事情×感情

 会ったこともない義理の妹。恨まれる筋合いなんて……当然ある。


 俺の母は当時結婚していた親父を裏切り、不貞の子である俺を身籠った。当時のことなど分かるはずもないが、何度も彼氏を作って別れてと繰り返している母のことを思えば、一方的に母が悪かったことと父を傷つけたことは想像に難くない。


 何かでそれを知った義妹が俺を恨むのは仕方がないことだろう。だが、けれど……初対面で「死んじゃえ」は、疲れた心に響く。


「あれ? どうかしたのか?」

「……いや」


 ウドは義妹の言葉が聞こえていなかったのか不思議そうに俺を見る。

 どうするべきか。聞こえなかったことにしてスルー……とはいかないよな。


「あ、あー、君が、俺の妹なのかな。はじめまして、西郷……」


 そう名乗ろうとした俺を無視して、妹は家の中に入っていく。


「あれ? はっちゃん行っちゃったね」

「はっちゃん?」

「うん。西郷 初ちゃんだからはっちゃんって呼んでるの。……まだお父さんのことで悲しいのかなぁ」

「……まぁ、そうなのかもな。……というか嫌われてるっぽかったけど、どうしたもんかな……」

「はっちゃんは優しいから嫌ったりしないと思うよ?」


 いや、初対面で「死んじゃえ」と言われたんだが……。

 流石に野宿はキツいな……と思っていると、ミナが「じゃあ、わたしのお部屋に泊まっていいよ?」と口にして、ウドが慌てて「ダメに決まってるだろ」と否定する。


「ミナ、男は狼だぞ。襲われて食べられちゃうぞ」

「ヨクさんは違うもん。優しいもん。食べないもん」

「あのな、ミナは可愛いんだから気をつけないと……」


 俺はロリコンではないんだが……。深くため息を吐くと、ウドがとんっと自分の胸を叩く。


「よく分からないが、俺の部屋にだったら泊めてもいいぞ!」

「……入れなかったら頼む。とは言っても……このままだとなぁ」


 俺がここに来たのは、義妹がここにいたいと言ったからだ。

 本来なら保護者である親父がいなくなった時点で、親戚に引き取られるか児童養護施設に行くのが普通である。


 名目上、俺の保護者ということになっている親戚が義妹も引き取ったということにおり、流石に一人で放置させて変な問題が起きると怖いので、面倒見役として俺を派遣しているのが今回の経緯だ。


 つまり、俺が追い払われたら義妹もここに住み続けるということは出来なくなってしまう。

 俺の大学の学費や生活費は、奨学金やらバイトやらでなんとかなるだろうし、最悪でも大学に行かなくてもいいのだが……。


 きっと義妹はここを離れたくない気持ちがあるのだろうし、その理由を聞く前に離れることになるのは嫌だ。

 たとえ初対面で「死んじゃえ」と言ってくるタイプの妹であろうとそれは変わらない。


 まぁ……ミナを送った後に戻ってこよう。

 今日は最悪でも泊めてもらえばいいしな。


「あ、ここ、わたしの家です」


 ミナはぽすっと俺の上から降りてパタパタと手を動かす。元気そうだな……抱っこして運ぶ必要はなかったのではないだろうか。


「ヨクさん、あの、学校って来ますか?」

「ん? いや、高校と小学校だから違うんじゃないか?」


 俺が尋ねるとウドは首を横に振る。


「あー、ここのは全部一緒だぞ。教師も合わせてふたりだし」

「ええ……いや、そもそもこういうところに高校があるのも不思議だったんだが……どうなってんだ」

「補助金目的の私学だからなぁ……適当に書類だけ上手いことやってんじゃねえかな。知らないけど」


 まぁ……勉強なんて元々ひとりでやっていたので、変に介入されるよりかは楽かもしれないが……。


「えっと、じゃあ一緒に通えますね! 明日、案内しますね!」

「あー、それは助かるんだが……もしかして教室とか同じなのか?」

「んぅ、みんな好きに使っているので、学校の中なら好きな部屋でいいと思いますよ?」


 それでいいのか……雑だなぁ……。まぁ気が楽でいいけど。


「あ、あの、隣の席に座りましょうねっ」

「あー、おう」


 俺が適当に返事をしているとウドが俺の方を見ながら扉を開く。


「俺の親もお礼を言いたいだろうし入るか? って、あー、まだ帰って来れてないみたいだな。連絡は入れたけど、結構遠くまで探しに行ってたのかも。待たせるのも悪いか……後日お礼はするから、というか、帰ってきたらまたそっちに行くな」

「あー、いや、もうフラフラだから明日以降にしてくれ……。ああ、ミナ、これから叱られると思うから俺からはあまりとやかく言わないが……迷宮なんて危ないところにはもう立ち入るなよ?」


 ミナはコクリと頷き、俺が「いい子だ」とミナの頭を撫でていると、ウドが目を開いて俺とミナを見る。


「は……え、ミナ、迷宮に入ったのか!? というか、迷宮から助けてくれたのか!?」

「お、お兄ちゃん……あの、違うの、自分から入ったんじゃなくて……その……」

「……話しなら、ちゃんとあとで聞く。でも、ダメだ。迷宮に入るのは……絶対にダメだ。っ……西郷先生も、迷宮で……分かっているだろ」


 ミナはこくりと頷いてから「その……変な音が聞こえて、聞いてたら、ぼーっとして……いつのまにか」と言い訳をするように答える。


 変な音……? どうにも要領が得ず、嘘のように感じてしまうが、嘘を吐いているようには見えない。


「……まさか、迷宮で得られるスキルか?」


 俺がそう言うとウドは首を横に振る。


「……いや、迷宮に攫う理由はないだろ? ……でも、ミナは嘘をつかないんだよなー


 ……まぁ、それもそうか。

 誘拐の目的などある程度限られており、身代金目的や……あまり考えたい話ではないが暴行目的など、どちらにしても犯人が近くにいるのが普通であり、迷宮なんて危ないところに連れ込む理由もない。


 が、まぁ……嘘は吐いてなさそうだしなぁ。


「……そういうことが出来るスキルとかないのかネットで調べてみようか?」

「……いや、俺がお兄ちゃんとして調べる。あー、でも、スキルに調べるなら西郷先生の研究室とかの方がいいかも。ネットよりかはよほど」

「……妹から許可を得られたら調べてみる」


 ……何はともあれ、妹に会いに行かなきゃな……ああ、気が重い。

 目を閉じて「死んじゃえ」という言葉を思い出しながら、あの幻想的なまでに美しい光景を思い出す。


 ……酷いことは言われたが、可愛かったな。


 そんなことを考えながらウドとミナと別れて、義妹のいる家の前に着く。……はあ、気が重いと思いながら呼び鈴を押す。


 数秒したあと、2階の窓のカーテンが開き少女の顔が覗く。


「……帰ってください。私はあなたが嫌いです。兄などと認めはしません」

「あー、いや、話しを聞いてくれ。ここから離れたくないって聞いたけど、保護者がいないと施設とかに行くことになるぞ。無理に俺と仲良くしろとは言わないし、最大限の配慮は払うが「ここにいたい」と「俺と全く関わらない」は両立出来ないから、どっちかしかない。それは法律とかの問題になってくるから、俺の意思ではどうしようもないんだ」


 俺が話したことによる説得が効いたのか、あるいは元々家にあげるつもりではいたのか、妹は「鍵なら空いてます。入って待っていてください」と口にする。


 ……怖えな、妹って。

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