やきもち×初めて

 多分これが失恋というやつで、傷心というやつだ。

 研究の手伝いを申し出て断られたというだけだが、実態としては予定の一年を越えても居座らせてくれということであり、それが拒否された。


 まぁ、失恋である。


 仕方ないよな、と思いながら三階を探索していく。物置となっており迷宮の道具などが雑多に置かれていたり、箱が開いているけど使われた形跡のない筋トレ器具や謎の健康用品が置いてある。


「……ここもなさそうですね、兄さん。……あの、兄さん?」

「えっ、あ、な、なんだ?」

「えっと、この部屋はこれぐらいかなって……えっと、どうかされました? ぼーっとして」

「いや……別に」


 そりゃフラれた後は少しぐらい落ち込むだろう。続けて二階の探索もするが、やはりメインで使われていた場所ではないということもなかったためめぼしいものは見つからず一階に戻る。


 休憩室のようになっている一室に入って、ソファにグッタリともたれかかっていると、初が心配そうに俺の顔を覗き込む。


「えっと、大丈夫ですか?」

「……ああ、うん、ちょっと落ち込んでるだけ」

「落ち込む……ですか?」


 そりゃフラれたら落ち込むだろ……。ポケットの中に入れているビー玉を意識して、初の方に目を向けて深く息を吐き出す。


「何かあったんですか?」

「ええ……。あー、そういや腹減ったな」

「あ、そうですね。今は……あ、もう二時なんですね」

「一旦戻って、飯食ってからにするか。昼は俺が作るな」

「疲れているみたいですし、リビングで休んでいてください」


 ……疲れているんじゃなくて落ち込んでいるんだ。二人で家に戻ってソファに座るテレビでも見ようかと思っているが、どうにも億劫で手が動かない。

 ポケットから取り出したビー玉をぼーっと眺める。


 あー、めっちゃくちゃ泣きたい。泣き出すわけにもいかないしな……などと思っていると廊下の方からパタパタという足音が聞こえる。


 トン、と、足音が聞こえたと思ったら扉の前で「すーはー」と深呼吸をする音が聞こえ、それから扉が開く。


「ヨクさん、こんにちは。えっと、えへへ」

「ん、ああ……ミナか」


 ミナはパタパタと俺の方に来て黒いランドセルを床に置く。初にも挨拶をしたあと、嬉しそうに俺の隣に来てそれからポスンと座り俺の顔をじっと見る。


 ミナの嬉しそうにしていた顔は少しずつ心配そうなものに変わっていき、パチパチと瞬きをする。


「あの、ヨクさん……元気、ないです?」


 くりくりとした目が、大人ではありえないぐらい近い距離で俺の目を覗き込む。

 不安そうに少女の瞳が揺れる。それを見た俺は少し気合を入れて笑みを作ると、ミナは余計に表情を悲しそうなものに変える。


「……あの、ヨクさん……えっと、辛いこと、ありました?」

「いや、ただちょっと眠いなって思ってただけだぞ」


 俺が誤魔化そうとすると、ミナの小さな手が俺の頭に伸びる。一瞬、ビクッとしてしまったが、ミナの手が優しく俺の頭をよしよしと撫でて、もう片方の手が俺の背中に回しながら華奢な体で抱きついてくる。


「えっ、あ、み、ミナ?」

「大丈夫じゃないときは、大丈夫じゃないって言ってもいいんだよ」


 誰かの受け売りの言葉だろう。

 幼い少女が言うには少し似合わない言葉に、一瞬だけ弱音を吐露してしまいそうになる。


 というか、こんな抱きつかれているところを初に見られたらまず……いのか? ミナはまだまだ幼いわけだし問題ない。

 いや、どっちだ? セーフなのか? アウトなのか?


 慌てて考えていると、昼食の用意を終えた初が、じとーっとした瞳を俺に向ける。


「兄さん、ミナミちゃん相手に慌てるんですね」

「ち、違うぞ。こ、これはそういうアレではなく……」


 慌てて否定しようとするとミナが悲しそうな目で俺を見たので言葉が止まる。


「いや、まぁ……普通に照れるぐらい、するだろ……」

「へー、そうですか。へー」


 違うんだ……。そりゃ、普通に、照れるだろ……頭なんて撫でられたら。


「……初、あのな、俺はな……女の子と触れ合う経験とか、全然ないんだ。照れるのは、仕方ないだろ」

「……へー、ミナミちゃんのことを女の子として見ているんですねー」


 初にジト目で見られる。違う、そうじゃない、いや、女の子なので女の子としては見ているが違うんだ。俺は決して、弱っているところに優しくされたからといってミナへの好感度が爆発的に上昇したりは……まぁしているけど、違うんだ!

