5-5(4)令嬢主催による恋バナ会議(対象:白神夕緋)


 

 なぜこんなことになってしまったのか…………


「わぁ~かわいい~!」

「とてもお似合いです」

「あわわ……!」


 アンナさんに呼ばれてみれば、着いたのはパーティーも開催されるようなちょっと大きめのホテル。エントランスで名乗ってみれば漆葉さんとは別々になってしまって。


 案内された先にはなぜか栞さんとアンナさんの秘書の……キョウコさん? が待ち受けていた。そこからもあれよあれよと動かされて、気付けば待機していたメイクさんとスタイリストさんに飾られてしまったのです。

 碧海市にいた頃にはとても考えたことのない、オレンジのパーティードレス。ちょっと背伸びしたメイクとヘアセット。ほんのわずかに、自分んが土地神であることを忘れてしまいそうな。


「あ、あの栞さん……どうしてわたしこんなことになってるんですか?」

「ごめんねぇ、アンナさんの思いつきなの」


 一応……というか、正式に狩夜市は警戒状態なんだけどなぁ。

 

「栞様が妖魔の事件に巻き込まれたことを悲しまれたお嬢様による、気分転換だと思って頂ければ……」


 キョウコさんが淡々と語る。てっきりキョウコさんもドレスになるかと思えば、いつもと同じようにライトグレーのスーツを身に纏っていた。中性的な見た目だけど、かなり整った顔立ちしてるからちょっともったいないなぁなんて思いつつ。

 ……真澄さんが来なかったのはこれがわかってたからなのかもしれない。


「そういうことなら、わかりました!」


 市民に不安を与えないのも対策課の仕事だし。

 そして、着飾った姿で漆葉さんの前に現れることになったわけで……



 ◇ ◇ ◇


 

「ど、どうもです……」

「準備って、それかよ」


 どうやら漆葉さんはアンナさんから聞いていたようで……なんだか着飾って出て来てみたらちょっと恥ずかしくなってきたような。あぁもぅ、漆葉さんじぃっと見てないで何か言ってくださいよ!


 こちらの内心など露知らず、我らが真の土地神様はわたしを上からしたまで眺めて一言。


「馬子にも衣装…………」


 こ、この人は……!

 眉すら動かさない漆葉さんに、右手が握り潰れそう。

 いつもの暴力的なツッコミを入れる前に、今回はアンナさんと栞さん二人が間に入った。


「あら漆葉様! せっかく着飾ったのですから褒めなければいけませんわ」

「そうだよ漆葉くん! おしゃれしてるんだから褒めなきゃ!」

「褒めるたってなぁ……こいつ大体何着ても様になるし」


 ……え?


「そこをちゃんと毎回言わないと!」

「栞の言う通り、想いは言葉にしないと伝わりません」

「えぇ…………」


 ちょ、ちょっと待ってほしい。

 アンナさん達が私を思って熱がこもるのはいいんだけど、漆葉さんの言葉が脳内で繰り返される。


 こいつ大体何着ても様になるし――


 女性陣に弄られる漆葉さんは、いつもと変わらないテンションでめんどくさそうに小さく頷いている。どこが良いか、とか大人びてるとか言いなよーと言われながら、漆葉さんは懐から携帯を取り出した。


「あ、仙が呼んでる」

「こら漆葉くん! 逃げる前に一言!」

「逃げてねぇよ!」


 わざとらしく漆葉さんは頭をボリボリ掻いてわたしを見る。言い淀むように見えて、小さく息を吐いた。


「似合ってんだから堂々としとけ。今のお前も綺麗だぞ」

「は、はい…………!」


 結局漆葉さんはそのまま出て行ってしまった。

 仙にぃの電話もタイミングが良いというか悪いというか……はぁ、これ涼香さんと凪さんに知られたらまた弄られるかなぁ。


「アンナ先生、今のセリフはまだ足りないと思いまーす!」

「同感ですわねぇ」

「なんだかすみません、漆葉さんがご迷惑をおかけして…………」

「ぶっきらぼうな殿方がフィアンセとは苦労しそうですわね。個性的でいいとは思いますけれど」

「ちゃんとガツンと言わないとだめだよ夕緋さん!」

「ちょちょちょちょっと待ってください! 前にも言いましたけど漆葉さんとはそういう関係じゃ……!」


 あぁダメだ、二人ともにんまりしてる。

 わたしこんなキャラじゃなかったはずなのに……!


 テーブルに着くとキョウコさんが紅茶を淹れ始め、机の上にはスタンドに並ぶお菓子たち。そして二人による漆葉さんのレビューは続く。


「ったくぅ、こーんな可愛い子を前にして仕事優先とは漆葉くんめ〜」

「年頃の乙女を置いて仕事とは……わたくし、少々お節介を焼いたほうがよろしいかしら」

「大丈夫ですから! お気持ちだけで! そ、それに、漆葉さんってああ見えて色々考えてくれてるんですよ⁉︎ 今回だって戦闘後に眠ってたわたしの代わりに仕事してくれたり、この前だって映画を一緒に見に行った時には服似合ってるって……」


 しまった──!

 そう思った時には時すでに遅し。こちらを見るアンナさんと栞さんの暖かい目。口を滑らせたことか、視線に反応してか、次第に顔が熱を持つ。


「あの、あ、あの、えっと……」

「ふふ、本当に可愛らしいですわね土地神様は。恋をしているのは、悪いことではありませんのよ?」

「恋……」


 恋、か……

 憧れではある。実際、漆葉さんはわたしより強いと思うし(漆葉さんはわたしの方が強いって言うけど)。特別な感情があることは確かなんだけど……


 恋かぁ……


「夕緋さ〜ん、また赤くなってるよ」

「うぇっ⁉︎」

「こーら、栞。土地神様を茶化すのもほどほどになさい」

「アンナさんだって弄ってたくせにぃ」

「私は土地神様のファンですので」

「あはは……そうだ、アンナさんもせっかくですし、栞さんみたいに名前で呼んでください。土地神様だと固いですし」


 赤い双眸はほんの一瞬大きく見開かれ、そして細められた。わたしを見るその目は、どこか遠い。


「……アンナさん?」

「こうしてを見ていると、やはり思い出しますわね」


 懐かしむように、しんみりとした様子で、アンナさんは浸る。その様子に、栞さんの狙いが切り替わった。


「今度はアンナさんの恋バナですか⁉︎」

「そうですわね…………恋焦がれ、そして終わったお話ですけれど」


 物憂げな表情で、アンナさんは窓の外を眺める。恋バナに花を咲かせていた時とは一転、目は鋭い。


「夕緋様を見ていると、どうしても思い出すのです……朝緋のことを」


 

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