脱出×歳上
息が切れながら走ると、ツツが俺の方を見て口を開く。
「……怪我、治ってる?」
「ああ、回復薬……とはちょっと違うが、その代わりのようなものを持ってきていた。効果があまりにも定かじゃなかったからギリギリまで取っておいたが……」
そう言ってから走りながら口からペッと金属を吐き出すと星野は驚いた表情でこちらを見る。
「えっ、今のなんだ」
「……銀歯が取れた……というか、虫歯が治った……」
「ええ……効果やべえな。よほど良い回復薬だったのか」
あんな雫一滴にさえ満たない血液でさえこの回復力……。それによって全身が構成されているとなると「どうやっても死なない」という新子の言葉や死ぬために親父の研究を手伝っていたというのも納得だ。
新子の血の影響か、凄まじいほどに体調がよくなる。ここまで効果があるならさっさと飲んで倒してしまった方がよかったかもしれない。いや……あの時の情報量だと仕方なかったか。
全力でダンジョンを駆けていき、頭の中の地図に従って入り組んだ通路を走り抜ける。
「ヨク、追って来てるか?」
「いや、見えないし足音も聴こえない。このまま行くぞ」
三人で一気に走り、途中血溜まりになっている最初に襲われたところを通り過ぎて出口に辿り着く。
入り口と同じような形をした出口にツツが手をかけて、俺はその手を上から握ってツツを退かして扉を開ける。
俺が軽く身構えていると数人の試験官が驚いた表情を浮かべていた。敵ではないことを反応から確認した後、前に進み大男の試験官の前に出る。
「何かあったのか」
そう尋ねる大男の試験官の胸ぐらを掴み、腕の力だけで持ち上げて壁に押し付ける。
「……俺達を案内した試験官ふたりに殺されかけた。いや、ひとり殺された」
大男は始めは俺の手から抜け出そうとしたが、俺の言葉を聞いて驚愕に目を開く。
遅れて入ってきた二人は俺の姿を見てギョッと目を開くが、掴んでいない方の手で止める。
「明らかにこの中の誰か個人を狙って殺そうとしていた。……偶然とは思えない。どうやってパーティを決めた」
「ッ……落ち着け、話を聞かせろ」
大男は俺の服が銃弾を受けた痕や燃えた痕があることに気がついたのか、俺に持ち上げられたまま話そうとする。だが……これは後回しにできない。
「聞いているのは俺だ。今、俺はお前達のことを疑っているし、身を守るためにハッキリとさせておく必要がある。どうやって決めた」
「……試験官を担当している奴が「この受験生達を担当したい」と選んでいる。全員普段は他の迷宮で探索者として働いていて、当然どこかのパーティや会社に所属している。ここの試験官をするのは金銭の目的よりも、そうやって知り合いになった初心者の探索者をスカウトするためだ」
つまり、普段から試験官が自分の組織にスカウトしたい受験生を選んでその人の担当をするということか。
そのやり方には納得が出来るし、俺達を襲ったふたりがピンポイントでツツのいるこのパーティの担当をしていたというのも分かる。
ゆっくりと大男を下ろしてから、深くため息を吐く。
「名前は知らないが、一緒のパーティだったおっさんは試験官に撃ち殺されたぞ。試験中の出来事だし、試験官がやったことだ。責任がないとは言わせない」
「……事実関係を確認する必要がある」
「試験官は多分、もう逃げたぞ。迷宮の中に隠し扉があって、おそらくそこから中層を経由して別の場所に逃げたはずだ」
「この迷宮に中層につながる道は……」
「あった。見つけた。後で地図に場所を書き記してやるから。そこをスコップか何かで掘り起こせば見つかるはずだ」
息が切れているふたりを見てから、出口を塞いでいる奴に手振りで「そこを退け」と示す。
そいつは大男に目をやり、大男は頷いて俺達を通すように手を動かす。
「話をする分には構わない。というか、警察も来るだろうから帰れないしな。だが、少し疲れた。人に襲われたばかりであまり大勢に囲まれたくない。東……待たせてる奴も心配してるだろうし。は……家族にも連絡したい」
そう言ってからもう一度振り返って二人をこちらに来させる。
試験官の間を通り抜けていく。入り口と出口が違うために道は分からなかったが簡素な貼り紙の案内があったのでそれに従って歩いていくと東の待つ広間に着く。
俺がホッと息を吐き出すと、ツツがキュッと俺の手を握って歩く脚を止める。
「ありがとうね、ヨクくん」
「ん、ああ、俺がひとりで戦ったことか? そっちの方が勝てると思っただけで……」
「違うよ。いや、それもだけど……私達に気を遣ってくれてたでしょ? 揉めるの嫌いなのに、あんなに突っ張っちゃってさ」
「家族に電話したかったのも本音だ」
ツツは俺の言葉を聞いてクスリと笑みを浮かべてから「そっか」と口にする。
「なんだよ」
「何でもないよ。ヨクくんってかっこいいなって思っただけ」
からかおうとするなよ。俺がため息を吐いていると律儀に待っていたらしい東がパッと立ち上がる。
「あっ! 西郷くん! 心配しましたよ。平気でしたか? って、あっ!?」
東が慌てて俺の元に走ってこようとして、何もないところで脚をこんがらがせてずっこける。
俺が急いで東の元に行き、彼女の手を取って立ち上がらせると東は恥ずかしそうに顔を赤らめて俯く。
「す、すみません。脚が思ったより疲れていて」
「いや……まぁ、そうですか、無理しないでくださいよ」
東のドジを見て少し笑うと、心の中が荒んでいたのがほんの少しだけマシになる。
「もう、笑わないでくださいよ」
「悪い悪い。……ベンチに座りましょうか」
東と二人でベンチに座ると、東は俺の顔を覗き込んでぱちくりと大人の女性という顔立ちに似合わない表情を浮かべる。
「西郷くん、何かありましたか?」
「……えっ」
まさか東に見抜かれるとは思っていなかったため驚いて彼女の顔を見つめ返すと、心配そうな手つきで俺の手が握られる。
「……無理、しなくていいですよ? その、何があったのか分からないですけど、酷い顔色です」
「……そんなに表情出てますか?」
あまり顔に出ない方のつもりだったことや、東が少し抜けているところのある女性なことから、顔色で気が付かれたことに驚いてしまう。
東はコクリと頷き、それから俺の頭に手を乗せてヨシヨシと撫でる。
「……私は頼りないですけど、頼りないなりに……何度も助けてくれている西郷くんの力になりたいと思ってます」
「……今日会ったばかりの奴に、そんなこというのはどうなんだ」
「今日会ったばかりの人に、親切にしてもらいましたから」
東の表情は柔らかくて優しげだ。
「歳上とは思えない」と何度も心の中で考えていた言葉が呆気なく溶けてしまうほど、俺の頭を撫でる東の手つきは心地良いものだった。
「……少し、自分の無力さを思い知って」
咄嗟のことだった。ツツを庇って怪我をして体勢を崩したから。
だから……あのおっさんを助けられなかった。俺がもっと強ければ助けられた命だっただろう。
不安がるツツと星野の前で張っていた虚勢が解けて、口元が軽く震える。
「……頑張ったんですね」
上手く動かなかった間抜けな俺に、東は優しい言葉をかけてくれた。
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