鎖使いは縛られない。現代ダンジョンで無双する最強の冒険者!※ただしスキルは逆SSRの大ハズレの最弱スキル

ウサギ様

第一章:人造迷宮【模倣の廃廊】攻略

ド田舎に引っ越し×着いて5秒で迷子

【ルール1:迷宮を制覇した者は、迷宮初探索時に所定の用紙に記入した願いが叶えられる。】


 何度も何度も、繰り返し見た文言が手元のスマートフォンに映し出される。

 近年稀に見るような人気小説作品の一節ではあるが、その作品がこの文言の初出ではなく、これ以前からあるものだ。


 というか、そもそもがその作品はフィクションではなくノンフィクションである。どこまでが真実かは著者しか知らないだろうが。


 ガタリとタクシーが揺れたかと思うと、それから座っているだけで尻が痛くなるほどガタガタと車体ごと揺れていく。


 窓の外に見える荒れきったアスファルトのヒビから、植物が我が物顔で葉を伸ばしている。


「あ、路面がこっちの方がいいので反対車線通ってますけど会社には秘密にしておいてくださいねー」

「……はあ、分かりました」

「どうせ車なんてこれ以外には通らないでしょうしね。そう言えばお客さんは何をしに行くんです? 泊まるところなどはないですし、バスも通っていないので気をつけた方がいいかもしれませんよ」

「ああ、転校です。今日からこっちに引っ越して、住むところもあるのでご心配なく」


 タクシーの運転手はミラー越しに俺の方を見て驚いた表情を浮かべる。


「……えっ、ここってまだ学校ってあるんですか?」

「あるらしいです。見に行ったこともないので、どんなものかは知らないんですけど……小中高合わせて10人もいないらしいんですけどね」

「はあー、また何でそんなところにお一人で?」

「何年も会っていない親父が死にまして、なんか妹がいるらしいんですよ。その妹が「ここから離れたくない」と言っているらしく、でも面倒を見る人もいないということで、親戚による白羽の矢というか赤紙というか。「大学の学費を出してやるから面倒を見ろ」という話で」


 タクシーの運転手は数秒ほど黙ってから、誤魔化すように「ははは」と笑う。


「つまり……あー、妹さんのためにこんな田舎に来たんですね。妹さん想いのいいお兄ちゃんですね」

「まぁ、俺は離婚の原因になった母の不貞の子供なんで、親父とも妹とも血の繋がりはないんですけどね。妹に至っては先週の水曜に初めて存在を知ったぐらいです」


 タクシーの運転手はゆっくりと走行スピードを落として、ハンドルに額を押しつけて叫ぶ。


「重っ!! 軽い話題のつもりだったのにめちゃくちゃ重い!! 畳みかけるように重い!!」

「お、おう……すみません」

「い、いえ、失礼しました。……ま、まぁ……せっかくの新生活ですしね、心機一転頑張ってくださいね」

「先週、天涯孤独になったばかりの妹との生活ですけどね」


 タクシーは完全に停止して、タクシーの運転手のおっちゃんはゆっくりと扉を開けて外に出る。


「……あー、空気が美味しい。お客さん、コーヒーいりますか? 飲みかけですけど」

「飲みかけはいらないですね……」


 運転手はそのやりとりだけをした後、再び運転席に戻りタクシーを出発させる。


「ま、まぁ、血の繋がりはないと言っても、家族がお兄さんとお兄さんのお母さんで二人になるわけですし……まぁ、その……ね?」

「いや、俺の母は数年前に彼氏作ってどっか行ったんで俺ひとりですね」

「地雷しかないっ! 荒れ果てた道と地雷ばっかりって、ここだけ戦争中みたいになってんですけど!」

「いや、なんかすみません」


 俺が謝るとタクシーの運転手はゆっくりと首を振る。


「いえ、すみません取り乱して。あ、何かいります? ……ガムとか。ポケットに入っているので体温で生ぬるくなってますが」

「体温で生ぬるくなったガムはいらないですね……」

「あ、スマホの充電とか出来ますよ? ほら、まだまだ時間がかかりますし」

「それは割と本気でありがたいですね。バッテリー切れかけだったんで。家の場所とかも分からないんで、もし切れたら困ってました」


 運転手は「でしょう?」とばかりに嬉しそうに笑みを浮かべてUSB端子の位置を指差す。

 俺はそれに充電器とスマホをセットする。


「まぁ、人生って色々とありますよ。お客さん。私もね、色々ありましたよ」

「……そうなんですか? どんなことが?」

「えっ……」

「どんなことがあったんですか?」

「いえ、それはね……あ、あー、先日、行きつけのラーメン屋が潰れました」

「…………」

「…………」


 車内に微妙な空気が流れる。運転手はミラーの方をチラリとも見ずに、今までにないほど真剣な表情でタクシーを運転していく。


「……いや、まぁ、俺も行きつけのラーメン屋が潰れたらめっちゃ悲しいですよ。いっつも食ってた豚骨ラーメンの店の唐揚げ丼と餃子が付いてくるセットが美味かったんですけど、なくなったときは落ち込みましたもん」

