5-5(1)妖魔の起床、朝食はルームサービスにて



「じゃあ私、家に戻らないとだから」

「本当に、本当に……また、会って頂けますか?」

「心配性だなぁ、大丈夫だよ。強い妖魔で手に負えなければ呼ばれるはずだから。私、最強の土地神だもん!」


 別れ際、彼女は誇らしげに胸を張った。

 幾度となく好敵手は現れたが、自分にとって最良の相手に出会えるのはとても幸福だった。そして、その相手を打ち負かして血を呑むことが吸血鬼として生き延びたわたくしの至福。


「待っていますわ……十年でも、二十年でも」

「はは、気が長いね。でも、万が一私が先に死んだ時は──」


 人間はすぐに死ぬことを前提にする。だから苦手だった。けれど……自分がいなくなる仮定の話を、朝緋彼女は嬉しそうに語っていた。


「私より強い土地神になる妹が、■■■を倒すよ」


 当時は単なる冗談だと思っていた。

 でも状況が変われば信じるものだと、笑ってしまう。


「それならそれも楽しみですわね、二人の大事な血を頂けるのですから」

「油断してると夕緋に負けちゃうよ〜? じゃあね、鮮血姫さん! 他の土地神の血なんて、飲んだらダメだからね!」

「……お元気で」


 わざと憎らしい言葉を残して、彼女は消えた。入れ替わるようにやってきた東京の土地神は相手にせず、自分も再戦の時まで身を潜めるつもりだったし、事実新藤グループの一員として発展に貢献もした。


 そこから少しずつ、心境も変わったと言える。



 ◇ ◇ ◇


 

 サナ捜索・および処分に対しては、最後に回収した吸血鬼の解剖が終わってからということになり、その日は対策課職員の休息日となった。


 当然、応援に来ていた俺にそんな暇はなく。白神の代わりに雑務を終わらせた頃には朝になっていた。


『ほぅ、ハルト君とサナ君は見つかったわけだね』

「大変だったんだぞ、ちょっとは労ってもいいんじゃねぇの」


 テレビ電話先の父、漆葉紳の安堵の声はさておき、繋がらなかった事を皮肉る。こちらの意図など流して、母の漆葉静がぬっと画面端から現れた。


『こっちも大変だったのよぉ? 散り散りになった協会のメンバー確認とか、追手の迎撃とかぁ、お土産選びとか』

「……マイペースで安心しましたよ息子は」


 お母様、相変わらずでなによりです。最初からあてにしてなかったし問題はないな。どうせ都内かその近くだろ。追手の迎撃なんて片手間のくせに。

 電話の繋がらなかった数日間の近況を報告。吸血鬼に加え、人狼の登場。そして土地神の力である『権能』。一連の事件がひとまず収束しそうであること。


『まさか本当に吸血鬼がいるとは、パパとママびっくり』

「おまけに人狼、めんどくせぇこと」

『それでも律儀に擬態なのは感心ねぇ〜』


 いま妖魔本体に戻ったら疑われるんだよ。

 部分的に妖魔になれる奴は便利でいいよな。後ろでメシ喰ってる兄妹とか兄妹とか兄妹とか。起床後はこちらの部屋に移り、呑気にサンドイッチとコーヒーのルームサービスとは……


「何か意味を含んだ視線を感じるんだけど」

「気にするな、現代妖魔の利便性を考えてただけだ」


 仙や真澄は国への報告のため対策課で一晩過ごしたそうな。代わりに俺の宿泊している部屋にハルトとサナを置いている。

 片やハルトは消耗により一時擬態に、片やサナは土地神にぶった切られて本体へ戻れず擬態へ。こちとら本体から擬態に逃げることなどできないというのに、新しい妖魔の形は便利らしい。


「食べたいならあんたも食べればいいじゃない」

「好みじゃないんだよ」


 あぁ、俺もフルーツサンド頼んどけばよかった。フルーツ抜きで。無性に『ドゥ』の生クリームサンドが食いたくなってきたぞ。


『それで、現場で止めを刺した吸血鬼は鮮血姫だったのかな?』

「知らね……研究所で解剖結果待ちだと」

『終わったかもしれないし、終わってないのかもしれないわけか』

『本当に鮮血姫なのかも怪しいわねぇ』

「偽物ってことか?」


 粉多めのインスタントコーヒーを啜りつつ、母親の呟きを拾う。いつも柔和な母の表情が、ほんの少しだけ険しくなる。


『もしそうだとしたら、事件は終わってないってことじゃなぁい?』

「……………………」


 当然の見解だ、そもそも『狩夜市血煙事件』は不自然な点が多い。

 数か月前から発見される吸血された人間と、どこからともなく現れた吸血鬼、それに人狼。事件自体がずっと前から続いていたのに、俺達がやってきた途端に動いたのも妙だ。

 狙いが『権能』だった、ということなら分からんでもないが。隣県の統括土地神である銀嶺真澄だと分が悪いから、他所から応援で来た奴を狙った。最近噂の白神(と俺)なら倒せると踏んだ……か?


