危機×勧誘

 ポケットの中に入れている特殊警棒の感触を確かめることで若干の安心を感じつつ、一緒に来ている柳下の部下の男二人を見る。


 格好こそマトモだが所作がチンピラじみており、何となく慣れ親しんだ感じがして安心する。だが、初の方はそれに慣れていないからか不安そうに見えた。


 まぁ女子中学生からしたら年上の男に囲まれているというだけでも怖くて当然か。


「提示された一億という値段設定は安すぎるし、高すぎる。それよりも遥かに価値のあるものだが、ただの迷宮探索者が求めるには価値の薄いものだ。知っての通り道半ばで父は死んだから、内容も半端なものだ。引き継いで研究するならまだしも、そういう組織でもないだろ、九魔三頭は」


 柳下は俺の言葉に特別な反応を見せることなく口を開いて淡々と話す。


「値段設定もここに来たのも上からの指示だ。研究内容は俺の知るところではない」

「……桁が二、三個足りねえんだよな。それだけを出せるとも思えないが、交渉にならないレベルで安い。けど、そっちからしたらただの意味のない情報に一億は高すぎるだろ。せめてもの値段交渉も出来なければ話にもならないだろ。欲しい部分だけ渡すとかならまだ分かるが、それをするには柳下は知識不足だ」


 柳下の表情を見ると、そこに苛立ちはなくむしろ感心して笑みを浮かべていた。

 違和感……というか、明らかに今するような表情ではない。


 眉を顰めて柳下を見ると、彼は俺と初を指差す。


「いいなお前。部下に欲しい。腹の探り合いはやめようぜ? よく分からないが、多分、今のところお前の思惑通りに動いてんだろ? 俺たち」

「……は?」


 予想だにしていなかった言葉に思わず声が漏れ出る。

 柳下の目はそれが真実であると伝えるように真っ直ぐ俺を見ていて、ついでとばかりに初の方にも目を向ける。


「もちろん、こっちの妹も一緒に面倒を見てやる」

「い、いや、お前……何言ってるんだ?」

「何もおかしなことはないだろ。自分で言うようなことではないが、俺は頭が回らないし、腹芸は苦手だ。現に今、たぶん何かを見落としていてお前にハメられてるっぽい」


 柳下のその言葉に息が詰まりそうになる。何故分かるのだ。確かに俺の目的は時間稼ぎでしかなく、現状上手くいっていたが……それを柳下が知る術はなかったはずだ。

 何を間違えたんだ。そう俺が考えていると柳下は首を横に振る。


「いや、お前の作戦は分かっていないし、完璧だった。けど、俺は元々「交渉が上手くいきそうだったらぶち壊す」って決めてたんだ。俺がやる交渉で上手くいくはずがねえからな」


 部下らしい男達は仕方なさそうな表情を浮かべたあもトントンと俺と初を囲むように移動する。


「んな、無茶苦茶な……じゃあ交渉が上手くいかなかったらどうするつもりだったんだよ」

「囲んでボコる」

「結局一緒じゃねえか……」

「いや、今はまだボコるとは決めてない」


 柳下はトントンと歩いて俺の正面に回る。街灯による逆光のせいで柳下の表情が見えなくなってしまい、軽く舌打ちをしつつ初を背中に庇うが……囲まれているという状況だとあまり意味のない行動だろう。


「……分かった。仲間になろう」

「よし、ボコるか。交渉が上手くいったわけだしな」

「理不尽すぎるだろ!」


 一瞬だけ二人の男を一瞥すると、柳下はその俺の隙を突くかのように拳を振るいあげて俺に殴りかかる。


「ッ! 兄さんっ!」


 そんな悲鳴にも似た初の声を聞きつつ、足を一歩前に出して柳下の影を踏みつつポケットに入っていた警棒で柳下の拳を止める。


 警棒に強く当たることもなく柳下は拳を止め、驚いた顔をして一歩下がる。それから下を指差して「ほおー」と感心したような声を出す。


「俺の「影」、どうやって見抜けたんだ?」

「……さあ」


 柳下は俺に踏んづけられている立体化した自分の影を見て笑う。

 間違いなく「スキル」によるものだ。影を立体化させて操る……と言ったところだろう。


 柳下は本気で俺がどうやって見抜いたのかを気にしているようで、攻撃する素振りもなく首を傾げる。


「初見で塞がれたのは旦那以来二人目だな。どうやったんだ? 未来予知?」

「……わざわざ街灯前に移動して、妙だと思った。一瞬見た部下の二人が揃って地面を確認していて、明らかに格闘技の経験のありそうなお前が見せつけるように大振りの拳を振るおうとしたことから地面から何かするんだと察した。街灯の前に移動する必要があり、なおかつ地面から出てくるもの……と考えると一番それっぽいだろ」


 柳下は仕切りに頷き、部下の男ふたりの方を向いて指差す。


「だってよ、聞いたか? やっぱりコイツ良いって。あ、そっちの嬢ちゃん巻き込んだら嫌がられそうだから禁止な。というか、そっちの方に避けといて」

「へ、えっ……?」


 初は俺の手をギュッと握り、俺が頭を撫でてやりながら目配せをすると男達の間を抜けていく。


 ……一応逃げやすくはなったか。


「……シメたら仲間になるという理屈がよく分からないんだが……もっと仲間になったときの利益とか……」

「そりゃ、俺の下についたら守ってやる。それで充分だろ? あ、給料とかはよく分からないな」


 ……なるほど、分かりやすい。

 だが……まぁ普通に受け入れるわけないんだが……。


「んじゃ、やるか」


 部下の男達は俺の逃走を防ぐような位置にいるだけで、初を襲ったりこちらの戦いに参加したりする様子がない。


 ……昔のヤンキーかよ。こいつら。

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