プロポーズ×責任
SNSに関してはまた後日アカウントを作るということになり、ミナとは電話番号だけ交換して別れる。
帰り道、初は再びじとーっとした目で俺を見る。
「随分とご機嫌そうですね。電話番号の交換で浮かれて……」
「いや、だってな、女の子の電話番号知ったの初めてだし、ちょっと嬉しいって思うのぐらいいいだろ」
「……嫌ですもん」
「いや……なんで?」
「だって、兄さんは私のことを好きって言ってくれました。命の恩人です。優しい言葉をかけてくれて、手を繋いで寝てくれます」
初は俺の方を見て、自分の言った言葉に首を傾げる。
「…………あの、兄さん」
「どうした?」
「……もしかしてなんですけど、私、めちゃくちゃ大人気なくミナミちゃんにヤキモチを妬いてました?」
思いがけない初の言葉に足を止めると、初は口元に手を当ててブツブツと独り言を口にする。
「んぅ、でも別に私は兄さんのことを好きというわけでは……。いや、でもミナミちゃんと仲良くしてほしくないということへの説明がつかないし……ん、んぅ? どうなんですか、兄さん」
「ええ……いや、俺に聞かないでくれよ」
「……どうなんですか? 私は、兄さんのことが好きになってミナミちゃんにヤキモチを妬いていたんですか? ハッキリしてください」
「俺に聞くな……。真面目に言うと、一年後も俺がいるのは嫌なんだろ? じゃあ好意じゃないんじゃないか」
なんで自分からフラれたことを説明しないとダメなんだ……と思っていると、初は不思議そうに首を傾げる。
「そんなこと言いましたっけ?」
「ここにおらずに大学行けって言っただろ」
「いえ、それは私のわがままに付き合わせるのが良くないって思っただけですよ? サヤちゃんが兄さんは勉強頑張っているって言っていたので……大学に行きたいのに、無理をさせるのは悪いなって」
「……いや、そんなに興味はないぞ? ただ単に親戚が行かせてくれるって言っていたから甘えていただけで……」
春の風に初の髪がさらさらと流れるように揺れていく。初めて会った一昨日から、ずっとどこか寂しそうに見えた彼女は風に溶けて飛んでいってしまいそうだ。
「……俺は、だいたいのことに執着がないから気にしなくていいぞ」
春が芽吹きの季節だとか、始まりの季節だとか言われるが、俺にとっては絶望の季節だった。
秋冬に枯れているのならば誤魔化しが効く、だが、春に咲かない桜はきっと既に枯れて中が腐っている。
俺は春に咲いていない桜と同じだ。本来なら咲いているはずの何かが咲いておらず、だから誤魔化しようがなく中身が腐っていて枯れ果てている。
だから気にしなくていい。そう言う視線を初に向けると彼女は少し寂しそうな表情を強める。
「……私は、多分、きっと、客観的に見て、兄さんからの告白に心が揺れています。……でも、父のことや襲われたことで、自分の内面をしっかりと見つめることが出来なくなってます」
「……何の話だ?」
「兄さんが私に抱いてくれた恋心を大切にしたいんです。兄さんの恋心を利用して、自分のやりたいことを手伝わせることに強い嫌悪感を覚えます」
「俺はそれでいいが」
「よくないです。自分の人生を大切にしてください。……兄さんに一年の約束を越えて残ってもらうとなると、かなり大きく兄さんの人生を狂わせます。ですので、その場合は兄さんの想いに応えて娶ることがセットです」
…………いや、めちゃくちゃ話がぶっ飛んでない?
「あー、初、それはちょっとおかしくないか?」
「おかしくないです。都合良く利用するということをしないのであれば、責任を取る必要があるわけですよ。好意から手伝ってもらうなら、好意には応える、それが誠意というものです」
初は自信満々に「ふんすっ」と鼻を鳴らす。
というか、俺が娶られる側なのか? いや、そこは何でもいいんだけども。
「兄さんも、人からの好意を利用して利益だけを取っていくのは最低だと思いませんか? 貢がせるというか」
「いや、まぁ……あまり行儀は良くないと思うが」
「なので、そうなると責任を取る必要があるわけですよ。兄さんの人生の責任を」
「……初、変わり者って言われないか?」
「初めて言われました。でも、実際そうじゃないですか? 人生を変えるレベルで労働力を貢がれて、何も応えることなくポイって捨てるのは最低でしょう」
それはそう……なのか?
いや、何となく違う気も……。
「……いや、俺が言えるようなことじゃないけど、そもそも結婚は出来ないぞ? ……結婚とかの話が出てくることにものすごい違和感があるな……。お初さん、ちょっと暴走してません?」
「だって兄さんが人生を捨ててまで私といたいって言うんですから、そういう話にはなるでしょう。先走っているのは明らかに兄さんの方で、あくまでも私は兄さんの話を受けて真剣に返事をして考えているだけです」
そうなのか? そうな気がしてきた……。
初は不思議そうな表情でこてりと首を傾げる。
「……いや、お互いのことをほとんど知らないし……というか、実態は血の繋がりはないが、法律上は母親違いの兄妹って表記だから結婚は出来ない」
「ここに籠って迷宮を研究する分には問題ありませんよ。ご近所さんは少ないですから、事実をそのまま説明したらいいだけです」
「……あの、いや……ほんと……研究の手伝いを申し出たら中学生の妹にプロポーズしていたことになっていた俺の気持ちになってくれ」
「いえ、実質的にプロポーズですよね? 私のことが好きで、他の人生を捨ててまで一緒にいさせてくれというのは」
プロポーズじゃない。もっと軽い気持ちのアレだった。
やっぱり、この子ちょっと変だよ。
「プロポーズを受けるかどうかは少し考えさせてほしいです。兄さんが受験の願書を提出するまでには必ず決めますから」
「具体的な話はやめてくれ……。お初さん、本当に一回落ち着こう? な? 責任を取るとか考えずに、ただ研究の手伝いを申し出ただけだって思ってくれ」
「……あの、勘違いしているみたいですけど、私は冷静ですよ? ただ、責任は果たさなければならないと思っているだけで」
「冷静な状況でこれならなお悪いわ」
一瞬納得しかけたが、ちゃんと考えるとやっぱりおかしい。俺、プロポーズ、してない。
誰か助けて、このままじゃ俺、娶られる。
俺が頭をかかえていると、初は繰り返すように言う。
「責任は取らないとダメじゃないですか」
「……初、その何で父の研究を守ろうとしているんだ?」
「急にどうしました? 娘としての責任があるからです」
「責任感の鬼じゃん……。もっと気楽に生きろよ……」
責任感が強すぎるだろ。お初さんは責任の権化か……?
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