残念なお姉さん×試練の洞穴

 俺がため息を吐くと東は不思議そうにコテリと首を傾げる。


「どうかしたの?」

「あー、俺も東京に住んでるから近いなと思いまして」

「えっ、奇遇だー」


 東は俺に慣れてきたからか徐々に敬語が外れ始めて笑顔がふにゃふにゃと柔らかいものに変わっていく。

 年上で整った顔立ちをしているのに、中身や表情の作り方のせいで美人という印象が全く出てこない。すごい。


「まぁ東京と言っても広いですし、公共交通機関が死んでいて路面がぐちゃぐちゃなんで、よほど近所じゃないと実際にはかなり遠いですよ」

「じゃあ近くに引っ越すよ。まだまだ家とか決めてないしさ」

「あー、それなら……えっ、本気ですか?」

「えっ、もちろんですよ?」


 東の言葉を聞いて思わず聞き返す。

 今日そこそこの時間を一緒にいたとは言えども、会って数時間の男のところに引っ越すとか……マジか、こいつ……マジなのか……!?


 東……ナンパとかされたら速攻でついていきそうだな。


「東さん……その、お菓子あげるとか言われても知らない人についていったらダメですよ?」

「へ? うん、ついていかないよ」

「あと、合格して引っ越すことになったら連絡してくださいね」

「え……う、うん」


 俺が念押しすると、東は少し照れ臭そうに頬を赤らめる。今更俺に奢られたことを恥ずかしがっているのだろうか。


 会場に戻ると一次試験では見なかった顔が数名増えていた。

 おそらく昨日以前の一次試験合格者が、一度落ちたか、体力の問題で日程をずらしてきたのだろう。


 しばらく試験官を待っていると、トイレから封印されていた闇の受験生が出てくる。もしかしたら緊張したらトイレが近くなるタイプなのかもしれない、闇の受験生は。


「あ、私ここにいたら邪魔ですか?」

「あー、まぁ勘違いされないように少し離れな方がいいと思いますけど……あ、でも迷子にならないように建物からはあまり離れないでくださいね。荷物の置き引きもあり得ますし。あ、小腹が空いたとき用にお小遣い渡しときましょうか?」

「……西郷くん、私をなんだと思ってるんですか?」


 残念なお姉さん……かな。

 荷物を持って東と少し離れたベンチまで行ってからベンチに荷物を置いて元の位置に戻ると先程の大男の試験官に加えて数人の試験官らしき人がくる。

 服装は丈夫そうな少し汚れた格好で、腰には各々別の武器が下げられていた。


「あー、とりあえず簡単に説明をして、それから班ごとに分かれて詳細を教えていくが、とりあえずこれ」


 大男の試験官が近くにいた俺に渡したのはファインダーで挟まれていた紙で、名前を記入するな箇所がチラリと見える。


「死んでも文句を言いませんって同意書だ。しっかり読み込んで問題なければ名前を」


 物騒な……と思いながらも一通り読んで名前を書き込むと、他の人はロクに読みもせずに名前を書いたらしく一番最後になっていた。


「まぁ実際のところこのダンジョンでは死人が出たことはないけどな。でも、被害者第一号になる可能性は十分にある。ダンジョンでは何が起こるか分からない。……と、脅しはここまでにして、説明をするか」


