来訪者×嘘

 初とこれまでのことやこれからのこと、好きなものや嫌いなもの、一緒に生活をする上で気をつけて欲しいこと、とりとめもなく色々なことを話しながら、一緒に夕食を作る。


「……兄さん、ここにきてよかったですか?」

「ああ、もちろん。俺が初と一緒にいられて嬉しいというのもあるが、初を支えられてよかった。……料理とかも覚えないとな」

「包丁の持ち方めちゃくちゃ危なっかしいですからね。何故か綺麗に切れてますけど」


 そう言えば、こうやって材料を切ったりするのにはスキルが発動しないんだな。

 まぁ、歩いたり走ったりした時にも当然床に衝撃はいっているわけだが床が鎖に縛られたりはしないし、おそらく何かしらの条件……例えば「俺が攻撃をする」という意思の有無などが関係しているのだろう。


 そんなことを考えていると、初が食後に食べる予定のリンゴをうさぎ型にしていた。


「おお……うさぎだ」

「兄さんって喜ぶところのポイントが幼稚園児みたいですよね」

「いや、昔羨ましかったのを思い出して……」


 そう言い訳して初に笑われていると、不意にピンポンと音が鳴る。


「あれ? ミナミちゃんでしょうか。それとも近所の人が心配して……」

「……いや、ミナは飯時だから違うだろ。……常識的に考えて、普通、今は来ないだろう」


 そうなると考えられるのは、例えば今やっと到着した人とか……。協力者の女性ということはない。

 このタイミングで来るのなら、おそらくは……九魔三頭の奴らだろう。


「……初、一応隠れて……いや、一緒にいた方がいいか」


 最悪の場合、いむさんが到着するまで廃廊に閉じこもればいい。

 そう考えながら玄関に向かい扉を開く。


 見覚えのない男達。ほとんどここの住民を知らないのだから近所の人の可能性もあるが、一般人というには体格が良くて筋肉質である。


「九魔三頭、幹部の柳下です。先日は部下がご迷惑をかけ……」


 明らかに俺をなめている視線を向けながら男の中の一人は頭を下げる。他に二人の男が後ろにいるが、会釈をする様子すらもない。


 初を庇うために一歩前に出て、深くため息を吐く。


「暴行を受けた被害者のところに突然大勢で押しかけるというのは、まぁお行儀がいいことで」


 俺の言葉を聞いた後ろにいたうちのひとりが苛立った様子で前に出ようとして柳下に手で止められる。


「一応先に言っておくと、菓子折りとかはいらないからそのまま持って帰れよ。というか、今は飯時だぞ。改めて明日にでも来いよ」

「いえ……そういうわけには……ね? 謝るぐらいは構わないでしょう、ね?」


 男は俺を脅すように一歩前に出る。

 やはり、話し合いとは言っても脅迫混じりか。


 俺は引くことをせずにまっすぐ男の顔を見据える。


「……別のところで聞こう。葬式やらなんやらで忙しくて家の中が汚れているんだ。近くに定食屋があるから、そこで」


 中には入れないと伝えると、それは想定内だったのか男は頷く。

 初の方に目を向けて、大丈夫と伝えるように笑みを浮かべると、初は少し安心したように頷く。


「初も行くよな」

「は、はい」


 ひとりで置いて行かせる方がよほど心配だ。

 ゆっくりと頷いた初を連れて外に出ると、春の夜の風が少し体を冷やすのを感じて初に「上着着てきた方がいいんじゃないか?」と提案すると、初はパタパタと部屋の中に戻っていく。


 その中で、俺は男達に対してため息を吐く。


「……別に完全な没交渉って訳でもないのに襲ってきたのはそっちだろうに。信用出来るかどうかは重要な観点だ」

「それは申し訳なく……」

「そうじゃなく、信用を見せろという話だ」


 こんな話に意味はない。だが「絶対に交渉をしない」と断言したら再び武力でこられるからだ。

 単純に揉めないようにして、少なくとも明後日の朝までは先延ばしにさせる。


「……具体的に聞いても?」

「少なくとも飯時に押しかけてくるな。そもそも自分たちを襲ってきた奴が家に来るとか普通に怖いだろうが」


 俺の言葉を聞いた柳下はほんの少し苛立ちを見せる。

 まぁ柳下からしたら「簡単に撃退しておいて何とぼけているんだ」という具合だろう。


「ハッキリ言って、信用は一切出来ていない。金を受け取ったとしてもその金を奪われるんじゃないかと疑っているし、それなら別の信頼出来る連中に売りたいと考えている」


 売りたいや金という言葉をチラつかせて状況によっては交渉出来るのではないかと思わせようとするが、どれほど効果があるのかは不明だ。

 そもそもこいつらからしても突然湧いて出てきた西郷初の兄の存在は信用出来ないものだろう。


「……他の連中か」

「別にこれといって当てがあるわけでもないが、お前らが時間を置かずにすぐさまきたことを考えると、他の競合する連中を出し抜いて独占するためだろ」


 俺の言葉は正解だったらしく、柳下の視線はより怪訝そうなものへと変わる。正解した方が疑われるの若干理不尽だな。と思いつつ、上着を着込んで俺の上着を持ってきた初を見る。


「……兄さん、どうぞ」

「俺のも持ってきてくれたんだなありがとう」

「……大丈夫ですか?」

「ああ、もちろん」


 軽く初の頬を撫でると少し熱い。恐怖か怒りで頭に血が昇っているのだろう。

 ゆっくりと初の耳元に口を近づけて「大丈夫だ」と話す。


「じゃあ行くか」


 初は歩きやすそうな靴を選んで履き、俺はそれを見つつ柳下達に尋ねる。


「そもそも、研究の詳細は知らないだろ? バレないためにここで研究してるのに。父の目的は迷宮のクリア者を出させないことだから、迷宮攻略の役には立たないぞ」

「本当に役に立たないなら研究を表に出しても問題ないだろう」

「迷宮攻略の役に立たなくとも金になるものは出し渋るだろ。普通に。情報を渡した上に「騙された」と思われたら最悪だ」


 柳下は俺を値踏みするようにジロジロと見て、初は不安そうに俺の服の裾を握る。

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