宣言×生年月日

 食事を終えてからお互いの電話番号を交換する。

 本来なら初日にすべきことで、あるいは初と俺が別々に行動することになってからすることだ。


 今、電話番号を交換しても電話をするようなことはしばらくの間は来ないだろう。

 だからこれは必要なことだからするのではなくお互いを受け入れているという証明のためにしている。


「……兄さん、ありがとうございます」

「いや、こちらこそ……あー、メールアドレスとかも交換するか。初はSNSやってるのか?」

「してないです。一緒に始めますか? ふたりでやりとり出来るようなチャットアプリみたいなの」

「そうするか。……あ、じゃあ、インストールしてる間に洗い物してくるな」

「はい。あっ、兄さんのスマホ触っていていいですか?」

「いいぞ。じゃあ……って、待て、スッと言われたからいいって言ってしまったけどダメだぞ、触るなよ」


 あまりにも自然に言われたせいで思わず頷きかけた……。スマホを回収しようとしたら初はギュッと俺のスマホを握って確保する。


「いや、見てどうするんだよ。面白いものなんてないぞ」

「……理由はふたつあります。妹として素行を調査する責任があるのと、他の女の子と親しくしていたら嫌だからないことを確認して安心したいからです」

「妹に兄の素行を調査する責任はない。女の子の連絡先なんて初とミナしか入ってないし、SNSも今一緒に入れたのだけだから」

「……じゃあなんで隠すんですか?」

「いや……普通に嫌だろ。初も俺に見せたくないだろ?」


 そう俺が尋ねると、初は気にした様子もなくスマホを俺に渡す。


「私はいいですよ? どうぞです」

「え、ええ……いや、なんか悪いことしてるような……」

「パスワードも教えていいですよ。私の誕生日の0325です」

「いや、でも俺は見せたくないんだ……」

「何かやましいことでもあるんですか? その場合は無理にとは言いませんが」


 ……そりゃ、男のスマホの中なんてやましいものがあるに決まってるだろ……!

 健全な男のスマホにやましいものが入っていないわけがない。だが……ここで隠したら好感度が落ちるのではないか。しかし見せても……。


 どちらの方が問題があるかを考えて、一瞬のうちに思考を巡らせる。


「……兄としての責任というものがあると思うんだ。俺は誕生日が早いからこの前十八歳になったからR18のコンテンツなども視聴しているが、初は中学二年生の三月生まれなら十三歳だろ?」


 初は責任という言葉を聞いてハッとしたような表情で頷く。誤魔化せたか誤魔化せていないかで言うと誤魔化せていないが、初はそれ以上に責任という単語に反応しているからか責めるような視線はない。


 よし、セーフ。


「というわけで、スマホ返してくれ」

「むう、そういうことなら仕方ないです」


 ……後でデータとか検索履歴とか全部消しとくか。

 洗い物をしていると初がすぐ近くで待っている。やり方にこだわりがあるのかと思っていたが、そういうわけではないらしい。


「……手がかり、見つかると思いますか? もしかしたら自分が死ぬかもしれないとは考えていなくて何も遺していないかもしれません」

「いや、何か遺しているよ」


 俺が受け取った父のメモを見る限り死ぬ可能性についてはしっかりと考えていたようだ。それほど見つけるのが難しくない場所にあるはずなので今日にでも見つかるだろう。


 だからあまり心配はしていない。


「……まぁ、なんだろうと、俺が初を守るから」

「あぅ……に、兄さんって小っ恥ずかしいセリフを平気で言いますよね」

「そんなに恥ずかしいか?」

「たぶん、現実で「守る」なんて言われた人はそうそういないかと……」


 それは現代では守られる必要がなくなっているからであって、必要があれば言われることもあるだろう。

 洗い物を終えて手を拭いていると、初はパチリとした目を俺に向けていた。


「どうかしたか?」

「いえ……その、解決出来たらどうしようかなぁって」

「まぁ、普通に暮らせるだけだろ。お互い学校はあるからあまり何も出来ないだろ。俺は辞めてもいいけど、世話をしてくれている親戚の面子もあるから一応卒業はしたいからな」


