5-5(3)令嬢主催による恋バナ会議(対象:漆葉境)



 呼び出されたのは狩夜市内のホテル。 

 緑の制服は剥ぎ取られ、貸出ではあるが濃紺のジャケットを着せられ……気づけばパーティー用の部屋に案内され、純白のクロスで飾られたテーブルに着席していた。


 対面には呼出の張本人であるご令嬢――波洵はじゅんアンナ――が目の前でニコニコしている。とても事件の渦中にいる人物ではない……と言いたいところだが、妖魔の研究をしているのであれば倫理観がズレていても不思議ではないか。


「白神様はただいまですので、もうしばらくお待ちくださるかしら漆葉様」

「お待ちをって……結局何で呼ばれたわけ?」

「ふふ、恋バナですわ」

「……アホくさ」


 聞き慣れない単語に、思わず本音が出てしまった。

 お付きの――兵牙キョウコだったか――がいない状況で、建前が崩壊。まぁいい、どうせ聞こうと思ってたことだし続けよう。


「真面目に仕事してくれよな。鮮血姫せんけつきの疑いがある妖魔の解剖予定なんだろ?」

「回収した妖魔が本当に特定妖魔であれば解剖時に飛散する可能性がある血液で吸血鬼になってしまう可能性がありますので……安全に執り行う為に十分な装備が届くまで、解剖は実施できないのです」

「装備?」

「簡単に言えば防護服です。吸血鬼のみならず、体液に物を溶かす性質のある妖魔や、血液単体が独立行動をするような妖魔を解剖する時にも使用する装備が必要なのですが……生憎と今は東京県内に需要があってこちらには簡単なものしかありませんので。人数分届くまで数日はかかるかと」


 ヒトとして明らかに失礼な態度を取ってみたが、アンナの態度は変わらなかった。


 単純に人間を解剖するのとは違うのか。

 まぁ……噛まれただけ、あるいは血が体内に入るだけで吸血鬼化した現象はとっくに見ているから本当なんだろう。

 黒蜥蜴本体で動き回っていた時には体内から酸性の液体をぶちまける妖魔と戦ったっけかな。名前は憶えていないが、シュワシュワして変な感じだった記憶。


 アンナの話をまとめると、とどのつまり待ちぼうけである。


「先に銀嶺様にはお伝え済みでしたけれど……なにやらお疲れだった様子なので漆葉様まで連絡が届いていなかったかもしれませんわね」

「対策課の報連相はどうなってんだ……」


 仙は……あいつも寝てんのか?

 しかしそれなら尚更、わからないことがある。波洵アンナが興味を持っているのは俺ではないはず。


「まぁいいや。でも、恋バナ……? するなら俺なんていらなくないか? 白神だけ置いていけばあんたには十分だろ」

「あら、そんなことありませんわ。同じ苦味を共有する仲ですもの――朝緋あさひの事、教えてくれません?」


 唐突。

 懐から取り出した『気付け用』のチョコレートを一口飲みこみ、アンナはこちらに微笑む。


夕緋しらがみのことじゃねぇのかよ。教えてくれつったってなぁ……別に大した知り合いでもないし」

「聞いたところでは、彼女の力を引き継いだと」


 新藤グループの令嬢による情報収集力か、それとも単なる情報漏洩なのか。白神をはじめ、対策課の連中には少し伝えていたが……漏れる所からは漏れるもんだな。とはいえ、馬鹿正直に黒蜥蜴真実を伝えるわけにもいくまい。


「事故だ事故。たまたま居合わせたら渡されたんだよ」

「…………そうでしたの」


 口角は平坦に。瞳は鋭く。

 真実を告げているというのに、アンナはこちらの様子を伺うように見据える。


「不思議な関係ですわね、特別な感情はなくて?」

「はッ、他人ヒトに面倒ごと押し付けた奴に対するもんなんてイラつきぐらいしかねぇっつうの」


 これも本音である。すべてではないが。


「それなら余計に奇妙ですわ。口ぶりは嫌がっているのに、その実、こうして日々戦ってくれているではありませんの?」

「……質問好きだな、あんた」

「興味のあることは徹底的に調べる主義ですので」

「だったら調べはついてんだろうに」

「ふふ……本人から直接聞く以上の情報はどこにもありませんわ」


 小休止するように、アンナは紅茶で唇を湿らせた。

 それはそうなんだが……こう、ぐいぐい質問攻めされるのはあまり好きではない。別に滑らせる内容もないから何も問題はないんだけどな。


「なら残念だったな、あんたが調べたこと以上の情報はないぞ。俺にとっては面倒なバトンを渡してきた変な女ってだけだ」

「つれないですわねぇ」

「弄るんならあの白神アホにしてくれ」


 朝緋から話題を変えようとしているのを見透かされているように、対面んのご令嬢様は満足げに微笑む。


「大事になさってますのね、あの子のこと」

の一部なんでね」

 

 お嬢様としては待っていた返答だったのか、

 ほんのわずかな一瞬、目を丸くさせたかと思うとこれまた嬉しそうに破顔した。金持ちのご令嬢がどうしてそこまで白神家の人間に興味を持っているのか、正直理解できない。


「仕方ありません。恋バナは楽しくするもの、これ以上の無理強い致しませんわ」

「恋バナじゃなかった気もするけどな……」


 とりあえず俺に対する興味は

 やはり人間、多種多様な存在がいるとなるとよくわからん奴もいるもんだ。大学進学した時も金持ちはいたが、目の前の女ほど疑問はなかった。


「ま、知りたいことがあるなら事件が終わってからにしてくれ。応援の身とはいえ、やることが多いんでな」

「えぇ、じっくりと」


 さすが大人、こっちがこれ以上話すことはないと察してそれ以上質問を投げてくることはなかった。


「恋バナは土地神様ともしますし!」

「……は?」

「お待たせー、アンナさん」


 背後の扉がゆっくりと開けられ、そこにいたのは――黒いパーティードレスを着飾った天崎と……


「ど、どうもです……」

「準備って、それかよ」


 さっきまで対策課の制服を着ていた白神だったのだが……

 オレンジのパーティードレスを身に纏い、照れくさそうに立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る