センス×エリアボス

 トン、と俺の靴が影人の頭に触れて、ほんの一瞬力を溜めたあと方向を変えて壁に叩きつけるように強く蹴る。


 その次の瞬間には壁から伸びてきた鎖で影人はグルグル巻きになって動きが封じられ、ダメ押しでもう一回蹴り付けるとより大きな鎖が影人の身体をしっかりと捕らえる。


 フッと息を整えながら周りに新手がいないことや鎖に縛られている影人が動けないことを確認して、少し進んだところで山本に声をかけた。


「あー、山本、ないとは思うけど、怪我は?」

「まぁ戦いに参加してないので……格闘技経験とかあるの?」

「いや、完全にど素人。運動部ですらないし。まぁ、影に潜む能力みたいなのを除けば動きはそんなによくないし、これぐらいなら何とかなるな」


 山本は少し驚いた表情を浮かべながら「魔力の方は大丈夫ですか?」と俺に尋ねる。俺は周りに警戒を払いつつ「魔力?」と山本に尋ね返すと、彼は周りを警戒するような仕草もなく頷く。


「ええ、スキルの発動には魔力と呼ばれる精神のエネルギーが必要で。慣れれば増えるんだけど、不慣れだと少ししかスキルが使えなくて……不調とかはないかな? 魔力切れが近づくと気だるくなるはずで」

「……特に不調とか気だるさはないな」

「……召喚系のスキルかと思ったんだけど、もしかして変換系スキルなんだろうか。変換系は効率がいいものだし……」


 ブツブツと言っている山本を他所に新手がやってくるのを見る。


 今度は影人が二体……本能なのか毎回後ろからやってくるのがいやらしい性格をしている。「ちょうど通りかかった瞬間に飛び出せばいいのに」と思わなくもないが……そんな不意を突けるほど賢くはないのかもしれない。


「あ、い、一体……ひ、引き受けましょうか?」

「いや、多分一人でいけるな」


 トン、と、地面を蹴ってから落ちている瓦礫を蹴り飛ばす。影人はスッとそれを回避するが、俺の足元から瓦礫へと鎖が繋がり、俺はその鎖を脚に引っ掛けて鎖を利用して瓦礫の軌道を変化させることで影人の頭に命中させる。


 瓦礫を頭に食らった影人はフラついて壁にぶつかり、壁から生えてきた鎖に捕らわれる。


 何度かスキル【英雄徒労の遅延行為アウトローチェーン】を使ってみて、『拘束』と一言で言っても三つの種類があることに気がつく。


 名をつけるとしたら。

 ひとつ目は《縛り》、攻撃を当てたものをグルグルと鎖が巻きついて動きを縛る。

 ふたつ目は《縫い》、攻撃を当てたものに対して壁や地面などから鎖が伸びてその場に縫い止める。

 みっつ目な《繋ぎ》、攻撃を当てた物質同士を繋げるように鎖が伸びて繋ぎ止める。


 どれも似たような鎖を用いた『拘束』ではあるが、微妙に違いがあり、使いこなすことが出来れば、やれることが大きく増えそうだ。


 だが大きな問題もあり……それは、このスキルがパッシブスキルとでも言えばいいのか、俺の意思に関係なく攻撃によるダメージを全て拘束に変換してしまうことだ。


 拘束の種類は選べるが、攻撃か拘束かを選ぶことが出来ない。つまり……何をしようと、俺は敵にダメージを与えられないらしい。


 明確にマイナスの方が大きい効果だ。


 トン、と二体目の影人に脚を当てる。当てた状態で体勢を変えて、地面を強く蹴るのと同時に当てていた脚を思い切り振り上げる。


 影人は勢いよく天井まで吹っ飛び、黒い鎖によって天井に縫い止められた。


「強い……。明らかに、弱く小さなスキルなのに……」


 山本はそんな言葉を溢してから、我に返ったようにパッと俺を見る。


「怪我はない。行くか」

「あ、うん……よっくん、本当に素人? なんか武術の達人だったりしない? あれ、普通の大人とかなら簡単にひねり殺すんだけど……」

「そんな強いのか? こわ……」

「よっくんの方が怖いよ?」


 俺は怖くない。

 ……それにしても、このスキルというものはかなり弱く、むしろない方が楽な気がするが……けれども、よく肌に馴染む。


 迷宮を山本と二人で歩きながら、影人を文字通り蹴散らしていく。


 木と瓦礫と商品棚ばかりが並ぶ通路の中、上に上がることが出来そうなエスカレーターを見つける。


「……エスカレーターは……これは、どう見ても上の階に行くやつだな。脱出とは逆だろうし引き返すか?」


 と俺が口にしたのとほとんど同時に、天井の照明が点滅する。電気が途切れている? ……元々こんなところに証明が点くような電気がきている方がおかしかったが……そう思っていると、階段の目の前に小さな影が視界に映る。


 証明が点滅すると小さかった影が少し大きくなり、また点滅するとより大きくなっていく。

 バチバチバチッと激しく点滅を繰り返したかと思うと、階段の前に立っていた始めは小さかった影が俺の背丈を大きく超える2mはゆうに超えているだろうものに変わっていた。


 先程までの影人は俺と同じぐらいの背丈だったが……これはそれよりも遥かに大きく体重に限って言えば倍はありそうに見える。


 驚く俺の隣で、山本は冷や汗を垂らし震える声で呟く。


「え、エリア……ボス……」


 まるで絶望を目にしたような表情の山本の肩を強く掴む。


「ッ……やるしかない。俺が前に出るから、俺が怪我をしたら回復を頼む」

「はは……いや、これ、無理でしょう」

「……かなりデカブツだが、やるしかない。……そうだな良い呼び方はないか?」

「へ? 大影人……いや、闇人やみんちゅとか……?」

「センスに溢れてるな。流石だ。エリアボスってことは、このエリアで一番強いってことだろ? つまり、こいつさえ倒せるなら脱出まではおおよそ安全ということになる」


 山本は「いや、それは結果と理屈が逆……」と口にするが、俺は一歩前に出て闇人を睨む。


 ……影人は普通の成人男性よりも強いらしく、それよりも明らかに強そうなこいつはマトモな人間では勝てない相手なのだろうことは理解出来る

 おそらくスキルを使って倒せということなのだろうが、あいにく俺のスキルはマイナス効果の方が大きいハズレすきるだ。


 ……だが、何故だろうか。自分でも不思議てしかたないが……まとまらない思考を山本に向けて話す。


「……なんか、負ける気がしないから安心していていい。普通の理屈だと勝てる見込みがないのは分かっているが……たぶんコイツより俺の方が強い」

「……へ?」


 と、山本があげた声を合図に、俺と闇人が共に全力で相手へと突っ込み、戦いの火蓋が切って落とされた。

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