5-5(2)八王子の土地神
人を待たせるのは得意だが、待たされるのは嫌いだ。
遅れに遅れてやってきた応援とやらは緩く微笑んでいた。
「どうも〜東京は八王子市から来ました、八王子市・土地神の
気の抜ける笑顔に、細く長い目が瞳を隠している。怪しい、というより単純に抜けているように見える。
狩夜市に新たな土地神がやって来る少し前に、事は遡る。
◇ ◇ ◇
妖魔対策課狩夜市支部へ赴くと、守衛から所長室へ行くように指示を受けた。そういえば、狩夜市の支部に来てから所長室に行ってなかったような。
扉を開けると、そこには仙を抜いた土地神メンバーの他に、白髪交じりの筋肉質な男が一人。こちらを見るなり開口一番。
「いやぁぎっくり腰で迷惑をかけた! 申し訳ない! 私が狩夜市所長の
「お久しぶりです棗さん!」
「大きくなってまぁ…………それと、えーと君が噂の」
「
またアホから不満気な視線が飛んできているが、無視だ。
棗辰木所長……腰は低そうに見えるが、所長のデスク越しからでも強力な『明るさ』を放っている(本人に自覚はないのかもしれないが)。
「樹の親父さんも戻って来てくれたから所長業務はオレから交代……まぁ、役職的には統括土地神の方が上だから指示系統は変わりないけどね……ふァ~」
眠気たっぷりの瞳で大あくびを見せながら、応接用のソファに座る真澄が苦笑する。その様子を見かねてか気まずいのか、辰木所長の隣にいた樹が恐る恐る口を出した。
「姐さん、昨日から各所に連絡してて寝てないっすよね。そろそろ休んでくださいよ」
「こんのバカ! 統括がこれだけ働いてるのはお前が役に立たんからだろうが!」
「ぎっくり腰で寝込んでた人間が言えたことか!」
「はいはい、喧嘩はそこまでにしとくれ。んで所長、ようやく上が応援寄越してくれたって?」
「おーそうそう! 篠宮統括と銀嶺統括の要請がようやく届いたそうだ。確か、もうすぐ到着するらしいが……」
結局お目当ての存在と会ったのは、それから2時間後のことである。
◇ ◇ ◇
満月園に戻った辰木所長に代わり、所長室で待っていたなかなか現れなかったのだ。事件は一旦収束していたからいいものの、マイペースな奴が来たものだ。
新幹線の遅れなのか、それとも単純に寝坊なのかは知らんが、寝不足の真澄が段々イライラしていくのを眺めるのは、妖魔と言えどぞっとしなかった。白神と樹が戦々恐々としているのは面白かったが。
「初日から遅刻たぁいい度胸だな」
「八王子だと新幹線使っても三時間は掛かるんですから大目に見てくださいよ~」
八王子ねぇ……大学通ってた頃でも行った事ないな。
東京都内、といっても二十三区ではない市からの応援。そういや、首都圏はヤバいと言っていたのは涼香だったか?
さらっと名乗った青年――ロンは笑みを崩さない。そして、
「従者の
その隣にいたのは緑のパーカーを着た、男とも女とも言えないショートヘアーの中性的なガキ。中学生か? こちらもなんとも気の抜ける自己紹介である。銀嶺真澄の言っていた『応援』とやらが、この二人である。
「事件の収拾、それと警戒。加えて今日から開始する来栖サナへの作戦で人手はいくらあってもいいからね。上へ圧かけたらようやく送ってくれたんだが……」
「あはは〜お手柔らかに」
ロンの態度に、真澄は微妙な表情を浮かべていた。緊張感のなさに呆れているのか、それとも寝不足で思考が回っていないのかもしれない。
俺も正直、この八王子の奴らは頼りになるとは思えなかった。土地神の方、ロンの身体はそれほど『明るさ』がない。メイとかいう従者も同様である。樹と比較しても大差ない。
「二人も既に資料は目を通していると思うが、現在来栖サナは依然市内に潜伏中だ。事件中、表立った行動もなかったからあえて見逃していたが、研究所からの脱走も考慮すればこのままにしておくわけにもいかない。オレとしちゃあ、とっ捕まえて吸血鬼との関係を聞きたいんだがね。沖田ロン、木霊メイ両名にはここから来栖サナの討伐を手伝ってもらう事になった」
「……………………」
討伐、あるいは処理。
要するに妖魔として始末するってことだ。やるかやらないかの判断は早いんだから人間はよく分からん……指名手配中の妖魔を逃がしてしまった責任としては、妥当なのかもしれない。逃走幇助の犯人はここにいるけどな。
早速作戦を始めると思いきや、真澄は一旦間を置いた。
「手伝ってもらう事にはなったんだが……肝心の作戦がまだ決まってなくてね。仙の方がGOサインを出さないんだ」
「仙にぃが?」
「『安全性に欠けるのはこれ以上注意すべき』なんてね、雑にうろついて対象に隠れられるより泳がせないか、だとさ」
…………仙がここに居ないのは徹夜をしていたとして。あいつ、絶対
「あはは、出張で早速ヒマなんてラッキー」
「ちょっとした休暇かもね!」
妖魔の俺でも分かるほど空気の読めない発言は、八王子コンビである。するとイライラが溜まったのか、真澄がロンに拳骨を見舞わせた。
「ったぁ~、パワハラですよ統括ぅ」
「遅れて来た奴らが呑気なこと言ってんじゃないよ。作戦前にお前らは漆葉達と市内巡回だ!」
「うわぁ、めんどう……」
ちょうど同じことを思っていたが、メイが呟いて同じく拳骨を喰らっていた。パワハラ、ここに極まれり。
「どちらにせよ、捜索は警察との連携になるから打ち合わせがいるんだよ。妖魔の解剖も吸血鬼と灰野コウジの分があるから、数日は待たされるさ」
死んだ後も警戒がいる、と真澄は付け加えた。解剖中に血液が入ったらまずいのだろうか。
「ってな訳でオレは寝る。樹は支部で待機、応援メンバーは異常があればすぐ連絡すること」
なし崩しに放り出されてしまった。
献血業務も、他の職員が既に行ってしまったので、遅れてやって来たシティボーイ君へ案内しかないらしい。
「じゃ、じゃあとりあえず市内巡回に行きましょうか⁉︎」
「そうだね、よろしく白神さん。それと……」
白神からわざとらしく視線を外し、ロンがこちらを見やる。目が合うと、青年の口角が僅かに上がった。
「よろしく、漆葉君」
瞳の奥は見えないまま、優しく握手を交わす。
仙といい、この沖田ロンといい……どうして第一印象がいかにもな奴が多いのか……サナとハルト、鮮血姫、朝緋の謎と課題が山積みなのに余計なことをしないでもらいたいものだ。
……いや、あるじゃないか。ちょっど良いやる事が。
「おぅ、巡回ついでに都会っ子達にはこっちの土地神の仕事を教えてやろう」
「う、漆葉さん……まさか、それは…………!」
軍手にトング、そしてゴミ袋。束の間の土地神業務。
狩夜市ではなく、碧海市流のお仕事開始である。
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