まさかの再会×ダンジョン攻略
こう、小説やそれを元にした映画とかだと火を出してたり岩を操っていたりしたんだが……と思うが、よく考えてみると小説に出てきたのは、すでに迷宮を制覇したことのある上澄み中の上澄みな、文字通り『主人公』なわけで……こうやって不幸な上に間抜けを晒している俺のような奴とは違うわけである。
そりゃあ……こう、スキルにも差が出るよな……。というか、強いスキルを持っていたから迷宮を制覇出来たという側面もあるわけだし……。
とにかく、ビビってここにいても何も起こるはずはなく、飢え死にするだけだろう。
まさか登山のように救助が来るはずもない。
仕方なく一歩踏み出そうとしたその時のことだった。
「うっ、おわああああ!?!?」
背後から野太い男の叫び声が聞こえて、振り返ったらタクシー運転手のおっさんがエスカレーターから放り出されてゴロゴロと床を転がっていた。
「あいたたた……って、迷宮!? と……お客さん!?」
「おっちゃん!? なんでここに……?」
近寄って手を貸すと、おっちゃんは俺の手に体重を少しだけかけながらゆっくりと立ち上がる。
「ああ、いえ……お客さんがタクシーの車内にスマートフォンを置き忘れていることに気がついて引き返して来たのですが、お客さんの姿がなかったので、とりあえず上から探そうと近場で一番高い建物に入ったら、まあそんな具合で」
完全に俺と同じ理由だった。
……というか、俺のせいである。自分一人ならまだしも人を巻き込んでしまったことに冷や汗を垂らし、おっちゃんに深く頭を下げる。
「すみません。俺の不注意でこんなところに来させてしまいました。必ず、何としてでも迷宮から脱出出来るように最善を尽くします」
「ああ、いえ、私が自分で判断して動いたことですからお気になさらず。それに、自分の息子ほどの歳の男の子に守られるほどやわじゃありませんよ」
「……息子さんいらっしゃるんですか?」
「いや、いませんけどね。あ、スマホどうぞ」
いないのかい。
俺が非常に申し訳なく思っていると、タクシーの運転手のおっちゃんはポリポリと頰を掻く。
「あー、迷宮と言っても、出口を見つけること自体はそれほど難しくはないんですよ。このエスカレーターのようなすぐに出られなくなっている仕掛けはどの迷宮にも見られるんですが、おおよそ出口はそこそこ近くにあるのが相場でして」
「……詳しいですね」
「まぁ、歳も歳ですから、行きましょうか。こういう建物を飲み込んだ形の迷宮だと上の階に行かなければ致命的に迷う……迷宮の奥に向かうということはないので」
おっちゃんは俺の前を先導するように歩き、俺は思わずそれを止める。
「ちょ……アレ、迷宮に願いを書かないとスキルが……」
「……ああ、いえ、以前、迷宮に巻き込まれた時に」
「……迷宮災害に巻き込まれたって……直接的に、迷宮に呑まれたんですか。それは……災難でしたね」
「まぁ、そうですね。……ああ、迷宮の中では敬語はやめておきましょう。万が一の時に反応が遅れかねないので。あと、私は
「あ、俺は西郷 良九です。……いや、えっと、西郷 良九だ。……よろしく頼みま……頼む」
俺が頭を下げると、おっちゃん……山本勝は少し笑う。
「なんかちょっと変な喋り方だね。じゃあよっくん、迷宮って一言で言っても色んなところにあるわけなんだけど」
「よっくん……?」
「この迷宮を制覇したら願いが叶うってわけじゃないんだよね」
「……あんまり詳しくはないんだが、発表されているのは嘘ってことか?」
「嘘ではないんだけど、正確に言うと迷宮は『浅層』『中層』『深層』という風に分かれていてね。深層を制覇しない限りは制覇ということにならないんだよね。地区大会優勝ではなく甲子園優勝みたいな」
「ああ、なるほど? ……テレビとかで見る激闘は……」
「あれは中層以降だね。浅層はそこまででもないよ。こうやって多少迷い込んだあとに出にくくしているのは、スキルをもらうために人が大挙して押し寄せるのを防ぐためだろうね。あくまでもあの人の目的は『迷宮を制覇しようとする人』を迷宮に招くのであって『スキルをもらっておきたい人』はお断りってことだよ」
まるで見知った人について語っていく山本を少し怪訝な表情で見ると、彼は気にした様子もなく首を横に振る。
「ああ、失礼。おじさんになると詳しくもないことを受け売りで語りたくなってしまうんだよ。匿名掲示板で見ただけで」
「……あー、まぁ面白い話だとは思う。結局唯一願いを叶えたという集団も「戦争をなくす」という願いを叶えただけで迷宮の謎とかはよく分かっていないそうだからな」
「おっ、結構詳しいんだね」
「小学校の「せいかつ」の授業で習うようなことなので……。ん?」
不意に、視界の端で何かが動いたような気がしてそちらを見ると、棚の影からにゅるりと何かが這い出してくる。
一瞬遅れて、それが魔物と呼ばれる存在であることに思い至り、山本に襲い掛かろうとしたその影を思い切り蹴り飛ばす。
地面に倒れたと思った影に、地面から伸びてきた鎖が巻きついてその動きを止める。
「ッ……なんだこれ」
影と評していたが、それは正しく影に似ていた。
真っ黒な人間のような姿をした何かが鎖から逃れようともがいているのを見て「ここが迷宮なのだ」と思い知らされる。
背中から冷や汗が流れていくのを感じながら、大した運動をしたわけでもないのに荒くなっている息を整える。
「わっ、あ、ありがとう。よっくん」
「あ……無事か? 無事だよな……何かに襲われたみたいだが……」
「おかげさまで……これは、多分魔物だね」
まぁそれは分かるが……。真っ黒い影のような姿をした人型の魔物。襲いかかってきたところを見ると到底この大きさの生き物が潜めるようには見えないが……黒くて影の色に近いから見逃していたのだろうか。
どうやら俺のスキルのおかげで動くことは出来ないようだが、元気に動き回っていているところを見るとダメージはなさそうに見える。
「……この鎖、よっくんのスキル?」
「よっくん……。あー、まぁ、俺もよく分かっていないがそのようだ」
「どんなものだろ? 鎖を出すとかかな」
「攻撃を拘束に変換……だそうだ」
山本は一瞬だけ失望の色を顔に浮かばせて、それを誤魔化すように口を開く。
「あー、私の能力は回復なんで、ちょっとバランスが悪いというか……」
「まぁ、数分歩いただけで魔物に襲われるって考えると攻撃力低いのはかなり……アレだな。その、物語であるようなのとは違うというか」
回復はまだしも、俺のはかなりしょうもない能力だ。
「……とりあえず、離れようか」
「そうだね。今のところ一本道だからいいけど……はー、明らかに元のビルの広さよりも広いよね。まぁちょっとしたアリの巣さえ巨大なものに変わるらしいので元の大きさとかは関係ないんでしょうけど」
非常に理不尽な感じはするが、それが迷宮というものだ。どれだけの時間拘束が続くのか分からないため、早足気味で進んでいると、山本が小さく口を開く。
「……さっきの魔物の名前、
「山本……もしかしてなんだが……センス半端ねえな」
山本はニヤリと笑う。
「ふふ……でしょう?」
「ああ、流石はあの曲の作詞をしただけはある。言語センスってやつがずば抜けているな」
そう話していたところで背後からの気配を感じて振り返ると、物陰から影人が姿を現す。やはり……明らかに隠れられるような空間はない。
どういう仕組みかは気になるが……今は目の前の魔物に集中しなければならないだろう。
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