法律×血の繋がり

 初めて入った家の中、ズカズカと上がり込むような勇気はなく玄関で待っていると階段から降りてきた少女……法律上、俺の妹ということになっている少女は憎々しげに俺を睨み「さっさと入ったらどうですか」とぶっきらぼうに口を開く。


 玄関先に飾られた家族写真が目に入る。俺の家にあったものよりも少し老けた親父と綺麗な女性、それにその女性によく似た幼い子供……多分目の前にいる妹だろう。


 その近くにあった外出する前に身だしなみを整えるためだろう姿見の鏡に映った自分の顔を見る。到底親父には似ていない。


 まぁ、そもそも血の繋がりもないしな。


 リビングのような場所に通される。小綺麗ではあるものの生活感とでも言うような「人が生きている気配」が感じられる部屋だ。

 なんとなく、居心地が悪いな。


 テーブル前の椅子に座って、改めて妹を見る。当然血縁関係はないため俺とは似ていない。年齢は中学生ぐらいだろうか、身長は成人女性より少し小さい程度で手足は細くて華奢だ。

 綺麗に整えられているサラサラとした黒髪と線の細い顔立ちは、幼さを残しているものの美しいものだと感じた。


 なんとなく……育ちが良さそうだ。などと撥ねた感想が浮かびながら鞄を床に下ろす。


「……改めて、西郷 良九だ。……俺との関係はどれぐらい聞いている?」

「……おおかたは、教えられています」

「そうか。……まぁ、法律上は君の兄ということになっている。親子関係不存在確認というものを役所に通していなかったらしく、俺の母の当時の結婚関係にあった君の父の息子ということになっている。君の父の相続は拒否しているし、養育費は母も要求しなかったから特に金銭的な揉め事はないと思う。……まぁ、養育費はそもそも血の繋がりがないから理不尽な話だし、母も変に請求をして不倫の慰謝料を請求される方が高くつくと判断したからだろうが」


 お茶なども出されておらず、明らかに歓迎されていない空気だ。俺の言葉を聞いてはいるようだがどこか上の空だ。

 ……もう少し分かりやすか言った方がいいか。


「とにかく、話をまとめると、君から父親のものを取ったりはしないから、そこは安心してほしい」

「……意図が読めません」

「何がだ?」

「何のためにここに来たんですか」

「そりゃ、君がここから離れたくないって言っていたからだ。それは俺の意図ではなくて親戚の計らいだが」

「なんで貴方がくるんですか」

「何歳かは分からないが、子供を一人放置ってわけにもいかないからだろ」

「っ、だから、それでなんで貴方なんですか」


 いや……そんなの、普通に働いていたりする大人はこれないだろう。それは彼女も分かっているのだろうが不満そうな顔は歪んだままだ。


「……まぁ、気に入らないというのはよく分かる。初対面だが、恨まれるだけの筋合いもあるだろう。が、それはそれとして法律やらのどうのこうのは俺にはどうにも出来ないし……俺がここに住むか、親戚に引き取られるか、どこかの施設に行くかの三択になる」


 妹は非常に不愉快そうな顔を俺に向けて、ゆっくりと形の良い唇を動かし、細い喉を震わせる。


「ここから出ていくことは、出来ません」

「……既に転校の手続きが終わった俺が言うようなことじゃないが、いいのか? 知らない男と暮らすのは嫌だろう。兄と言っても血の繋がりもなければ共に暮らしたこともない初対面……その上に二人暮らしだ。年頃の娘として拒否感はあるだろ」


 俺の言葉を聞いた妹は心底同意するように深く頷く。


「ええ、そうですね。本当に……ただでさえ他人が家にいるのは嫌なのに、大嫌いな人間が住み着くなんて」

「まぁ、心中は察する。……一応言っておくと、引き取ってくれている親戚はかなりいい人だぞ? 君の考えを尊重して妥協点を探してくれているし、二人分の生活費を出してくれるとまで言っている。俺も子供の頃から散々世話になっている。聖人みたいな人だ」

「私も何度かお世話になっています。いい人なのはよく知ってます」


 ならなんで……こんな辺鄙なところに住みたがるのだろうか。悪しく言うつもりはないが、不便で生活しにくく娯楽が少ないところなのは間違いないし、若い少女が好むようなところじゃない。


 父との思い出があろうとも不便さがなくなるわけではないだろう。


 …………その内面を知れるほどの仲ではないし、きっと妹も知られるのは嫌だろう。

 ポリポリと頭をかいて、妹に話しかけようとすると妹は俺の目を見て小さく口を動かした。


「……ハツ

「……初?」

「私の名前です。初めてと書いてハツ。よろしくお願いします。兄さん」


 初めて……ね。どういう意味でつけたのだろうか。

 死んだ父にも恨まれていそうだな……などと思っていると、彼女はゆっくりと立ち上がる。


「引越しの荷物は届いていますから、置いている部屋に案内しますね」

「ああ。……あ、いや、その前に……親父に挨拶してもいいか?」

「図々しいですね」

「親父って呼んでることがか? それとも挨拶をすることがか?」

「両方です」

「まぁ……許してほしい」


 俺の表情を見た初はゆっくりと目を瞬かせて不思議そうな目を向ける。


「どうしてですか?」

「んー、まぁ……父親はいなかったしな。一応2歳ぐらいの時まで面倒見てもらっていたらしいからか、顔は写真ぐらいしか覚えはないが、少しの親しみがある」

「……父は、多分あなたの事を嫌っていたと思います」

「だろうな。分かってる。……まぁそんなもんだろう」


 俺がゆっくりと立ち上がると、初は仕方のないとばかりに俺を仏壇へと案内する。


「……父になんて言うのですか? まさか、謝るわけでもないでしょうに」

「んー、まぁ、世話になります。ぐらいは。……初、明日にでもここら辺を案内してくれ」

「面の皮が厚いですね」

「無理にでも仲良くした方がいいだろ。それに嫌われていることは分かっているし、俺の方は別に嫌いでもない」


 父の遺影を前に適当に手を合わせて頭を下げる。

 ……死んで初めて会えるというのも、どうにも妙な気分だ。


 深く息を吐いてから、今度は俺の自室になる部屋に案内をされようとしたとき、ピンポンと呼び鈴が鳴る。

 自宅の案内が一時中断されて玄関に向かうと、ミナとウドとその両親らしき男女が立って、深々と俺に頭を下げる。


 ……本当にすぐに来たな。律儀な人達だと思っていると初は俺の方を見て怪訝そうな表情を浮かべる。


「これは、いったい……」

「ああ、ミナが迷子になっていたのを見つけたってだけで……」


 と俺が説明すると、両親らしき人が大袈裟にそれを否定する。


「いやいやいや、迷宮に迷い込んでいたのを助けてもらえたなんて、本当に命の恩人で……なんてお礼を言ったらいいか」


 大したことはしてない……と言おうとしたが、あまり謙遜しすぎるのと良くないだろうか。

 ……疲れているのでいい受け答えが思い浮かばない。一回寝かせてほしい。

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