妹×初恋

 そういや、山本にも連絡しないと心配させるか。……個人の電話番号は分からないが、タクシー会社の方に電話して伝えてもらったらいいか。


 通話履歴からタクシー会社に連絡を入れて、山本に俺も子供も無事だと伝えてもらう。

 そうしている間に、いつのまにか少女が俺の服の裾を握る力が強くなっていることに気がついて膝の上に視線を落とすと、目を覚ましたらしい少女が俺にへばりついていることに気がつく。


 よほど恐ろしかったのか、少し必死そうに見える。軽く背中をさすりながら「もう大丈夫だ」と声をかけると、少女は幼い顔を俺に向けてぎゅっと俺の背中に手を回す。


「……あ、あの、えっと……ヒーローさん、お名前は、なんですか?」

「ん? ああ……」


 心配した家族が来ているであろうことを伝えて安心させようと思ったが、少女は俺の方が気になるのかじーっと俺の顔を見つめる。


「西郷 良九」

「……ヨク……さん」

「ああ」

「ヨクさん……」


 少女の顔はぽーっと赤くなり、それを隠すかのように俺の腹にポスリと顔を埋める。

 どれだけの時間あそこにいたのか、顔が赤くなっているのは身体が弱って熱が出ているからかもしれない。それに知らない男よりも家族の方が安心出来るだろうから早く来てくれないだろうか。


 そう思っているとバイクのエンジン音が聞こえ、ガタガタとした道を安全運転とは言い難い速度で走ってきているものが見える。


「あ……お兄ちゃん」

「ああ、あのバイク、お兄ちゃんなのか」

「あぅ……バイクじゃなくて上に乗っているのがです……」


 いや、うん、それは分かっているが。と思っていると俺達の姿を見つけたらしいバイクの運転手がバイクの音をかき消すほどの大声を叫ぶ。


「ミイイイイィィィイ!!!! ナアアアアァァァァア!!」


 すぐ近くでバイクが急停止したかと思うと、それをスタンドで立てることすらせずに投げ出して俺の膝の上にいる少女に飛びつく。


「よかったぁああ!! 本当に……よかっ……!!」


 体格のいい、俺と同年代ぐらいの青年が少女ごと俺を抱きしめる。

 いや……少女は素早く俺の上から飛び退いていたことで青年の抱擁を回避していた。


「よかった、よかった!! 本当に心配したんだぞ!!」


 少女の兄はよほど感極まったのか、抱擁をしているのが少女ではなく知らない男であることにも気が付いていないのか「俺が、ちょっ……離してくれ……」と窒息しそうになりながら言っても聞く耳を持つことなく抱きしめ続けてくる。


「よかった、ミナ……本当に……。あれ、なんかミナ、デカくない? しかもゴツゴツとしてるし……」


 そりゃ、俺はミナではないし、いい歳した男だからな……。ベタベタと遠慮なく体を触り回されたかと思うと、少女の兄は俺の顔を見て「きょとん」とした表情を浮かべて俺の頬を撫でて首を傾げる。


「あれ? なんかミナ……可愛さを下方修正受けた?」


 本物より10歳も歳上の男だからな。


「まぁいいかぁ!!」


 よくないだろ。

 力づくで引っ剥がしたあと、少女の方を指差す。


「多分、お探しの妹はあっちだ」


 俺の指を追った青年は「おおっ」と声を上げたあとに首を傾げる。


「あれ……ミナが……ふたり…….?」

「俺はお前の妹じゃない」

「……ん? ってウワァ!? 誰だお前!!」

「驚くのが遅い……」


 俺が呆れていると、青年に変わるように少女がべったりと俺に抱きついてくる。


「ヨクさんは、わたしを助けてくれたヒーローさんだよ。お兄ちゃん」

「ミナ……無事でよかった。ヒーロー?」

「うん。ヒーローさん。助けてくれたの」


 少女の説明だとよく分からないだろうと思い、壁にもたれかかりつつ簡単に説明する。


「あー、俺は今日こっちに越してきてな。子供の声が聞こえたから保護したんだよ。西郷良九だ。よろしく……。いや、よろしくしたくねえなぁ……俺を妹と勘違いする男とは」

「いや、俺も妹のフリをする男はちょっと……いや、でも大切な妹の恩人だしなぁ」

「妹のフリはしてねえよ……」


 疲れたのにツッコミばかりさせないでくれ……とため息を吐いていたら、青年は少女の頭をポスリと撫でて俺に泣きそうな笑顔を向ける。


「本当に……本当に、ありがとう。仕方ないから妹にしてやる」

「その理屈はおかしい。……まぁ礼だけは受け取るけど……」

「じゃあ、今日から狩屋良九だな。よろしく」

「妹認定やめろ。男だし、それに年齢も同じぐらいだろ。俺の方が歳上かもしれないぐらいだ」

「西郷先生のとこの倅だろ? 受験生って書いてるし、俺の一個下だな」


 西郷……先生?