 何はともあれ違うんだ!


「もー、はっちゃん、ダメだよ意地悪言ったら」

「意地悪なんて言ってないです。兄さんが誰と仲良くしていても関係ないですから」

「もう、めっ、だよ。ほら、ヨクさんよしよし」

「み、ミナ……」

「……兄さん、おにぎり作ってあげませんよ」

「ミナ、あまりベタベタするもんじゃない」


 スッとミナの肩を掴んでソファに座らせると、ミナは不満そうに「もー、はっちゃんの言うことばっかり聞くー」と頬を膨らませる。


「いや、だって……」

「おにぎりなら、私が握ってきてあげるもん」

「そうじゃなくて、初に怒られるのが怖い……。というか、初がミナと仲良くしたらって勧めたのに……」

「そ、それはですね……。と、取り消しで! やっぱりなしです! ほどほどに距離をとってください!」


 ええ……理不尽な……と思っていると、ミナがペッタリと俺に引っ付く。


「ヨクさんは誰と仲良くしてもいいもん。はっちゃん、なんで意地悪するの?」

「い、意地悪なんて……。に、兄さんは私に好きって言ったんですから、他の女の子と引っ付いたりせずに誠実にしてください!」

「え、ええ……いや、待て、色々言いたいが、ミナの前でその話は……」


 不味くないか。ここの人は血の繋がった兄妹と思っているわけで俺からの初への好意がバレたら、初に変な噂が流れてしまうのでは……。


 冷や汗を流していると、ミナは不思議そうにこてりと首を傾げて俺の頭を再び撫で撫でする。


「どうしたんですか?」

「え、あ、あー、いや、なんでもない」


 まだ幼いからか、変な意味では捉えなかったのか、もしくは兄妹でそういうのは変という意識がなかったのか、気にした様子はないようでホッとする。


「ヨクさん、私、ヨクさんのこと大好きだよ。だから……」


 そうミナが言おうとして、初が「兄さん、ご飯出来てますよ」と遮る。ミナは唇を尖らせて手をパタパタさせて初に抗議する。


「もー、今話してるの!」

「ご飯食べようとしているときにきたのはミナミちゃんです。兄さんは「私以外の人の前では」食事をしたくないそうですし、お昼を食べた後も用があるので……」

「……はっちゃん、今日なんか意地悪さんだよ」


 ミナの言葉に初は目をしどろもどろとさせてからペコリと謝る。


「あ……す、すみません。ちょっと兄さんが優柔不断で……」


 俺はため息を吐きながらソファから立ち上がる。


「ミナ、用があるのは本当だから、家まで送るよ。悪いけど初も着いてきてくれるか? すぐそこだしな」

「それは、いいですけど……」


 三人で外に出て歩いていると、初が小声で俺の方に口を寄せる。


「……あの、ミナミちゃんに優しすぎませんか?」

「……いや、だって……人間に好きって言ってもらえたの初めてだし……。多分これから先、他の女の子に「好き」って言ってもらえる可能性ないし……優しくしちゃうだろ」


 初はじとーっとした目で俺を見て「ふーん、そうですか」と口にする。


「別に兄さんが誰のことを好きになろうといいですけど、ミナミちゃんのお父さんやお母さんに「交際してます」って言えますか?」

「い、いや、別に付き合おうとしてるわけじゃないからな? ちょっと好きと言われてトゥンクってなっちゃっただけで……」

「へー、そうですか、へー」

「仕方ないだろ……。というか、初はなんで不満そうなんだ?」


 俺が初に尋ねたと同時にミナの家に着く。


「あ、ヨクさん、えっと、電話番号とかSNSのIDとか、教えてほしいです」

「えっ、ああ、電話番号ならいいけど、SNSはやってないな」

「えっ……しようよ。やり方教えてあげるから。ほら、これ、今みんなやってるよ? ウタッター」

「……ウタッター?」

「うん、五七五七七の短歌でのみ投稿出来る今流行中のSNSだよ!」

「……雅だな」


 絶対流行ってないだろ……と思いながらストアを開くと百万件ほどのレビューがありそのほとんどが☆5だった。


 この世界は間違っていると思う。

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