違和感×殺人

 違和感の正体を探るために考えていると、ツツが俺の肩に手を置いて背伸びをしながら耳元に唇を寄せる。


「考え事してたら危ないよ?」

「ああ……悪い」

「何かあったの?」


 ツツとヒソヒソ話をしていると、星野が苛立った様子で俺の方を睨む。……そういや、魔物を発見するためにうろちょろと動いているのに他のパーティを見ないな。


「……ツツちゃん、地図とか持ってないか?」

「この迷宮の? 一応持ってるけど、広げながら歩くのは危ないと思うよ」


 ツツから地図を受け取ってそれを見て、今までの足取りを思い出して地図とそれをすり合わせて道順を確かめる。


 全面ここと同じような硬い地面か。この迷宮にぬかるんだ場所がないとしたら……試験官の靴についていた泥は別の迷宮で履いていたときに付いたのだろうか。

 安全靴だし普段使いはしていないだろうし、最近は雨も降っていないのでそこらへんの街中で付いたわけではないだろう。


 靴に泥を落とすことすらしていない割に、服は綺麗なもので、被っているヘルメットも傷こそあるが手入れされているのが分かる。


 試験官の格好が少しばかりチグハグに見えて、違和感がより強くなっていく。


「……本当にどうしたの?」

「いや……大したことはないんだけど……何かおかしい気がする」


 進んでいる道は変だし、他のパーティと合わないことも、どうにもおかしく頭の中に納得出来る答えが出てこない。


「まぁでも、大丈夫でしょ。あとちょっとなんだしさ」

「まぁ……そうだな」


 答えが出ないことに警戒していても仕方ないか。案外試験官が少し抜けた人だっただけとかの可能性もある。


 実際、俺の嫌な予感は外れていたらしく何かがあるわけでもなく迷宮を進んでいく。何もないならそれが一番だろう。


 そう考えていると魔物が岩陰からノソリと姿を現す。岩肌に紛れるような色合いと形のオオトカゲ。以前俺が迷い込んだ迷宮の影人と比べて威圧感がなく「大した相手ではない」と一瞬で判断出来る。


 ゴクリと、星野が唾液を飲み込む音が洞窟の中に響く。


「じゃあ、この岩石トカゲを倒すから、目を逸らさないようにね」


 前に立っていた試験官の男が盾と銃を構えつつそう言い、全員が一様にその戦いをジッと見守る。


 試験官の男に言われた通りにその戦いに集中し……その瞬間に、全体の指揮をしていた大男の試験官を思い出す。


 一次試験の評価項目のひとつに「試験中にある違和感に気がつく」というものがあった。

 それはどこから襲われるか分からない迷宮探索で生き残るのに必要な要素である。


 なのに、この試験官は……その評価項目を知っているはずの試験官が「目を逸らすな」と言うのは、おかしい。


 だから……俺の視線は「誰も見ていない背後」に向いた。


 そして俺の目に写ったのは、俺の頭上に振り下ろされようとしている大鉈の鈍い鉛色の刃だった。


「──ッ!」


 気がつくのが遅かった。

 引いても当たる距離、避ければ大きく体勢を崩す位置、何度かの戦闘を得て覚えた勘に従って引くのでも避けるのでもなく、地面を蹴って大鉈を振り上げている試験官に突撃をカマす。


 背後からの攻撃に反撃されると思っていなかったのか、試験官は俺の突撃にマトモに反応することが出来ずに地面に大きく倒れ込んだ。


 スキルによって起きあがろうとした試験官の体に鎖が巻き付いて拘束される。


「えっ、な、何!?」


 ツツが突然の背後からの物音に気がついて振り返る。ツツはその光景と俺の目を見て驚きに目を開きながらも何かあったと即座に理解して身構えた。


 だが──。


「ツツッ! 違う・・ッ!!」


 ──構えるべきは、こちら側ではない。

 試験官の男が襲って来たということは、もう一人の試験官もグルだ。


 ツツの背後にいた試験官は魔物を無視して半身をこちらに向けて銃口を俺達へと向けて引金を絞る。


 ツツの身体を地面に押し倒すようにして突き飛ばし、鼓膜をつんざくような音が遅れて洞窟に響き渡った。


「……えっ、へ?」


 俺に押し倒され、何が起きたのか分からないらしいツツの顔に赤い血がボタボタと流れ落ちる。

 銃弾が俺の肩を掠めたことに気がつくが、不思議と痛みは鈍く、思考を遮ることはない。


 星野は俺から数秒遅れて事態を理解したのか、倒れている俺とツツを引っ張って岩陰に飛び込む。


「な、何が起き──」


 一人、完全に反応が遅れた受験生の男はアタフタと動く。試験官の銃口が向けられていることにさえ気がついていなかった。


 助けようと岩陰から飛び出そうとしたが星野の腕が俺の首をガシリと締めて制止する。その次の瞬間、再び洞窟の中に銃声が響いた。


 一秒、二秒と不思議な静寂が発生し、隠れていた岩陰に、じわりじわりと血が流れてくる。


 岩陰から顔を出して覗かなくとも分かる。分かってしまう。この血は……先程まで俺たちに毒吐いていた男のものだと。

 うめき声すらもないということは……即死だろう、と。


「チッ……勘のいいガキがいたか」

「何ミスってんだよ。素人のガキ一匹相手に背後から奇襲しといて」

「お前も一発外してんじゃねえか。というか……スキルを使っていたぞ。護衛か何かが忍び込んでたんだろ」

「チッ……面倒くさいな」


 また護衛と間違えられている……。

 銃弾を掠めた肩を抑えながら荒くなっていた息を整える。


 今は岩陰に隠れているため追撃をされていないが、飛び出た瞬間に撃たれるのは間違いないだろう。


 何故唐突に襲われたのか分からないが……護衛と勘違いされているということは、星野かツツ、それに一応撃たれたおっさんの誰かが命を狙われていて、殺す場所としてここを選んだということだろう。


 全員殺されそうになっているのは口封じのためか。


 命乞いは意味がないな。二人がパニックになって馬鹿なことをしなければいいが……そう考えて二人に目を向けると星野は懐に隠していたらしい小刀を構えて、ツツは口元に手を当てて息を殺していた。


 ……二人とも命を狙われる心当たりはあるようだ。どこか慣れを感じる仕草に「巻き込みやがったな」と文句を付けたくなるが、迷宮の中で油断していたことを思うとこうなるとは考えていなかったようだ。


 わざと巻き込んだわけじゃないなら仕方ない。

 そんなことよりも……どうするかだ。ぺちゃくちゃと二人と相談するような時間はないし、物陰から飛び出して逃げるのは相手が銃を持っている以上難しいだろう。


 今、襲い掛かって来ていないのは「逃げたところを撃つ」方が確実だからだ。

 ふぅ、と息を吐き出してから、撃たれた肩を抑えて二人を見る。


「……この位置関係だと逃げても迷宮の奥にしかいけないが、とにかくこの場を離れる必要がある」

「……それ、大丈夫かよ」

「大丈夫じゃないが、俺は妹のところに帰らないとダメだからな。……俺は死んでもいいが、妹を泣かせることだけは許されない」


 痛みを堪えて息を整える。

 唯一の家族だった父が死んだばかり、大切な思い出の詰まった家が燃やされた。その上、新しく出来た家族も死ぬなんて、到底……あんな優しい女の子に味合わせていいようなことじゃない。


 初のため、初のため、俺は絶対に死ねない。撃たれた肩から手を離して、近くの石を握り込んだ。

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