はじめてのダンジョン×スキル取得
東京都……という場所は20年前は大都会だったらしい。雑草の生えている数よりも遥かに人の数が多く、誰かが吐いた吐息が別の誰かに触れるほどに密集していたらしい。
今は稀に残っている集落を除けば人っ子ひとりいないような場所になってはいるが、それでもたった20年では痕跡はそうそう消えるものではない。
日の当たるビルや地震やらなんやらでヒビ割れた地面などからは草木が茂ってはいるが、他のビルの影にある建物はおおよそ昔と変わらぬ姿をしている。
何より雑木林のように立ち並んだビル達を見れば、ここがこの国の都であったことに疑いは持てない。かつての人の気配を強く残したここは、『○○区』やら『○○市』と呼ばれることはない。
古都東京。それがここの名前だ。正確な地名は以前のままだが、正確な地名を呼ぶものはいないし、それを呼ぶ意味もない。
都会と呼ぶのもおかしいが、田舎と呼ぶのも妙ちくりん。まぁ学校に十人もいないって考えれば田舎でいいのかもしれないが。
そんな中、俺はベンチらしき者に腰掛けてため息を吐く。
「……どこだよ。ここ」
かつての地図なんて役に立たないし、勘を頼りに探そうにもビルが邪魔である。
電波はここ数年で技術の発達により、ここまで届くようにいるのでスマートフォンさえあれば何とかなるのだが……今手元にスマートフォンはない。あるのは神曲の入った音楽プレイヤーと財布とちょっとした物が入っている鞄だけだ。
おっちゃんがスマホに気が付いたら引き返してきてくれるとは思うが、最悪何時間も後になってしまう。
瓦礫などで車では進めない道が増えてきたので少し離れたところで停めてもらったが、それでも人里にはそこそこ近いはずだし……おっちゃんを待つのよりかは人里を探す方がいいか。
人数の少ない土地なら、おおよそみんな知り合いで、俺の妹とやらの住んでいる家も知っている可能性が高いだろう。
幸い高い建物は多く、それに登って周りを見回せば人の住んでいる場所なども分かるだろう。
「とりあえず……あれに登るか」
周りを見回した中で一番高い建物に目を付けてそこに向かい、ガラスの割れた自動ドアを潜って中に入る。止まったままのエスカレーターを階段のように使って登っていくと、少し古くなった家具が展示されているフロアに着き、近くのベッドに目を向ける。布は使い物にならなさそうだが、フレーム自体はまだまだ使えそうに見える。
……親父の使っていた寝具は残っているだろうが、なんとなく使いにくいのでここからもらって来ようか。確か、法律でも迷宮化した場所周辺の物は持っていっていいとかあったはずだ。
「……何にせよ、とりあえず上に」
そう考えながら3階に足を踏み入れた瞬間のことだった。頬にチリッと針が掠めるような感覚が走る。痛みにも似た妙な緊張感と、吸い込んだ空気が苦いような妙な感覚。
まずいと直感的に考えて引き返そうとした瞬間、エスカレーターが急に動き出して俺の身体を無理矢理前へと進ませる。
当然、すでに電気など通っているはずもない古の都でエスカレーターが動き出すのなど普通はありえないはずで……。
「ッ! まさか、ここは……! 迷宮に呑まれ──!」
すぐにエスカレーターから飛び降りようとするが、到底下の階まで届くような距離ではない。
隣で動いているエスカレーターに飛び移ろうとしたが、隣のエスカレーターも上へと動いている。
これは……ああ、無理だな。エスカレーターの速度が増して勢いよく上の階に放り出される。
普通の廃墟だったはずのビルの3階。そこにあったのは雑多な商業スペース……ではない、ビルの内部が歪むように曲がりくねった道、棚と木々がお互いの居場所だと主張し合うように生えていて、商業スペースのような「歩きやすい道」とは全く違う「人を迷わせるための道」が広がっていた。
振り返るとエスカレーターは相も変わらずぐるぐると動き続けていて、上に登るためのエスカレーターも反対向きに回ってこの階から出られないようにしていた。
「……迷宮に、閉じ込められた」
思わず頬が引き攣る。一千万もの人間が恐れてこの土地から去っていくようなもの、それが迷宮である。つまりは、かなり濃い絶望に脚を踏み入れてしまっていた。
近くには迷宮であることを示す紙とペンの置かれた筆記スペースがあり、よろよろとしながらそこに向かう。
日本に生きていれば嫌でも目にすることとなる迷宮内のルールを目にする。
【ルール1:迷宮を制覇した者は、迷宮初探索時に所定の用紙に記入した願いが叶えられる。】
「願いなんて、ここから早く出たいしかねえよ……」
そう思いはするものの迷宮の制覇をした時点で外に出られるのでここに書かずともその願いは叶うし、そもそも制覇はせずともどこかに出口はあるはずなのでそちらの方がはるかに楽なはずだ。
迷宮の力を使ってまで叶えたい願いなんてないが、二つ目のルールを見て書かざるを得ないことを悟る。
【ルール2:所定の用紙に記入したものは『冒険者』となり、『スキル』を得る。】
問題はこの『スキル』である。迷宮はただ人を迷わせるだけではなく、魔物と呼ばれる利害の化け物や罠などがあり、それの対処をするためにはそのスキルが必要だからだ。
面倒くさいとか叶えてほしいという願いがないことは置いておくにしても、願いを書いて迷宮のルールに従わないことには生き残る可能性が減ってしまう。
仕方なく机に向かって紙とペンを手に取り『何もいらない』とだけ書き込むと、書き込んだ紙が淡く光り始めてパッと書き込んだ文字が消えて、それからサラサラと文字が書かれていくように、紙に文字が浮かぶ。
『何も望まぬ『無欲』の願い。けれども精神の本質は『無欲』とは正反対のものである。あらゆるものを『他者から与えられる』ことに対する強い嫌悪。
『全てのもの』を『自身の力で得る』
この世の万物を望むのよりも、遥かに深く強く巨大な望み。何も望まないという、この世で最大の『強欲』の所持者【西郷
あなたのスキルは、あらゆる攻撃を拘束に変換する力【
紙に書かれた文字を見た途端、頭に【スキル】の使い方が浮かんでくる。
近くにあった瓦礫を拾い上げて、その瓦礫で近くの木を殴りつけると瞬時に黒い鎖が現れてその木を縛りあげる。
その代わりのように瓦礫で叩いた箇所には傷のひとつもなく、綺麗なままの木があった。
これが攻撃を拘束に変換する能力……。鎖を握ってみると簡単にパキリと割れて鎖が空気に溶けていく。
……いや、これでどうやって魔物と戦えと?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます