お見合い×幸せ
「そんなに責任感は強くないですよ?」
「いや、強いよ……普通は親の研究とか引き継ぐとかしないだろ。女子中学生が」
「案外みんなしてるかもですよ?」
「してない。絶対してない」
あー、ご飯冷めちゃってるかもな。初には悪いことをした。現実逃避気味にそんなことを考えていると、初はジッと俺を見る。
「……まぁ、話をまとめるとですね」
「恋愛関係の話をまとめ出すタイプの女子っていたんだな……」
「茶化さないでください」
茶化したわけではなく大真面目な感想です……。
「兄さんは私のことが好きで、だから研究の手伝いをしたい。私はヤキモチを妬いていることからも兄さんに惹かれている可能性が高く、研究の手伝いはほしいという状況です。とても良い関係ではありますが、問題として、私と兄さんはお互いのことをあまり知りません」
「……まぁ、会って三日目だしな」
そう俺が言うと初は端正な顔を真面目そうに引き締めつつ頷く。初は扉を開けて家の中に入り、手を洗っていく。
「ん、まぁ時間が解決してくれる問題ではあるんですが、兄さんの受験が迫っているということもあります。まだ春なので多少時間はありますが半年と少しで決めないといけないわけです」
「……受験だけして入学しなければいいんじゃないか?」
「お金の無駄遣いです。結構かかるでしょう」
「まぁ、共通テストで2万円、その後の受験も公立校に行くつもりだから多少は安いが……交通費とかも考えるとかなりかかるか。諸々合わせると10万は軽く吹っ飛ぶな……」
「です。大学に入学するなら必要ですけど、する気がないなら無駄になります。私が出願までに決めればいいだけのことです」
生々しい金銭の問題で期限が決まるの若干やだな……。
「まぁ、ちゃんとお互いのことを話していきましょう」
「それはいいんだが……例えばどんな話だ?」
「……ご趣味は?」
「見合いか? ……いや、まぁ実質的に見合いではあるか。え、えーっと、趣味……? あー、特にない……いや……趣味と言えるものじゃないけど、よく夜中に出歩いていたな」
初はご飯を茶碗によそいながら「ええー」といった表情を俺に向ける。
「不良なんですか?」
「いや、悪いこととかしないぞ。施設にいたときは控えていたしな」
「施設ってなんですか?」
「あー、ほら、初の父方の叔母に引き取られているのは知ってるだろ。その前、少しの間だけ児童養護施設に住んでたんだよ」
初はなんとなく察してか、こくりと小さく頷く。
「ん……兄さんの人生の来歴を簡単に教えてもらえませんか?」
「来歴……なんか出てくる単語が恋愛からドンドン離れていってる……。あー、面白いもんじゃないぞ? 覚えてないから親戚に聞いたのも含めて、二歳ごろに親が離婚して母親が親権を持って、十四歳の時に母親が失踪していろんなところをたらい回しって感じだ」
「……大変でしたね」
「いや、大変なのは親戚の方だろ。……預けられていたのは血の繋がりのない父方の方だしな」
初は同情するような視線を隠しつつ俺に尋ねる。
「質問ばっかりになりますけど、その、母方は……」
「不倫して育児放棄して失踪するような人の親兄弟だぞ」
「……お父さん、兄さんのことを引き取らなかったんですね」
「まぁ、顔も見たくなかったんだろ。仕方ない。正月とかも会わないように調整されてたっぽいしな」
初は顔を俯かせる。
「……お父さんは、悪い人なんでしょうか」
「いや……普通だと思う。というか、叔母を含めた人達が度が過ぎるお人好しって感じかと……。今はまだマシになっているけど、すごいクソガキだったしな、当時の俺は」
「……そうなんですか?」
「ああ、そもそも義理はないだろ。自分を裏切った人の子供を育てるなんて。娘がいるなら尚更のこと近づけたくないだろうしな」
……自分の人生を軽く触れただけで妙に暗い雰囲気になったな。
「少なくとも俺は親父のことを立派な人だと思っている」
「……会ってくれなかったのに、ですか?」
「初は親父が好きじゃないのか?」
「大好きです。優しくて、何でも教えてくれて……だから、困っていた兄さんと会うことすらなかったというのが、信じられなくて……」
俯きながら初はそう口にする。
「普通に、新しい妻……初のお母さんに申し訳ないと思ったんじゃないか? 自分が騙されていたときのことで迷惑をかけるのは。結局、親父ひとりでどうにかなるわけじゃないからな、子供を引き取るというのは容易い話でもないしな」
初はグッと俯いたまま、ゆっくりと言葉を探し出すようにポツリポツリと口を開く。
「……今の兄さんの話は、理屈ばっかりです。客観的に見ていい人とか、そうなるのは仕方ない。みたいな。私が知りたいのは……兄さんがずっと、どんな気持ちでいたかです」
「……気持ち? ……いや、納得はしているぞ。それに今日び、珍しい話ってわけでもないしな」
少し遅くなった昼食に手を付けようとして、初が悲しそうな表情をしていることに気がつく。
「……でも、ビー玉であんなに喜んでました。喜んでくれました。それを「珍しい話ではない」で……なかったことにしたくないです」
「……まぁ、飯を食おう。俺は運が悪かったのは確かかもしれないけど、本題はそこじゃないだろ? というか、俺は初のことが知りたいから、俺の話ばっかりするのは面白くない。興味ないしな」
俺が食べ始めると、初は遅れて「いただきます」と手を合わせてから食事を始める。
「初はどんな感じなんだ?」
「えっと、普通に……ちっちゃい頃ここに引っ越してきて、小学校の高学年ぐらいでお母さんが、十日ぐらい前にお父さんが亡くなりました。三日前に兄が出来ました」
「俺にどうこうをよく言えたな……。俺の父母は多分死んでないぞ。多分だけどな」
特に父親は誰か分からないので確信を持ってどうこう言えない。
運の悪さなら初も同じようなものだろう。そう思いながら、ゆっくりと息を吐く。
「来歴を伝えるなんてことしてもなかなかその人の理解には繋がらないんじゃないか? 何に喜んで何に怒るのかを知らないと。箇条書きした情報じゃ何も分からないだろ」
「……それは、そうかもです」
「俺が知りたいのも……俺が何をしたら初が喜んでくれるかだ」
初はパチクリと瞬きをして俺を見る。
「私が喜ぶこと……ですか?」
「ああ、笑った顔を見たいんだ」
「そ、そんな小っ恥ずかしいことをよく真顔で言えますね。え、えっと……じゃあ、その……」
初は顔を赤くして、机の下でキュッと自分の服の裾を引っ張る。それから
「……電話番号、教えてください」
なんて、とても簡単なことを口にした。不幸というのはなかなか無くしにくいが、幸せというのは案外気楽なものなのかもしれない。
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