幕間 令嬢は誰と踊る?


 狩夜市内、某所。

 オレンジの照明が、室内の四人の影を作る。


「……遅れて到着してみれば、君の庭が大荒れだ」

「手入れは人間に任せていますので」

「リードも持てないのぉ? 飼い主失格じゃない?」


 開口一番、青年と子供の発した言葉に辟易する。

 遅れてやってきた同胞はせっかくの紅茶に手もつけず嫌味から会話へ入った。わざわざ応援要請を了承して県外から狩夜市に来るとは……暇な方々。


「そちらに関しては謝罪致しますわ。従順だと思っていましたが、存外反骨真溢れる殿方でしたので」

「アハハ! じゃあそっちのは素直なワンコってところ⁉」

「黙っていろ」

「キョウコ、噛みついても美味しくありませんよ」

「おぉ~怖、獣人系統の妖魔って血の気が多くて苦手だなぁ」


 見た目だけならただの子供……しかしキョウコの静かな一喝にも動じない。振る舞いだけなら無邪気なはずなのに『満月園あそこ』にいる大事な者たちとは違う異質さがある。


「冗談はそれくらいにしろ……それで、ボクは捕まえろと依頼したはずなんだけどな。どうして二人とも行方知れずなんだ?」

「想定外が現れたので」

「…………奴、か」


 青年はあえて名前を声には出さず、手元のカップを口元へ運んだ。彼の属する栄進党にとっては、忌むべき存在だからだろうか。


 特定妖魔『黒蜥蜴』。


 漆黒の妖魔、同族殺し、土地神殺し。碧海市にある翠山を拠点とする災厄…………県下に在籍していた栄進党上層部の悉くが黒蜥蜴によって消されたのは記憶に新しい。最近になって再び活動を始めているようだが、目的は不明のまま。


「研究所に侵入したんだろう、特定できなかったのか?」

「それがまったく。リストにも該当者はいません」

「頼りないなぁ、それでも妖魔研究者?」

「誰かさん達が妖魔の情報を提供してくだされば、もっと特定しやすいのですけれど」


 所詮人間の集めた情報など妖魔全体の二割あるかないか……まして、どの種に属すか分からない妖魔なら分からなくて当然だ。見た目だけなら爬虫類に近いが、アレは違う。


 正面から対峙したというのに、人間やの生気を感じなかった。

 吸血鬼特有の……嗅覚とでも言うのか、生命体へのセンサーが反応しなかった。呼吸はしていたし、映像などを見てもどこか人間染みた動作をしていたことを踏まえれば、殺人マシーンなどではないと思いますけれど、相手をするとなると泥沼になることは必至、面倒なだけなのは明らか。


「君が分からないなら仕方ないな。想定外は想定外、兵牙――事件中は灰野コウジだったかな? 彼が暴れている間も現れなかったことを考えれば、来栖兄妹の確保に来たと考えるのが妥当だろう」

「自分を騙った相手を?」

「さて、どうだろうな」


 個人的に黒蜥蜴について調べたが、謎の多い妖魔だった。

 全国各地に現れてはその一帯にいる妖魔勢力を殲滅。妖魔の衰退が加速しているのは彼(?)の影響も一因だろう。そして縄張りである碧海市において、白神朝緋が亡くなってからはその行動も少なくなり、今ではほとんど耳にしない。


 親族はおろか、擬態としての名前すら分からない。いつしか、誰が呼んだか黒蜥蜴。


 なぜ、彼が来栖サナを助ける必要があった?


「ともかく、だ……土地神がこれだけ集まっている状況はチャンスでもある。消えてしまった権能分は取り返さないと収支が合わない。来栖兄妹を捕らえられないなら――」

「分かっていますわ……誰と踊るかはわたくし自身が決めます。決して、邪魔はしないでいただけますか?」


 ダンスのお相手が多くて迷っている。

 こんなに嬉しいことはいつぶりだろうか。


 彼女の力を持つヒトか。

 彼女の意志を継ぐヒトか。


 妖魔として……楽しくて悩ましいことは、とっても久しぶり。

 

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