 苗字が同じなのは父母が離婚するときに変更しなかったので知っていたが、先生というのは……教師でもしていたのだろうか。


 俺が不思議そうな顔をしていたからか、青年は軽く首を傾げて俺の方を見る。


「あれ? 息子なのに知らねえの? 学者先生だったんだけど。迷宮の研究してた。まぁ、離れて暮らしていたら親の仕事を知らないぐらいあるか」


 離れて暮らしていたら……というか、単に血縁関係もほとんど会ったこともない他人だからだが、まだ見ぬ妹のために黙っていた方がいいか。

 変な噂が立つのも嫌だろう。


「まぁ、ちょっとな。……ここから家とか近いのか?」

「んー、歩いて十分もしない。あ、名乗り遅れたな。俺は狩屋カリヤ 有道ウドウだ。ウドって呼んでくれ。こっちの世界一の美少女は……」


 と、俺に抱きついている少女を紹介しようとしたウドの腹に小さな拳が突き刺さる。


「へ、変なこと言わないで。ヨクさんに変な子って思われたらどうするの!」


 ……思ったより平気そうだな。ずっと俺に張り付いていたのでよほど怖かったのかと思っていたが……家族の姿を見て安心したのだろうか。


「えと、えっと……わ、わたしは狩屋カリヤ 道波ミナミです。ミナってよ、呼んでください」

「はあ……ウドとミナちゃんな」

「ミナです」

「ん? ミナちゃんだよな?」

「その、呼び捨てで、お願いします」

「ん、ああ、ミナでいいのか?」


 変なこだわりがあるんだな……と思っていると、ウドは何故か悔しそうに「ぐぎぎ」とした表情で俺を睨んでいた。


「……分かった。分かった」

「……何が?」

「狩屋の名を名乗らせてやる」

「いや……だから妹にはならないが……もう暗くなるし、案内してもらえるか? 道が分からなくてな」

「ん、ああ、鞄貸してくれ。疲れているだろうし、バイクに乗っけるよ」


 ウドは俺の鞄を手に取って、バイクを起こしてそれ乗せる。


「ミナちゃん……ミナは歩けるか?」


 俺が尋ねるとミナは首を横に振る。ウドはバイクを押すようだし……仕方ないので引き続き俺が運ぶか。

 立ち上がり、ミナの背中とふともも辺りを支えるように抱っこをすると、彼女はバランスを取るためにか両手を俺の首に回して顔を首筋に近づける。


「えへへ……」

「……ミナ……あんまり甘えて困らせるなよ? ただでさえめちゃくちゃ世話になってるのに」

「いや、別にこれぐらいなら気にしなくても……」


 少し疲れながらも夕暮れの中、瓦礫を避けながら歩く。少ししたところで瓦礫がなくなって歩きやすい道に変わっていく。


 その中の小綺麗な家の前で、ウドがバイクを押す手を止める。


「ほら、ここ……西郷先生の家、今は娘さんがひとりだけしか住んでないけど」

「ああ……」


 ここが今日から俺の家になるのか。「ミナを家に帰したあとにもう一度来ないとな」などと思っていると庭先で、ぼうっとした表情で立っている少女の姿を見る。


 俺よりも少し幼いぐらいの年齢。

 絹のように細い黒髪がサラサラと風に揺られて、赤い夕陽の色を反射している。

 思わず息を忘れて魅入る。ただそこに立っているだけ、それだけの少女を息を忘れるほどに「美しい」と思った。


 大きな瞳から大きな涙がこぼれ落ち、ポツン、と音を鳴らす。


「あれ、ヨク、どうした?」


 そんなウドの声が聞こえた少女、俺の妹はこちらを見て、服の袖で涙を拭う。


「……にい……さん?」


 俺のことを尋ねているのだろう。俺は上手く返事が出来ずにいると、少女はそれを肯定と取ったらしい。

 彼女は見惚れるほど綺麗な顔をギリっと歪ませて、憎悪するように俺を睨み「……死んじゃえ」と、呟いた。

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