幕間 令嬢よりお小言(受取 八王子の土地神)
人間社会では、不思議とため息が出るのはなぜだろうか。
八王子から乗り継いでこんな田舎まで来ること自体面倒だったというのに……この上ゴミ拾いまで押し付けられては業腹ではあるが、今はそれどころではない。
『……市内にいることは了承しましたが、一体どういうことなのでしょうか?』
「なんのことかな」
「悪いね、ボクも表面上は土地神の仕事をしている
『他人の逆鱗の位置には気を付けた方がよろしいですわよ?』
脅迫する前にボクの努力を労ってもらいたいものだ。
そもそも彼女が頼みを素直に聞いて、さっさと終わらせてくれればこんな田舎に来ることはなかったのに、大先輩は自由で困ったものだ。
敢えて返答はせず、沈黙。
漆葉境が行っていたように、眼下の汚れたチラシをトングで拾い上げる。勿論、こんな雑務が土地神に何か影響があるとは思えないが、何もしていなければお小言を受ける。余計な詮索をされないためにも、都会の平和な街からやって来た呑気な土地神――
今回はあくまで、事の成り行きを見届けるだけだからね。行動如何によっては、我が党からは消えてもらう必要があるかもしれないし。
『回答がないということは、始末して良いと受けとってよろしいですわね?』
「発想が危険だね。そんなにボクがここに居るのが不満かな」
『
万年金策に走っている政党には厳しい言葉だ。
財閥の令嬢として入り込む能力は素直に評価したいね。まぁ、令嬢と表現するような年齢かと言われると微妙だけど。
『今、失礼なこと考えていません?』
「いいや、別に。すまないね、不愉快かもしれないけどボクの立場もわかってほしい」
へそを曲げられたままでもバツが悪い。ここは大事なスポンサー様を立てておこうじゃないか。視界の端では退屈そうにメイが缶コーヒーの上へ立ち、バランスを取っている。
『……まぁいいでしょう。
「わかってますよ、お嬢様」
背後から強烈な殺気が刺さる。
ビルの屋上、わずかに見える灰色。赤い光がこちらを射抜いていた。同じ妖魔だと言っても、獣臭さがこちらまで来そうだ。
「それで、二人とも呼び出して仕留めるつもり?」
ボクとしてはまだ二人とも生で
ボクの質問に対して、彼女は深くため息を吐いた。
『急いては事を仕損じる、ってご存じかしら? 私は相手の事を知らないまま始末するのは趣味ではありません』
興味のある存在は、だろ。
要するにそれ以外は捕食対象なのだ。それに、君のような妖魔の体感時間は狂っていることをいい加減自覚してほしい。
とはいえ、それを指摘するのも野暮だ。妖魔にはそれぞれ主義やポリシーがあって当然なのだから。
「了解……ただ、追い込んでおいて取りこぼすようなミスだけはしないように頼むよ」
『ふふ…………八王子の土地神様も大変ですわね。言われなくても肝に銘じていますわ』
…………これだからお嬢様は。
格としてはこっちが上なのだから、もう少し尊敬の念を持ってもらいたいものだ。西欧系の妖魔はどうにも態度が大きいのが気になる。父曰く、そこをひっくるめて受け入れる度量がなければ党首にはなれないと昔から言い聞かされているから反論はしないが。
「ところで……君の想い人はどちらなのかな? やっぱり――」
それでも茶化すくらいはいいだろうと切り出してみたが、切電されてしまった。ボクとは恋バナをするつもりはないらしい。黒くなった液晶画面を見ていると、隣にいたメイが楽しそうに口角を上げていた。
「胃薬でも飲むぅ?」
「からかうなよ、彼女の相手は気疲れするんだ」
だからといって衝突することはない。選ばれた妖魔は理性があり、秩序がある。それに、彼女は大事な後援だ。お得意様をしくじるようなことをしてもメリットはない。
「じゃあどうするのぉ?」
「そうだな、とりあえずは…………」
歩道の隅、視線の先にはタバコの吸い殻。
ゆっくりと歩き出し、それを拾う。妖魔の食い散らかしも厳しく統制が必要な昨今、人間はやかましく言われないのだから気楽なものだ。
「尊敬すべき土地神様から言われた通り、ゴミを拾おうか」
環境保全は種族を問わず、だ。
そこだけは評価しておこう。
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