奢り×東京

 コーヒーを飲みつつ、まだ食事が届いていないツツ達の方に目を向けると、ツツの友人の男が少し俺を睨んでいることに気がつく。

 どうかしたのかと視線を返すと彼は少し眉を顰めながら無愛想に口を開いた。


「お前さ、役に立つのか?」


 わざとらしい無礼な言葉に少し驚くと、俺の反応が望むものだったのか少し声を低くさせて威圧の様子を見せる。


「二次試験は四人一組だ。足を引っ張られると困る。どうなんだよ?」

「星野くん、失礼だよ。一番で合格したぐらいなんだし」


 ツツが諌めると星野と呼ばれた男は余計に気を悪くしたように口元を歪める。


「それはただの俗説だろ。実際どうか分かんねえし、実際……月の方がだいたいの競技で上の成績だったろ。持久走なんかドンケツだぞ、こいつ」

「多分、競技によって評価点は違うと思うよ。柔軟よりも筋力が測れる競技が偉いとか、そういうのがあるんだと思う」

「だとしてもだな……」


 随分と俺に突っかかってくるな。適当な奴が入るのよりかは歳も近くて良いと思うが……。と考えているとツツ達の元に軽く食べられるような食事が届いて星野が率先して配膳を手伝っていく。


 俺に対して攻撃的ではあるが、あまりガラが悪いようには見えないというか……口調の割に育ちの良さが垣間見える。

 お嬢様校に通っているツツの友人であることを考えると当然と言えば当然だが、その割に俺の態度が妙だし、ツツも星野の様子を見て少し不思議そうにしている。


 遅れて東の元にも食事が届き、東は料理を食べる前に少し同情したように俺に目を向けた。


「西郷くんも大変ですね」

「……何がだ? ……ん、ああ、そういうことか」


 東に遅れて気がつく。おそらく、ツツが俺を気に入った様子を見せているので星野に嫉妬をされているのだろう。


 そう言えばツツが俺にキスをしてあげると言ったとき、露骨に不機嫌そうな顔をしていた。

 面倒くさいやつだと思いはするものの……つい最近恋というものを知った俺からすると気持ちはよく分かる。


 初はツツと違って大人しい子だからありえないが、もしもツツのようなことを他の男に言ったら俺も同じように不機嫌な態度を取ったことだろう。


「星野」

「なんだよ」

「とりあえずよろしくな」

「……なんなんだよ、お前」


 ゆっくりとコーヒーに口をつける。

 少し前の俺だと無愛想な星野に苛立っていたことだろうが、今の俺は違う。意中の女の子に他の男が近寄るのが不快な気持ちも分かるし、何より今の俺には初がいるのだ。


 彼女持ちの余裕である。……あれ? 今更だが、初って俺の恋人なのか……?

 俺と初が両想いだというのは何があろうと間違いなく事実であるが、よくよく考えてみると具体的に関係を確かめたりはしていない。


 そもそも出会ってから一週間であり、その間ずっとごちゃごちゃとしていたため、関係性を話し合うような機会はなかった。


 結婚を前提としているから婚約者? いや、結婚と言えども事実婚をしようということなので婚約者というのも違う。


 ……もしかして、現状堂々と名乗れる初との関係って兄妹だけなのか?


「どうしたの? 西郷くん」

「いや……なんか考えてたら落ち込んで」


 初に「付き合ってると思っていいのか?」と尋ねるのはダサいし、デートでもして告白し直す……のは、父が亡くなって家がなくなったあとの初には不適切か。


「あー、東さん喫茶店出たらどうします? 一旦荷物をコインロッカーにでも入れたら多少自由に動けると思いますけど」

「あ、いいよ、会場で待ってます。動き回る体力ないし」


 結構な時間待たせることになりそうで申し訳ないな。と思っていると、東は俺の様子を察したようにニコリと笑う。


「それに、西郷くんが合格したら一番にお祝いしたいですからね」

「……そうか。ありがとうございます」


 俺は最初に祝われるなら初がいいけど断ったらあまりにも感じが悪いか。 


「それで星野。俺は世話になっている人に昨日勧めらて試験を受けにきたんだが、その人の説明がものすごく雑で試験内容についてほとんど知らないんだけど、どういう試験なんだ?」

「昨日って……大丈夫かよ」


 星野は呆れたような表情を浮かべて、むすりとしているツツに目を向けてから口を開く。


「あー、二次試験は試験官の指示に従って歩けば合格らしい。実質的な試験は一次試験だけで、二次試験は実際に入ってみてやっていけるかどうかを自分で考えろって内容だとさ」

「じゃあ足を引っ張るも何もねえじゃねえか」


 俺が思わず突っ込むと星野は図星を突かれたように「うっ」とした表情に変わって俺から目を逸らす。


 コイツもなんか残念なやつだな……一次試験に通っているので体力はあるだろうが……なんか、こう……。


 そう考えているうちにみんな食事を終えたので東の荷物を持って俺も立ち上がる。

 東は会計をしようと財布をバリバリと音を立てて開く。


 マジックテープか……。会計の様子を眺めていると、東は財布の中を見て涙目になりながら俺を見る。


「さ、西郷くん……」


 しかも金が足りないのか……。仕方なく財布を開けながら会計のところまでいき、不足分を支払う。

 奢ってもらうどころか高くついたな……。


「ご、ごめんね?」

「いや、いいですよ。それより、帰りの交通費ありますか?」

「…………」


 東からの返事はなく、かわいそうな涙目が返ってくるだけだ。


「……ここ、俺が出しておきますよ」

「ご、ごめん……」


 喫茶店から出ながら東の方を見る。疲労もあるのだろうがふらふらとした様子で、いかにも頼りない。


「東さん、これからも探索者の試験受けます?」

「あ、うん。また体力付けたら来ようかなって思ってますよ! 目指せ脱サラ探索者です!」


 東は胸の前に両手をやって小さくガッツポーズをする。

 絶対に向いてない……他人の俺に止める権利はないが、間違いなく不向きだ。


 どうにも放っておけず、呆れながらも東の方を見てしまうと、彼女は「にやーっ」と笑みを浮かべて俺の方に視線を返す。


「私は会社を辞めて田舎で探索者をしながら悠々自適にスローライフを送るんです!」


 東はそうアホみたいな夢を宣言する。そのあまりにも堂々とした様子に思わず「お、おう」となってしまう。


「田舎の迷宮って……東京の方のですか?」

「あ、はい!」


 元気よく返事をする東を見て喫茶店から出たばかりの空を見上げる。


 ……全く意図せずの邂逅だったが……長い付き合いになりそうだな。

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