電話×喫茶店
人と食事を共にするのは嫌いだ。
育ちの悪い俺は色々な所作が粗雑であり、食事の場だとよりそれが顕著に出る。というか……向き合えば俺のそれが見えやすくなるというだけの話だ。
だから食事はしなくとも複数人で喫茶店に行くこと自体が憂鬱だった。道中で隠れて吐き出したため息をして、ポケットに突っ込んだ手でビー玉の感触を確かめる。
ああ、流れ上仕方ないとは言えどもしんどいな。帰りたい。帰って初とお話をしたい。
今から他の人と一緒に食事をするというだけで非常に憂鬱だ。奢られないと東がこっちを頼ってくれないから仕方なく一緒に行くけど……。
というか、荷物持ちをするために人と食事をするという嫌いな行為をするって、俺からしたら損に損を足し合わせていて最悪なのではなかろうか。
正直、一緒に喫茶店も荷物持ちもやりたくない行為で、非常に憂鬱な気分だ。でも東はなんとなく頼らなくて放っておけないよな……お姉さんぶられているけど、助けないとと思ってしまう。
「ヨクくんはどこの高校?」
「えっ、あー……」
急に話が振られて少し考える。嘘を吐く意味はないと思ったが、勘がいい探索者に東京に住んでいることがバレたら西郷という名前もあって親父と結びつけられかねない。
一応は警戒の意味を込めて転校前の高校を教えると、ツツは驚いた表情を浮かべて俺の顔を見る。
「ええっ!? あそこってめちゃくちゃ頭いいとこじゃんか! ヨクくん賢いんだ……えっ、意外……」
「意外って……会ったばっかだから分からなくて当然だろ」
「いや、ヤンキー高校かと」
「どういう意味だ」
ため息を吐いて、ポケットの中のビー玉とスマホに手を触れる。昼休憩の時間には、初と電話とかするつもりだったんだけどな……。
こうして数時間離れる程度で寂しがるなんて馬鹿みたいだと思うけど、それでもやっぱり初が恋しい。初と離れていると、彼女と出会う前の何も持っていなかった自分に戻ってしまうような気がしてしまう。
ああ、いや、それはただの言い訳か。
……多分俺は初がいないのがただ寂しいだけだ。
「……西郷くん、どうかしましたか?」
「あー、喫茶店に着いたらちょっと電話していいか?」
「あ、さっき言っていた好きな子ですか?」
「……妹にだ」
まぁ好きな子というのも正解だけど、正直に頷くと面倒くさそうだからな。
初と電話出来ると思うと自然と足取りが早くなり、喫茶店に着いたらすぐに東の荷物を下ろして外に出る。
ほんの少しの緊張をして息を整えてから初に電話をかける。数回目のコール音の途中に電話が繋がる音が聞こえて初の可愛らしい声がスマホから発せられた。
「あ、もしもし兄さん、えっと、どうかされましたか?」
「あ、いや……悪い、時間大丈夫だったか?」
「あ、は、はい」
少し初の言葉や声色が固い。電話をかけたのは迷惑だっただろうかと思っていると、電話の奥で新子の「気にしなくていいよ」という声が聞こえて、それからパタパタと動く音が響く。
「あ、すみません、お昼を食べていて……」
「ああ、かけなおそうか? いや、というか、別に用事もなかったからこのまま切っても大丈夫だが……」
「いえ、大丈夫です」
「昼食が冷めないか?」
「平気です。それより、兄さんは午後から二次試験ですけど大丈夫ですか?」
初は俺が一次試験に落ちるということは想像もしていなかったのか、そんなことを尋ねてくる。
「ああ、平気だ。それより初と話したくてな」
そんなことを口走ってから、自分の発言が妹を相手にするようなものではなく非常に気持ち悪いものであることに気がつく。
「えっ……」
「あ、あ、いや。違うぞ。変な意味ではなくてな、その……ほら、家具の話とか……な?」
俺が慌てて誤魔化すような言葉を言うと、電話越しの初は少し寂しそうな声色に変わる。
「変な意味では……ないんですか?」
初の声を聞いて気がつく、どうやら俺は可哀想なものには弱いらしく、否定する語気が思わず緩くなる。それから一瞬だけ逡巡して、羞恥で自分の耳が赤くなるのを感じながら自分の言葉をまた否定する。
「……変な意味も……まぁ、含む」
「ど、どっちなんですか?」
「……まぁ、その……初の声は聞きたかったよ」
「えへへ、そうですか。兄さんはご飯食べましたか?」
喫茶店の方に目を向けてから口を開く。
「あー、なんか歳の近い人に誘われて飯を食いに来てるけど、人前で食事はしたくないから飲み物を飲むぐらいかな」
「えっ、お昼抜くんですか? ダメですよ」
「いや……でも……」
電話越しの初は仕方なさそうに息を吐いて、叱るような声色に変わる。
「もう、じゃあ兄さんが帰ってきたらすぐにお夕飯にしましょうか」
「ああ、そうしたい」
「ちゃんと慣れてくださいね。これまで学校とかどうしてたんですか?」
「屋上とかで隠れて……」
「まったく……兄さんは意外に甘えんぼです。私と一緒じゃないとご飯食べたくないとか、休憩時間になったら電話をかけるとか」
初は呆れながらもどこか喜色を馴染ませる声を出してクスリと笑う。
「あー、ごめんな。昼飯食ってるときに電話して」
「いいですよ。えへへ、私も意外と甘えんぼみたいですから」
少しお互い笑い合ってから電話を終えて、喫茶店に戻る。
初と話していたら元気が出たな。喫茶店に戻ったところで、四人がけの席でポツンと座っている東と隣の四人がけ席で盛り上がっているツツ達を見つける。
……東……俺と同じボッチの空気感を発しているな……。いや、分かるよ。年下の子達が話しているところに入るのって無理だよな。分かる分かる。
荷物のこともあるので東の前に座ると、東はパッと表情を明るくして俺が読みやすいようにメニューを広げる。
「西郷くん、何食べますか? このパスタ期間限定だって」
「あー、コーヒーで」
「若いんだからご飯食べないとダメですよ?」
「いや……あまり運動の前後に食べたくないので」
俺が断ると東は露骨に寂しそうな表情をして俺の方に向く。
「……食べないの?」
「食べません。本当に気にしなくていいですよ」
店員にコーヒーだけ注文して、楽しそうに話している隣を見る。ツツの友達の女の子はひとりだけ落ちたというのに空気は柔らかく本当に嬉しそうだ。
いい友達なんだろうな、と思う反面、そういう「良い雰囲気」は俺には少し合わなさそうだ。
そんなことを考えているとツツは俺の方を見てニコリと笑う。
「二次試験頑張ろうね」
「それはいいんだが……三人だと一人足りないな。どうするんだ?」
「試験側が割り当ててくれるよ」
若者三人のところに突っ込まれる人が少し可哀想だな……と、思う反面ツツともう一人の男の三人よりかは幾分か気がマシだ。
届いたコーヒーに口を付けて一息吐き出し、何故か「おお……ブラックだ……」と東に感心される。
さては東……アホだな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます