妹×不運
とにかく……初の誤解がなくなったのはよかった。初にフラれるのはもちろん、初が悲しむのも堪え難い、ホッと胸を撫で下ろしてから初の方に話しかける。
「……初、本当にごめんな、帰るのが遅くなって。寂しいし不安だろ」
「あ、いえ、平気ですよ」
思いの外カラッとした空気で返事をされて軽くショックを受け、ショックを受けたことにショックを受ける。
……あれ、初が平気なら俺はそれでよかったはずなのに……俺がいなくても平気そうなことが悲しいのか?
初に悲しい思いをしてほしかったのかと自問していると、電話越しの初は少し明るい声色で話す。
「新子さんの提案で迎えに行ってますから、平気です」
「迎えに……えっ、俺のか? わざわざ?」
「んぅ……ダメでしたか?」
「いや、いやいや、ダメじゃない。来てくれて嬉しい」
「えへへ、よかったです。私も一秒でも早く兄さんに会いたくて」
初……もしかして俺の妹って天使なのではないだろうか。
「まぁ、でも、警察の事情聴取とかあるからあんまり一緒にはいられないかもしれない」
「……それは残念ですけど……でも、出来る限り一緒にいたいです。あ、もうそろそろ着くんですけど……」
「えっ、早いな。分かった。迎えに行く、どこだ?」
「えっと、今、新子さんと一緒にコンビニがある方の入り口に……」
そんな言葉がほんの少し重なって聞こえる。
自動ドアが開く音、それから「あっ」という声が重なって聞こえる。
自動ドアの方に目を向けると、世界一可愛い俺の妹が驚いた表情でこちらを見ていた。
「兄さんっ!」
「初!?」
初はパタパタと走り寄ってきて、俺は驚きながらもそれを抱き止めようとして手を広げた瞬間、初は俺の目の前で停止する。
「会いたかったです。えへへ、とは言っても、朝会ってますけど」
「ああ、俺もだ」
「えへへ、あれ、そんな変なポーズを取ってどうしました?」
初は抱きしめようとしたけどそこまで初が近づいて来なかったことで広げっぱなしになっている俺の手を見て首を傾げる。
「……これは、その、喜びのダンスだ」
「へ、へー……兄さんは変わってますね」
「いや、冗談だぞ」
駆け寄ってきた初に遅れて新子もやってきて、初の邪魔をしないように気を使ってか少し離れたところで小さく手を挙げる。
「ん、急に来てごめんね」
「いや、初がワガママを言ったんですよね。すみません」
「それより……だいぶボロボロだけど大丈夫?」
「あ、あー、まぁ、おかげさまで……怪我は治りました。それどころか、昔の虫歯まで」
そういえば、腕にツツのタイツが巻かれたままである。結構血が染み出していることもあって元の布が何かということはバレないと思うが、さっさと服は着替えた方がいい気がしてきた。
初がいる前だしな。でも、買いに行くには外に出ないとダメだしな……ここまでボロボロで服屋に行くのは……いつ警察が事情聴取にやってくるかも分からないしどうしようか。
そう思っていると、新子は仕方なさそうに肩をすくめて俺を見る。
「今、何があったとか聞くと疲れるだろうから、帰って休んでから話を聞くよ。とりあえず……服買ってくるね」
「ありがとうございます、助かります」
「いいよいいよ。でも、買ってきた服がダサいとか言わないでね。若い子の流行りとか分からないしさ」
新子は俺と初を交互に見てから去っていく。
新子には頭が上がらないな……と、思いながら初に視線を戻すと、初はジッとツツの方を見ていた。
睨んでいるわけではないが、警戒を滲ませているような表情である。ツツは初を見て俺に小さな声で話しかける。
「ヨクくん、この子とさっきの子って両方妹さん?」
「ああ」
「妹ふたりいるんだ……で、こっちの子と付き合っていると」
「ああ」
ツツは俺の方を見て腕を組み、ゆっくりと口を開く。
「ふたりいる妹の片方と付き合ってるって、もう一人はどう思ってるんだろ……」
「いや血の繋がりはないからそんなにドロドロした話じゃないぞ。……ふたりとも割と最近出会った感じだしな」
最近というか一週間だが……と考えていると、ツツはなんとなく理解したのか初の方をジッと見つめ返す。
「お人形さんみたいに綺麗な子だね。別嬪さんだ」
「まぁ、初は世界一可愛い。あ、初、この子がさっきの電話の子だ。同年代で探索者試験の受験をしにくるのが珍しいってことで少し話をしていたってだけの関係だから、気にしなくて大丈夫だぞ」
「そう……ですか。えっと、西郷初です。兄がお世話になりました」
「いやぁ……むしろ私の命の恩人だから、お世話になったのはこっちかな……」
ぺこりと頭を下げた初にツツが話して、首を傾げる初に対して説明する。
「……あー、えっと、その、妹さんには話しにくいんだけど、迷宮に実際に潜る試験中に試験官の人に襲われてね。そこをヨクくんに助けてもらったの、銃を持ってる相手をばったばったと倒して、すごかったよ」
初は驚いた表情で俺を見て、俺の服がボロボロなことに気がついた様子でぎゅっと手を握る。
「……無理したんですか?」
「い、いや、出来る限り無理をせず安全に対応しようとしたぞ」
叱られると思って一瞬だけ怯えると、初は血や泥が付着しているのに関わらずに俺の身体を抱きしめた。
「……よかったです。無事で。……あなたが、無事で」
「……悪い。いや、帰るために最善は尽くしたんだけど、その……心配かけてごめん」
初の肩はほんの少し震えていた。
思い出せば初の父は迷宮で命を落としたのだ。怖くて怖くて仕方がないはずだろう。
「……兄さんは、とても、不運ですね。短い間に何度も巻き込まれて……。こんな面倒な女に好かれて」
そんなことを口にする初の手を握って首を横に振る。
……もう少し、気を遣うべきだったな。また不安がらせてしまった。
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