「いや……すみません。平坦な人生を送っていてすみません」

「いやいや、俺みたいな若造はただ周りに流されてるだけですし。結局のところ働かずに大学に行こうとしてるってだけですからね。こうやって働いてる人の方が遥かに立派ですよ」

「いや……妹さんの面倒を見るためになんて……若いのに」

「いやいや、本当にまだ何もしてないですし、誇れることなんてないですから」


 何でこんな謙遜のしあいになっているのだろうか……。なんとなく気まずく思っていると運転手は誤魔化すように口を開く。


「あー。あの、音楽とか聴きます? 会社のタクシー何でCDとかは持ってないんですけど、私物の音楽プレイヤーならありますよ。私、耳垢べちゃべちゃなタイプですけど」

「いや、耳垢べちゃべちゃな人のイヤホンはちょっと……」

「でも、中に入ってる音楽、ロックですよ? いいんですか?」

「ロックに対する信頼厚くないですか? いや、別にロック聴かないんで……」


 運転手のおっちゃんは「でもロックなんだけどなぁ」と言いながら少し年季のいってそうな音楽プレイヤーをしまう。


 変な運転手に当たったなぁ……。と思いながらも、こんな尻が痛くなるような道を不満も零さずに走ってくれているのだからありがたいことだと考える。


「私の思い出の曲なんですけどね……」

「いや……はい……」

「大学のときのサークルで私が作詞作曲したんですよ」

「自作!? ええっ!? 自作勧めてきたんですか!? どうしよう……めちゃくちゃ興味湧いてくるな……。あー、イヤホン自前のがあるんで聞いてみていいですか?」

「はい、どうぞ」


 鞄からイヤホンだけを取り出して受け取った音楽プレイヤーに差し込み、音楽を鳴らす。

 軽快だけど少しの物悲しさのある前奏が流れていくのを聴きながら外に目を向ける。


 丁度視界の端に『東京方面』を示す古びた看板が目に入り、不思議なもの寂しさを覚えながら緑に侵食された街々を見る。


「それ丁度【迷宮災害】で東京を離れることになった時に作ったんですよ」

「……ああ、20年も前なんですね。じゃあ、お年は40歳ぐらいですか?」

「いや、6浪3留したんで50超えてます」

「なんでさっき、ラーメン潰れた話したんです?」


 そっちの方がよほど平坦じゃないだろ……。というか、怖いな……大学受験の負のご利益がありそうなおっちゃんだ……。





 音楽を聴いている間に大きな瓦礫などが多い地域に入っていき、目的の場所にたどり着く。


「お客さん、この辺りでいいですか? ……あ、どうしました?」

「……おっちゃん、あんた天才ですよ……。CDとか出してません? もしくはネットで配信とか」


 俺は音楽による感動の涙を流しつつおっちゃんに言う。


「あー、そういうのは。身内で作っただけで」

「そう……ですか……勿体ない。……目的地に着いたのにすみません、もう一曲だけ聞いても」


 おっちゃんは深く頷いたあと、俺にハンカチを差し出す。


「そんなに感動してもらえるとは……。よければ、差し上げますよ、それ」

「い、いや……流石にそんなわけには」


 おっちゃんはポケットからハンカチを取り出して俺に渡す。そのハンカチで涙を拭こうとすると、なんかミントガムの匂いが若干不快だったので服の袖で拭いてハンカチを返す。


「いえ、もう古いものですし、引っ越し祝いと言うには汚いものですけど、どうぞ。……それにそんなに感動してもらえたのは初めてなので、私も嬉しいんです」

「おっちゃん……!」

「私の青春のあと、受け取っていただけますか?」

「……! ああ! ……あれ? 青春というわりには、この曲を作った30歳ぐらいですよね?」

「…………では、また。ああ、この辺りは迷宮の入り口もあるので、迷い込まないように気をつけてくださいね」


 おっちゃんはタクシーに乗って颯爽と去っていく。

 俺も早速、家に向かおうと思ったところで気がつく。


 ……スマホ、タクシーの車内で充電器に刺さったままだ。……ここ、どこだ? ……着いて一瞬で迷子になった。

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