 ……イマイチ根拠に欠けるな。

 

「あ……お前らもか」

「ぁによ」


 サナがサンドイッチを食べながらこちらを睨んだ。

 ちょっと前までボロボロだったのに、今ではパンを口いっぱいに頬張っている。どうも緊張感がない、狙われるのはお前らも同じなんだぞ。

 人間側からしたら事件の発端は数か月前からだけど、本格的に動いたのは来栖兄妹への襲撃、さらに逃亡を追跡したところから。仕切っていたのが鮮血姫(仮)なら、市内に脅威はないことになるが。


「鮮血姫が栄進党の一人だってんなら、倒したことで増援が来るって可能性が出てくるな」

「それはないんじゃない? 古くて強い妖魔でも倒せなかったんなら、さすがに身を引くと思うけど」

「んな分別があったら今頃人間を支配してるだろうよ」


 吸血鬼も、人狼でもな。

 強さを誇示したいのはいつの時代も変わらない。まして旧い妖魔達を倒した相手なら尚更……と言いたいところだが。


『それは対策課側の報告次第だろう。なんにせよ、その解剖が終わるまでに作戦を立てたいところだね』

「だからそれを今やるのでは?」


 画面越し、紅茶のティーカップを持ち上げた両親はすぐに器を下ろした。視線はすでに俺たちから外れ、遠くを見ている。


『すまないけい、お客さんだ』

「へいへい」

『サナちゃん達のこと、頼んだわよぉ〜』


 画面が傾き、通話は途絶えた。

 こうして連絡が切断されるのは久々だな。ちょっと懐かしい。


「お、おい、二人が襲われたんじゃ……!」

「あの程度でやられるような親じゃねーよ」


 これで完全に支援はなくなったな。期待はしてなかったが、選択肢としては残しておきたかったんだけど、仕方ない。本格的にどうにかしないとサナとハルトの二人が始末される。そういやアンナがチップを埋め込んだとか説明してたな……


「サナ、服脱げ」

「ぶっ……何言ってんの⁉︎」

「勘違いするな、お前の体に発信機が埋め込まれてるかもしれないんだよ。お前の身体なんか興味ねぇよ」

「それはそれでムカつくわ」

「漆葉……サナの兄としても今の言い方はまずいと思うよ」

「えぇ……」


 とはいえ、どこに埋め込まれているのかわかったものではない。とりあえず斬ってみたいところだが……相変わらず焼けた腕の感覚は戻らない。生命力の操作も狂っている。これではサナの解剖はできても修復はできないだろう。


「まぁ……いざとなりゃ強行突破か」


 その時は……なんとかなるだろ。今までもそうだったし、多分大丈夫……多分。


 適当な結論で締めると、不意にドアが三回軽く叩かれた。


『漆葉さーん、支部にいきますよー?』

「やべ、白神だ! お前ら隠れろ!」

「ちょちょちょ⁉」


 クローゼットに二人を押し込み隠している間に、ゆっくりとドアが開き、少女が顔を覗かせた。


「もー何してるんですか」

「お前なぁ、ノックしてすぐ開けるんなら意味ないだろ……」


 前にもこんなことがあったような……

 クローゼットの隙間から殺気混じりの視線を感じるが、ここはぜひ耐えてほしい。というか息止めとけ。


「真澄さんから連絡があったんですけど、応援の土地神がもう一人くるらしいですよ」

「……は? 今更?」

「事件で負傷した職員も多いですし、ようやく上が承認したみたいですね」

「おっせぇなぁ……」


 さっさと寄越してくれればその負傷者も少なかったかもしれないのにな。人間が対応が後手に回るばかりでよくないな。土地神に頼り切ってたら、いつか痛い目に……


 いや……もう、か。


「ぼーっとしてないで行きますよ漆葉さん!」

「へいへい、わぁったよ」


 いつかの時と同じく、ドアプレートを掛けて部屋を封印し、狩夜市対策課へ向かった。


 ……直後に物音がしたが気にしないでおこう。

 

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