 大男が代表して説明したあと、俺とツツと星野の三人に加えおっさんの受験生が一人と二人の引率の探索者の六人で集まり、引率の探索者によって詳細を説明される。


 本当に見て回って終わりだそうで、魔物も現役の探索者が対処してくれるらしいので歩いていればいいだけらしい。


「まぁ、ここは浅層だけしかなくて魔物もほとんど出ないし、脱出口も近いからあまり緊張しすぎて変なことをしないようにね」

「浅層だけ……の迷宮ですか?」

「そうそう。だから間違って危ないところに落ちたりしないから安全だよ」


 模倣の廃廊以外にそんな迷宮があるのか。……父の研究を一部だけ見たが迷宮は人類に迷宮を攻略させようという意図がある。

 だから基本的に途中で道がなくなるというのは珍しい。まぁそんな珍しい迷宮だから試験会場に使われているのだろうが。


 星野は俺が考えているのを見て「ビビってるのか?」と煽ってきて、それを俺が聞き流そうとするともおっさんの受験生が舌打ちをする。


「チッ……緊張感のねえガキ共がよ。運わりいな」


 それを聞いた星野は分かりやすく苛立った表情を男に向ける。


「あー、ほら、星野くん落ち着きなよ」


 ツツは仕方なさそうに星野を宥め、星野は言い返すことを控えるが不満そうな表情をしている。空気悪……。

 と思っていると、おっさんは俺とツツに目を向けて鼻で笑う。


「普段着で来るとかなめすぎだろ。やる気ねえなら帰れよ。クソガキが」


 喧嘩を仲裁しようとしていたのに暴言を吐かれたツツは少しムッと表情を歪める。


「……はあ、まぁ言いたいことは分かるけどさ、わたし達とは同じ立場なんだから弁えた方がいいよ」


 男は煽るように「はあー」とため息を吐いてそっぽを向く。

 どうにかしろよこの空気……と思って試験官の二人を見ると、一人はおっさんに注意するか迷ったような表情を浮かべていて、もう一人は揉め事の間口を開いていない俺のことを何故だか眺めていた。


 その試験官は俺と目が合った瞬間すぐに目を逸らしてからゴホリと咳き込む。


「あー、ではそろそろ迷宮に向かおうか」


 そう言う試験官の男について歩くと試験官の靴に微かに付着していた乾いた泥が床に落ちて、おっさんの靴がそれをザリっと踏みしめる。


「知っての通り迷宮は多種多様な環境があり、多種多様な魔物が生息している。例えば銃火器などは強力だが一部の魔物には効果が薄く、むしろ古い剣の方が有効な場合もある。服装もこういった硬い素材の服や安全靴の方が良い場合も多いが、広がったり深かったり暑かったりと、環境によって適切な格好は違う。今回の迷宮【試練の洞穴】を短時間だけ潜るならこういった服装が向いているわけだ」


 試験官は黙っていたら揉めると判断したのか他のパーティではしていないような話をしながら扉を開けて階段を降りて地下に向かっていく。


「…….建物の地下に迷宮か」


 そう口にしながら階段を降りるとボロボロの鉄製の扉があり、試験官がそこを開けて全員でくぐると、俺の背後で扉がガチャリと閉まる音が聞こえる。振り返って扉を開けようとするが開く気配がない。


「と、このように……基本的に迷宮は出口と入り口は別にあるから、準備を怠らないように」


 試験官がそう言うとおっさんは自分の言葉が肯定されたと感じたのか俺とツツを見て鼻を鳴らす。


 ツツが怒ったら止めようと身構えていると、ツツはおっさんの方に目を向けることもせずにぼうっと周りを見回していた。


「……洞窟……光源がないのに明るい」

「あ、今回はスキルの取得はなしでいきますよ。まだ皆さんは探索者の資格を持っていないので」


 スキルを持っていることを誤魔化すのが面倒だったからスキルの取得がなしなのは助かったな。


 ツツが感動の表情でキョロキョロと周りを見回していると、星野がツツの手を引っ張る。


「ほら、試験官について行くぞ」

「あ、うん」


 試験官の一人が一番前、もう一人が一番後ろで受験生を守るような形で洞窟の中を歩いていく。地面は洞窟のはずなのに平坦で歩きやすい一本道だ。

 初心者向けというのがよく分かるな。この分なら安全に追われるだろう。


「このまま歩いて行ったら終わりなんですけど。一応魔物は最低一体見てからって決まっているので、もし見つからなければ少し周りをぐるぐる移動しますね」


 ……何か違和感を覚える。発言におかしいところはないはずだが……何か妙な嫌な予感が脳裏を掠める。

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