 初は小さく首を横に振る。


「えっと、そういう話じゃなくて……。お出かけとかするのかなって」

「あ、あー……いやぁ、どうだろうな。街に行くの、タクシーとか使ったら行き帰りで三万とかになるだろうからなぁ。かと言って公共交通機関はないし、デートのために他の人に足を出させるのは申し訳ないしな」


 ミナの両親はめちゃくちゃ感謝してくれているので出かける時についでに乗せて行ってくれたり、兵頭先生に頼んだら快く連れて行ってくれたりしそうではあるが……デートのために頼むというのはどうにも気が引ける。


「ん……車はあるんですけど、申し訳ないんですけど免許はないので……」

「そこは申し訳なく思わなくていいぞ……?」


 親父が生前の頃に乗っていたのだろう。あまり動かさなさすぎても壊れるので免許とか取った方がいいだろうか。

 いや、そもそも売った方がいいか? ……でも、初の思い出のものがなくなるのはな。


「どうかしたんですか?」

「いや、よく考えたら車はほっとくと壊れるから、免許とか取った方がいいかもなって。でも、こっからだと教習所にも通えないし、事が落ち着いたあとも初を置いて合宿に行くのはダメだと思ってな。そうなると壊れる前に売った方がいいかと思ったが……思い出とかもあると思ってな」


 初は少し寂しそうな顔を浮かべてからコクリと頷く。


「……はい。あります」

「だよな。まぁ、なんとかするか。……模倣の廃廊って、二人が別のところから入って、手を繋いで出たらどうなるんだ?」

「別々の元いたところに戻りますよ。ワープみたいなのは無理です。あ、でも物の受け渡しは出来ます」


 合宿に行くとかしても、模倣の廃廊の中で会ったりすることは出来るか。

 俺が色々と考えていると、初が俺の服の袖を引っ張る。


「じゃあ、行きますか。残りは一階だけです」

「一番情報が多そうだけどな」


 初と一緒に模倣の廃廊に入り、照明をつけて近くにある一室に入る。かなり大きなパソコンがあり、コピー機や本や書類などが雑多に積まれている部屋だ。


「父は主にここで研究をまとめていました。物販の検査などは隣の部屋ですけど」

「情報が多いからわざと後回しにしていたけど、あるとしたらここの可能性が一番高いよな」

「はい。……というか、多分パソコンかと思います。よし……えっと、あ、パスワード……」

「あー、八桁の数字か、初の生年月日とかじゃないか?」


 初は「入れてみます」と言ってからパソコンにカタカタと入力し「パスワードが違います」という表記に肩を落とす。

 それから初の母や親父本人の生年月日を入力したりしていき、八桁の数字で何かしらありそうなものを次々と入力していくが、そのどれもが違うようだ。


 俺がいても役に立たないだろうと思い、周りにある書類などを漁っていく。

 迷宮の研究の最先端ということもあってか、あるいはこんなところに一人で研究をしているからかよく分からない造語のオンパレードだったり、謎の数字が書かれた計算だったりと、ひとつとして理解出来そうなものはない。


 これ、読み解くのにめちゃくちゃ時間かかるだろうな。と思っていると初が「うう……迷宮災害が発生した日でも結婚記念日でもない……」と口にしてから「あっ」と何か思いついたかのように再びカタカタと数字を打っていく。


 壁に貼られたカレンダーに目を向ける。特に予定はないのか、初の学校の始業式の日だったりにメモが書かれているぐらいだ。


 あと今月の十日に謎の丸印が入っている。何かあったのだろうかと思っていると、初は「……えっ」と困惑の声を出す。


「初、パソコンは後回しにして他の部屋を見に行こう」

「……あの、兄さんの誕生日って、四月十日ですか?」


 初の目が俺の目を見つめる。

 後ろのパソコンは先程と違う画面を映しており、初のその質問とパスワードが解けたという状況から、理解してしまう。


「……パスワード、俺の生年月日だったのか?」


 今、俺はどんな表情をしているのだろうか。

 いや、どんな感情を抱いているのか。困惑か、喜びか、怒りか、それらが混じったものなのか、それともそのどれとも言えないようなものなのか。


 初は俺の様子を見て質問が正解だったことを察したのか、コクリと頷く。


 ただひとつ分かるのは……親父は俺のことを覚えていたということだ。

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