呉越同舟×ギブ&テイクアウト

 言いたいことは、分かった。


「……けど、まぁ、ツツの態度はどうかと思うぞ」

「随分と常識的なことを言うんだね」


 俺はツツの手から手を離してため息を吐く。


「俺は今、初めて好きな人が出来て、その子のために頑張ろうかってところなんだ。教科書ペラペラめくってりゃ半日で終わるものを何年も学校に通うのが面倒ってのは分かるけどな。何もかも上手くいくってほどじゃねえよ。何回かフラれたしな」

「よく分からないよ」

「何もかも簡単というのは、思春期にありがちな勘違いだ」


 ツツはつまらさそうに唇を尖らせて拗ねたように言う。


「それ、ヨクくんが言う? 銃弾避けまくってた人が……?」

「最近、箸を綺麗に持つ練習をしてる。案外難しくて、気を抜くと長年の癖で変な持ち方になるんだ」

「へ?」


 驚いた表情のツツを置いて東の方に歩く。


「まぁ、多分俺も作戦が失敗したことで恨まれてるだろうし、安全のために協力するのもいいと思う……が」


 ツツは俺が友達になることを承諾したと思ったのか目を輝かせる。


「こっちはこっちで、色々厄介なの背負い込んでるんだよな」


 むしろ、多分こっちの方が厄介だ。

 直接敵対したのは今のところ九魔三頭という奴等だけだが、狙っている奴はその数倍あるだろうさ、潜在的な敵はもっと多いだろう。


 俺が少し困っていると、ツツは気にした様子もなく笑顔を俺に向ける。


「えっ、いいよいいよ。じゃあそっちの問題も手伝うよ。だから、友達になって一緒に遊ぼ?」


 子供っぽい安請け合いを聞いてため息を吐いて星野を見る。


「……星野、好きになる子の趣味が悪いな。お前」

「な、何がだ? 月とはただの友達だが」

「……おう」


 まぁ、星野がいいんなら別に俺はそれでいいけどな。

 それに比べてやっぱり初は可愛いな……何を話しているのか分からない感じで頭の上に「?」をたくさん浮かべているのがなお可愛い。


「星野はどうするんだ? これで懲りたとか、探索者になるのをやめるとか」

「いや、実際に巻き込まれたこと自体は初めてだけど、話は聞いたり、月が怪我してるのを見たりはしていたからな。実際に危ない目に遭ったからってヘタレるつもりはねえよ」

「……俺はヘタレたいから巻き込む前に言っといて欲しかったな」


 俺が少し文句を言うと、ツツは軽く笑う。


「まぁそっちの方のも助けるからあんまり怒らないでよ」

「……結構厄介だぞ? というか、住んでる地域違うだろ」

「引っ越しぐらいするよ。命の危機なんだよ? 家族も巻き込めないしさ」

「突然真っ当なことを言うなよ……」


 実際のところどうなんだ? 運動能力が高いのはこの目で見たし、体力も人並み外れてある、着ている制服からして少なくともかなり学力は高い、場慣れしていて物怖じしない……と能力面を見ると、少なくとも相当なハイスペックの持ち主である。


 ……が、人格面がびっくりするぐらい信用ならない。

 初対面の人間を相手にヘラヘラとしている姿や、人死が出ているのに変わらぬ態度。

 全体的に軽薄で刹那主義的な印象が強く「信頼出来ない」人間だ。


 ツツが言う通り、友人としては悪くないかもしれないが……この場合は友人というよりも仲間だ。

 どうするべきかと考えているとトントンと背中を触られる。


「いいんじゃない? 優秀そうだよ」


 手に衣類店のレジ袋を持った新子が気軽に言う。


「ありがとうございます。……早いですね」

「少し近道したからね。それより、アリだと思うよ」

「……いや、新子さんツツのこと知らないですよね」

「全く知らないけど、ヨクくんが迷うってことは頼りにはなりそうなんでしょ?」

「人手にはなりそうですけど、信用が……」


 と言いながらツツを見ると、彼女は「えー、酷いー」と言いつつも楽しそうにしている。


「初ちゃんがしようとしてることには協力者が必要だし、探すのめちゃくちゃ難しいよ」

「……いや、ツツもその場を凌ぐために協力しようって話ですし、ずっと仲間ってわけじゃないですよ」

「そうなの?」


 新子がコテリと子供っぽく首を傾げると、ツツは新子を見て怪訝そうな表情をする。


「……ヨクくんの妹さん……なんだよね? なんか不思議な雰囲気……。あ、うん、もちろん、この人生の暇潰しになるようだったらそのまま手伝ってあげるよ」

「……新子さん、今日、襲われたのはこのアホが狙いだったみたいです」

「へー、でも、敵が探索者なら多分敵の数は変わらないんじゃないかな?」

「……まぁ、それはそうかもしれませんけど」


 初の敵は「迷宮踏破のためなら法外な手段を使う探索者」のほぼ全てと言って過言ではない。ツツを狙っている奴と被っている可能性はそこそこ高いように思える。


「まぁ、先に着替えて食べて休みなよ。今すぐって話でもないしね」

「それもそうですね、最終決定するのは初ですしね」


 服を持ってからツツの方に目を向ける。


「ちょっと着替えてくるから、初と新子さんを東さんのところに案内してやってくれ、あと、簡単な説明もしといてくれたら助かる」

「ん、了解」


 服を持ってトイレの方に歩きながら、女性四人のところに星野を一人だけ残していくのは少し可哀想かと考える。


 ……さっきの話、ツツじゃなくて星野ならまだそこそこ信頼出来たんだがな。

 危ない時に落ち着いていたのは星野もだし、迷宮から脱出してからの気落ちしている様子も普通で安心感がある。


 咄嗟の時に一人で逃げずに俺とツツを引っ張ったりしてたし……星野の方は裏切ったりしないタイプだと思う。


 トイレで着替えようと服を取り出すと、ジーンズと何かのアニメキャラがデカデカと描かれたTシャツが入っていた。

 ……ジーンズはいいけど、このTシャツのチョイスはなんなんだ……?


 服と一緒にウェットティッシュも入っており、新子に感謝しながら服を脱いで全身を拭って血と泥を落としていく。


 俺の服はもう使い物にならないな。肩に巻いていたツツのタイツも……洗っても血は落ちないだろう。黒色だからそんなに目立たないかもしれないが……。


 考えながらタイツを広げる。トイレで女性もののタイツをまじまじと見てるの変態っぽいな……。


 着替え終わった後、レジ袋に血に濡れた服を入れて外に出て初達の元に向かうと、ベンチに座るツツの前に試験の関係者が立っていた。

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