お姉ちゃん×露見
歳上の女性である東に甘やかされて、少し元気になっている自分に気がついて恥入りながら東の手を退けると、ニヤニヤしながらこちらを覗いているツツの顔が見える。
「……なんだよ」
「いやー、意外だなって、ヨクくん歳上好き?」
「違う。……あー、案外図太いな。色々と取り調べを受けるだろうし、今のうちに休んどいた方がいいぞ」
色々と面倒くさそうだとため息を吐くと、俺の頭に手を乗せたままの東が小首を傾げる。
「取り調べ、ですか?」
「ああ……試験官に襲われました。何とか逃げて来られましたが……。あー、多分帰れないから、荷物を持ってやる約束が厳しいかもしれません」
「そ、そういえば服がボロボロ……け、怪我は?」
「怪我はしましたが、持ってきていた回復薬的なもので治りました。あー、俺が金を出すので近くにある郵便局とかで荷物を自宅に送るとか……」
俺がそう提案すると東は首を横に振る。
「じゃあタクシーとか呼びますか?」
「いえ……西郷くんが心配なので……えっと、一緒にいようかと」
東の言葉に意表を突かれて思考が停止してしまう。
こんな会ったばかりの奴に対して……と、呆気に取られていると、東はふにゃりと笑って首を傾げる。
「どうか……しましたか?」
「いや……その、なんだろうか。えっと……」
手探りのように言葉を探しても、何も言葉が見つからない。簡単なやりとりのはずなのに詰まってしまって情けない姿を見せるが、東は何も変わらない様子で俺の言葉を待つ。
「その……なんて言うか、思ったより……嬉しくて」
やっと見つけた言葉は酷く幼稚なものだった。
けれども東はニコリと笑うと、よしよしと俺の頭を撫でる。
姉がいたら、こんな風だったのだろうか。いや、俺の姉だったらもっと性格が捻くれていて感じが悪そうだな。
「よしよし、東さんに頼ってもいいんだよ」
「……はい」
「じゃあ、少し早いけどそこのコンビニで何か食べて落ち着きましょうか」
東は脚をぷるぷるとさせながら施設内にあるコンビニを指差し、俺はそれを見て素朴な疑問を口にする。
「……お金持ってきてないんですよね」
「あ……」
思わず少し笑ったあと、「もうっ」と俺が笑ったことに拗ねる東を見る。
「歩くのもしんどいでしょうし、何か買ってきますよ」
「えっ、あっ……じゃあ焼きそばパンといちご牛乳で」
まるっきりパシリみたいなチョイスだな。と笑っていると、星野にすごい目で見られていることに気づく。
「お前そんな風に笑うんだな」
「……ほっとけ、お前も今のうちに家族に電話したり飯食ったりした方がいいぞ」
「家族なんかいねえよ。まぁ飯は食うか、奢ってくれ」
「図々しいな……というか、昼は俺が出したんだから今度はお前が払えよ」
「金ない」
何だこいつ……と思っていると星野はマジックテープの財布を取り出してバリバリと開いて中身を俺に見せる。小銭が多少しかなく、本当に金がないらしい。
……それより、マジックテープの財布って流行ってるのだろうか。俺も買うべきか……?
ツツの方に目を向けるとツツは笑顔で口を開く。
「私は家がお金持ちでお小遣いいっぱい貰ってるけど、ヨクくんに優しくされたいから奢ってほしい」
「俺も金の余裕ないんだよ……。マジでないんだよ」
新子や初に頼りたくない……ヒモになりたくない。
コンビニに寄る前に少し離れたところで初に電話をかける。一度目のコール音の瞬間に電話が繋がって初の声が聞こえてくる。
「兄さん、良かった。遅かったから心配してました。……あ、えっと、試験の方はどうでしたか?」
「あ、ああ……悪い。厄介なことに巻き込まれて……その、少し帰るのが遅くなるというか、今日は帰れないかも……」
電話越しの初は「えっ……」と悲しそうな声を出す。慌てて慰めの言葉を口にしようとしたとき、近くにいたツツが俺の肩を触って顔を近づける。
「ヨクくん、誰と電話してるの?」
「ちょっ、お、おい、ツツ、来るなよ」
ツツの身体を押して初との電話に戻ろうとすると、不思議と背筋に冷たいものを感じた。
「……あの、兄さん?」
初の声はいつものものと変わらない。変わらない声色だというのに、何故か……何故だか……電話越しの初がとても怒っているものだと気がつく。
「な、なんだ、初」
「……今の女の子、誰ですか?」
俺が必死に言い訳しようとすると、ツツは悪気のなさそうな顔でスマホに近づける。
「ヨクくんのこと兄さんって呼んでるってことは妹さんがいたんだ。あ、私は土田月だよ、お兄さんとは……まぁ深い仲……って奴かな」
「おい、ツツ! は、初、違うぞ、違うからな!」
電話の方に向かって必死に否定するが、初からの返事はない。
代わりに鼻を啜るような音が聞こえ、それからゆっくりと震える初の声が聞こえてくる。
「そ、そ……うです、か。そうです……よね」
「違うんだって、信じてくれ」
「……でも、今日帰って来なくて、その人と深い仲なんですよね。それって……」
「ちがっ、違うんだ! そういうのじゃなくて……」
一瞬ツツの方を見る。ツツからしたら俺と初の関係をただの妹だと思っているからちょっとしたからかいのつもりなのだろうが……実態としてはほとんど恋人のようなものなので、冗談になっていなかった。
妹と恋愛関係になっていることがツツと星野に露見する……と、一瞬だけ迷うが、構うものか。
俺がシスコンで妹にガチで恋をするような変態と思われようが、今は初が優先だ。俺の世間体とか知ったことか。
「俺は初を愛してるっ! 初だけが好きだ、浮気なんかじゃない。今日帰れないかもしれないのは試験のトラブルで多分警察に事情を聞かれることになるからで、今の土田月って奴は一緒に巻き込まれただけの奴だ」
「で、でも……その、えっと……深い仲って」
「からかうのが好きな奴なんだよ。妹相手だから大丈夫だと思って言ったんだろう。本当に浮気ならすぐ近くにツツいるのに初に「愛してる」なんて言えないだろ。愛してる、初。だから、泣かないでくれ」
俺が必死に否定すると、初は少し落ち着いたように鼻をすすり、それから息を整える。
「……その、それが本当なら、その人からも聞きたいです」
「ああ、分かった」
俺が少し怒った表情でツツを見ると、ツツは珍しく慌てた表情で俺を見る。
「え、あの……ヨクくん、その……妹さんとの……電話だよね? なんて言うか……浮気の疑いを晴らそうとか、そういうのに見えたんだけど……」
「妹との電話なのも……浮気の疑いを晴らそうとしていたのも、事実だ」
「え……と、それは、その……そういうこと?」
ツツは理解が追いついていないという表情を俺に向けて、俺は頷きながら電話をスピーカーにしてツツに向ける。
「あ、えっと……ご、ごめんなさい、その私……ふ、普通に妹さんだと思って、冗談で……」
初は納得したのか、ホッと息を吐く。
「こちらこそ、大騒ぎしてすみません。兄は、少し女の子に目がないので」
何故か初にまで浮気性と思われてる……俺は一途だというのに。
とにかく浮気の誤解は晴れた。……妹と恋愛してるという事実は露見したが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます