5-5(2)八王子の土地神②



「あ、沖田さん。この建物の間とかも気を付けてくださいね」

「了解、あとボクのことはロンでいいよ」


 どこへ行くかなんてわかりきったことで。市内を歩きつつ、久々のルーティンである。時折建造物の隙間や路地についてマップを見つつ八王子の土地神こと、沖田ロンと従者の木霊メイに説明しているのだが……


「なんで妖魔と戦いに来てゴミ拾いなんだよぉ」

「口動かしてねぇで手ェ動かせ、手ぇ!」


 弁当の空き容器をトングで挟みつつ、メイの広げるゴミ袋へつっ込む。……ったく、どこから転がってきたんだこんなもん。


「ははっ……ホントにゴミ拾いするんだね。碧海市の土地神って!」

「こうしないと漆葉さんが力を溜められないんですよ。力を使う私がまだ未熟なので……」


 若干戸惑い気味のロンに、うまく誤魔化しながら白神が返す。


「従者が溜めて土地神が振るう、持ちつ持たれつのいいコンビだね」

「拾えども拾えども落ちてるゴミ拾うなんて面倒なだけだぞ」

「うへぇ、考えただけで嫌だなぁ」


 翌日にはいつのまにかあるからな。毎日やっても。人間のモラルなんてものは、他人の目がなければそんなもんだ……って、それは妖魔俺たちも同じか。


「特定妖魔を何体も倒したって言うから、もっとおっかない人達かと思ってたよ」

「そういえば、東京の方は大変なんですよね?」

「まぁ……東京二十三区はね。ボクが管轄してる八王子はここ何年も妖魔被害はないかな」

「へぇ、んな平和なのか」

「すぐ近くに人間の密集地域があるし、名を上げるなら強い土地神のいる区だろうね」


 千代田区の土地神とか強そう。

 東京の統括土地神なんて相当強いんじゃないのか? 昔にも聞いたことないけど。


「あとは……そう、ちょうど君らの碧海市なんかは狙いそうだよね」

「うぇ? どうしてですか?」

「そりゃあ、妖魔の天敵白神朝緋の本拠地でしょ?」

 

 何気ない都会っ子の一言。

 それだけで朝緋あいつの影響力を思い知る。この様子だと、全国どこ行っても土地神と会ったら言われるんじゃねぇの?


「あ、あはは……やっぱりお姉ちゃん、有名ですね」

「ボクは直接関係ないけど、区の土地神からしたら面目潰されたこともあるし」

「おいおい、喋るのは勝ってだけど手も動かせよな」


 話題に耳を傾けながら、メイがサボって縁石に座っているのを一瞥する。渋々立ち上がるガキと共に、全員でまたゴミ拾いを再開しつつ、市街地を直進、今度は俺から聞き返す。


「朝緋と東京の奴らって仲悪かったのか?」

「う~ん、ボクも詳しくは知らないんだけど……区内の土地神が手に負えなかった妖魔を彼女一人で抑えたんだよね。あ、その少し前に銀嶺統括もいたらしいんだけどね」


 朝緋と真澄がいて、そのあと複数の土地神が手に負えなかった妖魔……? 聞いたことがあるというか……心当たりしかないぞ。

 

「狩夜市の事件にちょうど関与してるかもしれない、特定妖魔・鮮血姫さ」


 まだ確定してないんだっけ? と、潰れたアルミ缶をこっちに寄越しながら、ロンは言った。

 なるほど……鮮血姫退の理由はこれだったのか。なーんか引っ掛かるとは思っていたんだ。


「そんなの、初耳です」

「ははっ、あくまで噂だよ? 白神朝緋だけじゃ倒せないから東京の土地神が奮闘したとか、碧海市の方に厄介な妖魔が出たから戻ったとか、最年少で統括土地神になるのを妨害するために区内の土地神が仕組んだ……とか」

「詳しいじゃねぇか」

「歴代でも最強の一人と言われた土地神だからね、興味も湧くって」


 薄っぺらい笑みを浮かべて、ロンはこちらの追及を流した。もしかして、朝緋のファン……なわけないか。


「平和な街にいるからね、活躍していた土地神のことが憧れなんだ」

「めんどくせぇだけだぞ、休みないし」

「おまえは土地神じゃなくて従者だろー?」


 ゴミ拾いが相当不服だったのか、揚げ足でも取ろうとメイが割って入って来た。


「その従者もずっと駆り出されっぱなしなんだよ、碧海市は」

「地方でそんな働きづめなんて珍しいね。やっぱりあれかな? 黒蜥蜴がいるから?」

「お前……やっぱこっちのこと知ってるだろ」

「一緒に仕事をする相手の事は調べないと気が済まなくてね! ごめんごめん」

「い、いえ、全然大丈夫ですよ。あ、あはは……」

「ははっ、一言余計って良く言われるんだ。気をつけるね!」


 一言どころじゃないような。

 糸目の青年はこちらのことなど気にせず朗らか。今までにないタイプを相手にしてか、白神は若干戸惑い気味……というか少し引いてるな。俺も人の事は言えないが、『胡散臭い』と感じるのは気のせいか……この八王子の土地神、変だぞ。


 微妙な空気が漂う中、それを助けるかのように白神のポケットから着信音。ゴミ拾いの装備を白神から預り、応答させる。


「はい、こちら白神……あれ、真澄さん? お疲れ様です!」


 どうやら真澄からの連絡らしい。あいつ、寝てたんじゃないのか? 「はい、はい……」と若干上ずった声で白神は返事だけを繰り返す。時折、こちらに目配せしながら。


「え……あ、はい。それは大丈夫ですけど……わかりました」


 頭に「?」でも浮かべてそうな困惑した顔で、白神は何も映らない液晶画面を眺めていた。


「用件はなんだって?」

「……アンナさんが呼んでるから、私と漆葉さんに行くようにって」

「解剖の報告……じゃないよな」

「多分……?」


 白神も首を傾げる。

 それなら支部で全体へ報告があるだろうし。わざわざまわりくどい、一体何の用だ……


「ようし、それならボク達は別行動だね!」

「いや、シティーボーイ達はこのままゴミ拾いを頼んだ」

「えぇっ〜! 押し付けるのかよ〜⁉︎」

「元は市内の地理を把握するついでだ。サボんなよ」


 さらに、俺自身がゴミを拾わない場合は市外でも生命力は供給されるのか。ちょうど使えそうな土地神がいるんだ、サボらせるのはもったいないよな。


「代わりにいつき呼ぶから、任せたぜ」

「わかった、オッケー。街の景観は沖田ロンと木霊メイにお任せを!」


 ……ほんとに大丈夫かぁ?

 いや、土地神ならそれなりにやってくれるだろ、信用しておこう。手早く樹へ連絡し、俺と白神はアンナが待つ場所へ歩き出した。


「漆葉さん……なんでロンさん達のことシティーボーイって言うんですか?」

「俺が意味のあることなんて言うと思うか?」


 意味なんてない。

 ただなんとなく、である。

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