじさんが巻き込まれた。それで正解だよ、ただ私は結構楽しんでたってだけでさ」
笑えるような内容じゃないだろうが、人が死んでいるんだぞ。と、俺が睨むと星野が「どうした」とやってきて、ツツは気にした様子もなく財布を取り出す。
「お昼奢ってもらったから今回は私が出すね」
「……意味が分からないぞ」
俺がそう言うとツツはレジ袋を持って浮かれた様子でコンビニから出ていく。
俺と初と星野が着いていく。星野はツツのおかしな様子を見ても大した反応はない。
人死がショックすぎたのだろうか……と考えていると、ツツは見透かしたような視線を俺へと向ける。
「……あのさ、この世界ってつまんなくない?」
急に変化した話。隣にいる初は不思議そうな表情をしてツツを見る。意味不明な話のはずなのにけれども俺はその話が繋がっていることを理解する。理解してしまう。
「運動も勉強も、他のことも、ちょっとやれば一等賞。みんなでスゴロクで遊んでるのに、私のサイコロは6しか出ない」
ツツは俺の方を見て小首を傾げる。
「そんなのってないよね、つまんないよ」
「……意味が分からないな」
「いや、ヨクくんは分かるはずだよ。この世の全ての人が分からなくても、ヨクくんは私の言ってることがよく分かるはず」
俺が眉を顰めると、俺のその態度を気にした様子もなくツツは俺の手を握る。
「ヨクくんは私とおんなじだ。サイコロの6しか目がない人だ。だから……」
ツツは目をキラキラと輝かせて、俺の手を引っ張って自分の顔を俺の顔に近づける。
「私のお友達になってよ。一緒なら、寂しくない」
意味が分からないはずのツツの言葉。なのに、だと言うのに……俺には、その言葉の意味が分かってしまった。
何の努力も過程もなく、呆気なく結果が出るつまらなさ。それを、俺はよく知っていた。
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